エピローグ①:見守る者
「んー? 情報収集はちゃんと出来たぁ?」
王都レスティム中央通りで力なく座る男女一組を遠方からじっと見つめる二つの陰。
煉瓦造りの屋根の上に、受験のことなど一切気にしていないかのように無防備な姿を晒す二人の中で、小柄な少女がふと呟いた。
「……問題ない。それに確認したがまだ兆候は見られない」
二人が見据える先にいるのは、転移魔法結晶の赤黒い光に包まれる二人――アランとエーテルだ。
そのうち、二人が見定めているのはアラン・ノエル。
中背中肉の少年は、「……はぁ」と小さくため息をついた。
「あんな男が天属性魔法を使うんだねぇ。世も末だねぇ」
「……天属性魔法は使うが、天の声反応もない。やはり、杞憂だったな」
そんな二人の上空に収縮していくのは、先ほどまでアラン達の上空にあった暗雲だった。
凝縮したその暗雲は、一人の少女が小瓶を取り出して空へと掲げるとみるみる内にその瓶の中に吸い込まれていき、黒く覆われていた仮想空間を元の快晴、蒼色に戻していく。
「それは早計だよぉ。ただまぁ……危険ではあるよねぇ。全く、どこから漏れたんだろうねぇ」
「……身内を地道に洗うしかないだろうな。とにかく反乱分子を探し出すのが先決だ。データ収集はひとまずは基準には達した。帰るぞ」
「早くなぁい? どうせなら遊んで帰ればいいじゃぁん」
「……自主送還」
「何か言ってよぉ……自主送還」
『――オルエット・ガルカット、ヒルダ・シェドマ 零ポイント 自主送還』
機械的な音声が発せられるとともに、二つの陰は赤黒い転移魔法の光に包まれた――。
○○○
「終わってみれば、順当な結果に終わりましたね」
仮想空間の外側での試験官待機室では、この試験に携わった者に第二次試験即席受験結果用紙が配られていた。
そこには、仮想空間での二次試験結果――その成績優秀者順に名前が連ねられている。
中央管理局待合室の一次試験を監督した男性の初老試験官が「ふむ……」と小さく声を上げた。
「海属性魔法のエーテル・ミハイル、未知の属性魔法使いのアラン・ノエル、剣鬼シド・マニウス、シチリア皇国の派閥ルクシア・シンとユーリ・ユージュ。以上が上限三十ポイントの自主送還者、そして土属性魔法使いのレイカが三十ポイントの強制送還者……今年は本当に豊作ですね」
初老の試験官の呟きに。隣で同じく用紙を眺めていた若い男の試験官が「あ、でもこの二人……」と興奮を隠せない表情で笑みを浮かべる。
「今年の受験、アラン・ノエルとエーテル・ミハイルの共闘が注目されがちでしたが、もう一つ、隠れた名勝負があったんですよ」
「中央通りの共闘決戦以外に?」
初老試験官が興味を示したのを機に、若年試験官は「この二人です!」と自信満々にリストを指さした。
「シド・マニウスとレイカ……? この二人が……?」
「王都中央通りのエーテル・アラン組の共闘の陰に隠れた闘いがあったんです。両者二十七ポイント、そんな状況で二人はアステラル街で相対したんですよ」
興奮を抑えて、指を一本立てて初老試験官に詰め寄った若年試験官はにんまりと笑みを浮かべる。
「お互いがお互いを敵と見定め、レイカは土属性魔法と剣を駆使して、そしてシド・マニウスは剣とその身一つで闘うんですよ!」
「……そ、そういえば……剣鬼は魔法適性がないんだったな……」
「そうなんです! 魔法を持たざる特異者と、稀有なる土属性の特異者。そして剣と刀の交錯は迫力モノでした!」
「……そ、そうか……」
「そして勝ったのはシド・マニウス! 最後の最後で隙をついてレイカの懐に忍び込んだところで彼は転移魔法の光に包まれたんですよッ! くぅぅ、熱いッ!!」
話している間に興奮を抑えきれなかったのであろう若年試験官の言葉に、初老試験官は苦笑いを浮かべるしかなかった――が、ふと顎に手を当てた初老試験官が疑問を持ったように若人に問いを投げた。
「でも、両者二十七ポイントでシドがレイカに勝利したのはいいが、報告書ではレイカの方も三十ポイントになっているが……これはどうなんだ?」
「それはですね、自分の転移魔法《死》を悟ったレイカの近くに、物陰に隠れた一人の受験生がいたんですよ」
「……ほう」
「彼は自身が転移されるその瞬間に、剣を正確に投擲したんです。その投げた剣が受験生にヒットして、その受験生は転移されたってことです」
「確かにルール上……転移魔法が発動する以前の攻撃はポイント獲得圏内ではあるが……。だからシドは自主送還、レイカは強制送還表示になっているのか……」
「流石は剣鬼といったところですかねぇ。魔法を使えない魔法術師も、夢じゃないのかもしれませんね、でも――。」
若年試験官は、「天は残酷ですよね」と哀し気な表情を浮かべて配られた用紙をじっと見つめた。
「あんなに才能がある子なのに、魔法が使えないってだけでこの世界では冷遇されてしまうんですから……」
そんな少し落胆した若い試験官の頭をポンと叩いた初老試験官は、ふと椅子から立ち上がった。
「そのためにオートル学園があるんだろう? だがまぁ他所よりも実力至上主義なのは否めないが……。ここじゃ、実力がある奴が正義だ。魔法が使えても勝てなきゃ意味がない。そんな世界さ」
「……そんなもんですかねぇ……」
「ところで、さっきからオートル学長探しているんだが、見かけなかったか?」
ふと、辺りを見回す初老試験官に、若年試験官は「先ほどまでは一次試験会場にいましたが……そういえば見かけませんね」と不思議そうに首を傾げた。
「むぅ……」
初老試験官の困ったような表情を一瞥しつつ、若年試験官は、今一度リストを眺め見たのだった――。
○○○
コンコンと。
王都中央通りの裏路地にひっそりと聳える古びた木造建築の扉を叩いた男がいた。
見るからに病弱そうなその表情と体躯、白い顔色と藍色の髪の毛を伸ばした男が扉の前に立つと、「はーい」と間延びした声を上げて向こう側からやってきたのはエルフ族の女性――ルクシア・ネイン。アランの姉弟子だ。
「突然申し訳ありません。私、オートル・ミハイルと申す者です。この度、こちらに住まわれているフーロイド様に用があって扉を叩かせていただきました」
その表情に似合う震えた虚弱な声を聞きつけて、険しい表情を浮かべて家の中から出てきたその主。
「今さら何の用じゃ、オートル」
家の中から出てきたのは、白鬚を長くたくわえた老人。アランの師匠、フーロイド。
その姿を見たオートルはぺこりと小さく頭を下げて、大きくため息をつくフーロイドを一瞥して口を開いた。
「フーロイド様、少しばかりお話を聞いてはいただけませんか?」
「……話じゃと?」
フーロイドのギロリとした目つきにも、オートルは眼の輝きを失うことはなかった。
言葉もない、暴力もないただただお互いを見つめるだけの冷たい戦いが繰り広げられる。
その様子を見守っていたルクシアがおろおろと困り果てた表情を浮かべる中で、辺りを一瞥したフーロイドは「中に入るが良い」と小さく呟いた。
ルクシアに案内されるままに家の中に入ったオートル。
ルクシアは、ギイ、と音を鳴らしてその鈍重な扉を閉めた。




