二人のルクシア
「――海属性魔法、海開き」
「――天属性魔法、雷神の落雷」
蒼と黄金が中央通りを包み込んだ。
片や、開いた海が、閉じるかのようにツ兵たちを飲み込む。
片や、天が割れて何本にも枝分かれした落雷が兵たちを突き飛ばした。
『――ウード・ナーリ、ライン・ニアー、アベル・ロンダリスト、チョコ・ソラア、ボーエー・ハギワエ、シル・ドーラ、ナギツ・ネードン、ゴルド・ギョー、ハーダ・ミツバ、チトセ・クスキ 以上十名 受験続行不可能との判断 強制送還』
『――エーテル・ミハイル 転移魔法結晶破壊零 受験者撃破十一 上限三十ポイントを獲得』
『――ハインツブルグ・リュエイ、ルナ・ヒューガ、トビラーノ・ズイミー、ルリ・ブラリバ、ビクター・ビクター、ハイネス・ハーナ、ロウルン・レイ 以上六名 転移魔法結晶破壊により強制送還』
『――アラン・ノエル 転移魔法結晶破壊六 受験者撃破零 上限三十ポイントを獲得』
無機質な機械音がお互いの転移魔法結晶から響いてくる。
「……ぐっ……! き、貴様等ぁぁッ!!」
転移魔法結晶の発動によって消えた兵士たちを間近で見たユーリの激昂に、生き残った者はびくりと震える。
「――なるほど」
紫に靡くその二房を持つ上背の小さな少女は、小さく白い手を顎に乗せて、ユーリとは対照的に冷静な表情でアランとエーテルを一瞥した。
先ほどの攻撃に恐れを為したルクシア側の兵士たちは、アランと目が合うたびにガクガクと膝を震わせる。
「して、改めて問おう」
未だ背中合わせで立つアランとエーテル。
ルクシア・シンはにこりと小さな笑みを浮かべた。
「アラン・ノエル……そしてエーテル・ミハイル。私の下で働いてみる気はないか? 私が『ルクシア』を襲名した暁にはお主達には礼の限りを尽くそう。何かやりたい時には、すぐにいつでも援助して差し上げよう。それでも――それでも、私の下に付く気はないのか?」
ふと、諭すような表情で二人に話しかけるルクシア・シン。
アランの脳裏に浮かんだのは、もう一人の『ルクシア』。同じ師を持つ、姉弟子――ルクシア・ネインだ。
「ルクシア襲名戦……か」
ユーリもエーテルを前に攻撃をしようとはせず、主の言葉を待っているようだった。
それでも一切気を抜かずに気迫を保ち続けるエーテルは頭に疑問詞を浮かべながらアランの言葉に耳を傾けていた。
シチリア皇国の支配者を決める闘い――それが『ルクシア襲名戦』。
再来年に開催される代替わりの『ルクシア』を決めるその闘いには、各国の有力候補である者が立候補――または推薦されることになっている。
産まれた時から疑似的な『ルクシア』の名を継ぐことを求められ、自らをルクシアとして生きていかねばならないその運命。
それは、いざルクシア襲名戦でルクシアを継承しなければ、今までの生の全てが否定されることにつながる。
ルクシアとしての生を受け、ルクシアとして国から正式に名を継ぐことが出来なければ、その者は社会的に「存在しない」扱いにすらされてしまうのだ。
それを理解したうえで、アランはキッと目を凝らした。
「――悪いな、ルクシア・シン」
「ルクシア様を呼び捨てにするなァ!! ルクシア様はシチリア――」
「黙っておれユーリ」
「……ふぐぅ」
アランのその一言に、ユーリが激昂、それを諫めるように眼を飛ばすルクシアは、「続けるがいい」と促した。
アランはすぅと大きく息を吸った。魔法力の残り香が中央通りを包み込む中で、小さく笑みを浮かべたアランの様子にエーテルは頭の上に疑問詞を作ってもいた。
「俺の中でのルクシアさんは、ルクシア・ネインただ一人だ」
「……ほう?」
「料理をしたら殺人をするような、いつもフー爺に反抗してるような、料理教室ばっか通ってて修行も手付かずのチャランポラン――それがルクシア・ネインだ」
アランの発言に、ルクシア・シンは「フッ」と、まるで嘲笑するかのような表情を浮かべる。
「当たり前であろう? よもやたかだか一地方貴族の貧乏娘であるルクシア・ネインと比べられるのはいささか――」
