エピローグ②:研究する者
「……そ、粗茶です」
重苦しい空気に勇気を入れて介入したルクシアの表情は堅い。
年季の入った古机を挟んで二人の男は無言を貫いていた。
片や、「お構いなく」と病弱そうな白い表情を緩和させてにっこりとほほ笑む男性――オートル・ミハイル。
片や、不機嫌そうに、ルクシアの出したお茶を一瞥して小さくため息をつく老人――フーロイド。
いつまでも会話のないその空間に怯えつつ、ルクシアが「えっと……」と気を利かせるかのようにメスを入れた、その時だった。
「単刀直入に言わせていただきます、フーロイド様」
ふと、やわらかい顔を崩さずに痩せこけた頬をすぼませて口を開いた。
「宮廷魔術師として、オートル魔法科学研究所への復職を考えてはいただけませんか?」
オートルの言に、ピクリと眉を顰めたフーロイド。
ルクシアも不安そうに持っていたお盆を口に当てている。フーロイド、オートル両名を交互に一瞥する中で、地面にコツンと杖を突いたフーロイドは「ふむ」と皺を動かす。
「お主、本気で言っておるのか?」
「……もちろんです」
「何故ワシが自主退職したかなど、お主が一番知っておろう?」
もう一度、威嚇するかのように右腕に杖を地面に突いたフーロイドは机下に備えていた左手で拳を作りつつ、告げた。
「――ワシの研究意欲がなくなった――それだけじゃ。何より、後進の育成もなかなか乙なものじゃ」
厳格な表情を崩さないままに、じっくりと左腕を机の上に持っていく中で、なおも退かずにオートルは信念を持った瞳で「そうですか」と呟き、まったく別の話題を振るかのように二人の共通認識を打ち崩した。
「オートル魔法科学研究所にて、多重属性魔法の使い手が誕生致しました」
「……まさか……」
オートルの言を一刀両断するかのようにフーロイドは一笑に付した。
「雛形としては、それこそフーロイド様が開発された制御型リストバンドから着想を得ております」
そう告げたオートルは絶句するフーロイドを前に続ける。
「フーロイド様が開発された制御型リストバンドは、人の体内を循環する魔法力場を、属性魔法分野と魔法力分野にしたうえで、どちらか放出する方法以外をリストバンドでせき止める――そういった魔法具でしたね」
「ああ、そうじゃ。じゃからこそ、ウチのアランは属性魔法分野をリストバンドでせき止た。魔法力のみを放出するように修行させておったこともある」
「それに――」とフーロイドは続ける。
「以前、奴がコシャ村という田舎におった時には魔法力の低い者と魔法力を対等にするために、魔法力自体を制御する指輪なども使っておったのぅ」
過去を慈しむかのように呟いたフーロイドに畳みかけるようにオートルは持参していた鞄から小さめの箱を取り出した。
「ただ、そのうち属性魔法を抽出することは終ぞ敵わなかった――。だからこそ、表向きでは自分自身の開発に限界を感じて辞職したんですよね?」
一切躊躇のないそのオートルの物言いに怪訝な表情を示すとともに拳を握りしめるフーロイド。
「表向きでは……のぅ」
冷静に茶を口に含むフーロイドの目線は、オートルが取り出した小さな箱に向けられている。
「魔法力の譲渡はあくまで可能じゃ。じゃが、人の本質と寄り添う属性魔法の摘出譲渡など、所詮は夢物語。どう足掻いても分離することなど出来はせぬ。属性魔法は個々人の『個性』そのもの。そもそも、人の体内に存在する『魔法』という概念に人為的に介入すること自体がおこがましいことだった……。ただそれだけの話じゃよ」
「そうですか」と、笑みを崩さずにオートルは机上に置いた箱の中身を取り出した。
そこにはそれぞれ紅、蒼、翠、銅に光り輝く小さな結晶型のものがある。
それはまるで鼓動しているかのように点滅を繰り返す。
「……綺麗ですね」
フーロイドの隣に座ったルクシアが、オートルの取り出した箱の中にあるその結晶を見て呟いた。
「ありがとうございます。私たちの努力の賜物なのです」
いたって平然とそう答えるオートルの瞳は、ルクシアからしてみればとても純真で研究熱心な青年のものに見えてた――が。
「お主……」
フーロイドだけは違った。
怒りと、憎しみを綯い交ぜたその怒気を孕んだ声をオートルは真正面から受け止めていた。
「……やっぱり、知ってたんじゃないですか」
確認するかのように机の上に指を置き、トン、トンと人差し指を打ち付けるオートル。
先ほどまで冷静を装っていたフーロイドの額にプツプツと脂汗が浮かぶ。
「……どうしたんですか? フーロイド様」
何も知らないルクシアが、師の狼狽した様子を慮る中でオートルは「嘘の時間は終わりです」と小さくため息をついた。
「オートル魔法科学研究所の宮廷魔術師を退職した理由なんて、所詮は表向きでしかない」
オートルは詰め寄る。
「あなたは解明してしまったんです」
フーロイドのしわがれた頬に一筋の汗が流れた。
「人の本質と寄り添う属性魔法。属性魔法は人の『個性』である。何のこともない、気付かないことはなかった。それはすぐ傍にあったんですからね」
「……どういう……ことですか?」
フーロイドが完全に押し黙った今、ルクシアが頭に疑問詞を浮かべる。彼女に説明するかのようにオートルは冷淡に呟いた。
「人の本質と寄り添うことが属性魔法の摘出に弊害をもたらすならば――人の本質ごと属性魔法を引っ張り抜けばいいんです」
「人の本質……? 属性魔法摘出の弊害……?」
首を捻りながら、ルクシアは呟く。
「――オートル」
今まで押し黙っていたフーロイドは、恐る恐る箱の中身を指さした。
「お主、人を超えたのか」
「超えていませんよ。私は研究者です。科学の力で、科学の為すままに行動した結果です。そもそも、この世に神など存在し得ません」
淡々と告げるオートルが茶を啜るとともに、リズムもバラバラに鼓動する四つの結晶と先ほどまでの会話を脳裏にまとめたルクシアが「……命……?」と小さく呟いたのを機に、オートルは「必要な犠牲ですよ」と諭すようにルクシアを一瞥した。
「人の本質とは、それすなわち人の命。そこに属性魔法の神髄があるのならば、諸共抜き取ればいい。それに気付いたからこそ、辞めたんです。そんな技術が開発されたならば、各国は躍起になってその技術を欲しがるでしょう。それを防ぐためにあなたは唯一製造法を知っている自分が第一線を退くことを選んだんです」
オートルがフーロイドをじっと見つめ続ける中でもフーロイドは一言も発しなかった。
「……人の命……? この結晶の中に、人の命が入っているってことなんですか……?」
事態を把握したルクシアが絶句の表情を浮かべて睨み付けると同時に、オートルは「これを見てください」と机の上に紙を広げた。
その紙は一度白黒に点滅した後に、オートル学園の上空を映していた。
「これはつい先ほど行われた模擬戦争試験の雛形である二次試験です。その当時の映像を鮮明に描き出すことができる魔法具なのですが――」
そう呟いたオートルの眼下では、オートル学園二次試験の映像が流される。
王都中央通りにて激しい火花を散らすその人物の内、一人は彼らもよく知るアラン。
そして、その対にいる人物を見てルクシアは「……この子……」と目を凝らした。
「……土属性? この子、確か……火属性魔法の使い手だったはずじゃ……」
ルクシアが過去の記憶を弄って出したその言葉に、オートルは「はい」と笑みを浮かべた。
「エイレン・ニーナ。我が属性魔法譲渡研究の第一被験者にして、火属性、土属性魔法の二属性を操る史上初の多重属性魔法使用者です」