「――だけどな」
ルクシア・シンの言葉を遮って睨み付けるアランの背後では、ユーリが「だから貴様は……!」とわなわなと震えていた。
「いつも俺が道を外さないように見守ってくれる。自分のことよりもまず他人を優先させる。自分だって、ルクシア襲名戦のことがあるはずなのにそんなことを微塵も俺に見せずにただただ修行に付き合ってくれる。いつだって勉強も見てくれる、この学園に入るために何度も何度も付き合ってくれる――そんな、そんな……大切な俺の姉弟子だ」
「……何が言いたい?」
「お前如きに敵う相手じゃねぇってことだ」
「ちょ、アラン? アンタ、何言ってんの?」
「俺はルクシアさんが大好きだ」
姉弟子として、一人の人間として敬愛する一人のエルフ族。
アランが五歳の頃から見守ってきたその人は、もはや家族同然だった。
他人などという大枠ではなく、フーロイドも、ルクシアもとうにアランの家族だった。
「え!? ぁ、アラン!? ルクシア・ネインって誰よ? 好き……えぇ!? ちょっとアラン聞いてるの!? なんで告白したの、聞いてんの!?」
アランの一世一代の宣言に、背中越しにエーテルが狼狽しているのが分かった。
事情も何も説明していない彼女には確かに何のことかすら分からないだろう。
その向こうではユーリが「あんな下賤な輩に……!」と下唇を強く噛んで、生き残った兵士たちに待ての合図を促した。
「……それが貴殿の答えか」
「ああ、だからこそ俺を勧誘するのは諦めろ――ルクシア・シン」
アラン達を勧誘したルクシア・シンは「そうか……」と小さく呟いた後に遥か前方にいるユーリに目配せをした。
――と、その瞬間だった。
「また会おう、アラン・ノエル」
カシャグシャッ
「――風属性魔法、鎌鼬」
静かな音とともに、ルクシアの前にいた複数人の受験生が赤黒い光に包まれた。
「……覚えておけ、エーテル・ミハイル。貴様とはいずれかならず決着をつける」
エーテルの前方にいたユーリも複数人の兵士たちの背後にある転移魔法結晶を破壊していたのだった。
「気が変わればいつでも来るがよい。私はいつでも歓迎してやろう――自主送還」
「……ルクシア様を呼び捨てにしたことは万死に値するぞ……ッ! 自主送還!!」
中央通り両側の兵士たちが赤黒い光を発して消えていく中で、その脅威であったルクシア・ユーリも赤黒い光に包まれていく。
『――ユーリ・ユージュ 転移魔法結晶破壊六 受験者撃破零 三十ポイント 自主送還』
『――ルクシア・シン 転移魔法結晶破壊六 受験者撃破零 三十ポイント 自主送還』
ふと、現場に残ったのは一部の兵士たちのみだった。
「ひ、ひぃ……!」
アランやエーテルを狙いすらないことを見ると、ただただ金で雇われた傭兵だったのだろう。
逃げ去るかのようにその場を後にした兵士たちがいなくなったことで、王都中央通りに残ったのはアランとエーテルだけになった。
「……あの二人、自分達の兵の転移魔法結晶使って合格ポイントまで漕ぎつけたのか?」
「――まったくそうみたいね。とことんオートル学園受験を馬鹿にしてるのね……」
魔法力を限りの底まで使い果たして、当に限界を迎えていた両名が膝を折ってその場に倒れ込む。
「……ヤバい。さっきので力使い果たしてる」
「私もよ。あのまま奴等が来てたら正直……ってとこかしら」
先ほどまで二人の上空にあった暗雲は、まるで雲を吹き飛ばしたかのように消え失せていた。
「――とりあえず、いつ誰がここに来るか分からない。上限ポイントも取ったし……帰ろうぜ……自主送還」
「そうねぇ……ってて……私もまだまだみたい。自主送還」
王都中央通りの中心にて二人の受験生が自主送還を宣言した。
お互いの眼前にある転移魔法結晶が赤黒い光を帯びて、二人の姿は光に包まれて王都仮想空間から姿を消していった――。
『アラン・ノエル、エーテル・ミハイル 上限三十ポイント 自主送還』




