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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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天と海

「い、いきなり来て何言って――」


「あなたも私も、今は時間が欲しい」


 ふと、額に汗なのか、水なのか分からないままに付着していた液体を手で払いのけたエーテルの眼前には、大津波グラントリメから逃れたユーリ含めた部下数人が立ちはだかる。

 その延長線上、少女の眼前にいるエーテル――その遥か後方に見えた人物に、ピクリと反応したユーリは「ルクシア様!」と焦りの声を上げた。


「……ユーリか」


「――はっ! 申し訳ありません、このような体たらくを……!」


「良い。もともとそちらの獲物は手強い者だったのだろう? ……だがまぁ、状況を見るに交渉は決裂したようだな」


「……はい」


 王都レスティムの中央通り。

 片端からルクシア・シン以下その手下十三名、もう片端にはユーリ・ユージュ以下その手下十九名が、その間に位置するアラン、エーテルを挟んでいる形になっている。


「この状況で手を組めるのかよ」


 アランの苛立つかのような発言に、エーテルはこくりと頷いた。

 ルクシアとユーリが短い会話をしている中で、エーテルはくるりと後ろをアランに背を向けた。


「私の転移魔法結晶(いのち)、一時あなたに預ける」


 その一言で、アランは場の状況からおおよその察しをつけることが出来ていた。

 先ほどルクシア・シンが告げたユーリ、という人物はエーテルの敵でもある。

 更にこのルクシアとアランは今敵対状態にあり、ユーリもルクシアに畏まっていることからこれはまとめてルクシア一派である可能性が高い。

 そんな中で、アランやエーテルは受験生の中でも要注意人物に振り分けられている。

 いつ誰に狙われてもおかしくない、というのは昼食の時にエーテルとも相談していた。


「……どうしてお前はそこまで俺を信じる」


 アランは、ふと告げた。

 エーテルの言わんとすることは理解できる。

 この大人数を倒すために必要なのは、魔法力を練り、射出するための時間稼ぎだ。

 だがそれまでに敵が待ってくれるわけがない。あの手この手を使用して潰してくるに違いない。

 だからこそ、背後の転移魔法結晶が集中力の妨げだったのだ。前を意識しながら、後ろまでを意識すれば魔法力錬成も遥かに時間を要する。

 が、ここでエーテルと背中を合わせて共闘すれば、お互いの転移魔法結晶いのちがお互いの前に現れる。

 後ろのことは一切気にせず、前だけを気にしていればいい。それだけでも格段に魔法錬成は早まる。

 だが、それは完全に相手を信頼していないとできない芸当だ。

 もしもアランがエーテルに身を任せてしまえば、エーテルの所作一つによってアランは脱落する。

 まだ一ポイントすら取得することが出来ていないアランがここで強制送還アズリールさせられてしまえば、オートル学園への入学は絶望的だろう。


 そんな思考を一瞬で繰り広げたアランの前に、エーテルはアランを一瞥もせずに、ただ一言――。


「――ライバルだからよ」


 と、呟いた。


「……ったく、マジかよ。ライバルに命預ける馬鹿がどこにいるってんだ……!」


 ドンッ


 アランは頭をポリポリと掻きつつ、エーテルと背中を合わせた。

 エーテルの藍の一房が首に直に触れる中で、アランの眼前に見えたのは彼女の転移魔法結晶(いのち)

 だが対照的に、エーテルの眼前に現れたのも、赤黒いアランの転移魔法結晶(いのち)だった。


「……助かるわ」


「こっちもだ。これで懸念事項が消えたようなもんだからな」


「私はいつでも彼女等やつらを倒すことが出来る。でも、私は示したいの」


 中央通りを前に背中合わせになった二人に視線が動いたのは、両端のルクシア一派だ。


「――ルクシア・ユーリ(かのじょたち)が狙った奴が、どれだけ恐ろしい奴だったかってことを……!」


 背中越しに伝わって来る気迫にアランは生唾をごくりと飲み込んだ。


「……面白いな」


 自然と、アランは口角が上がっていた。

 その間にも両端のルクシア、ユーリ一派がそれぞれ目を光らせてアランとエーテルに向けて腕を振り下ろした。


「目標アラン・ノエル、エーテル・ミハイル。ユーリ、タイミングを見逃すでない」


「――はっ!」


 瞬間、中央通りいっぱいに虹の光が広がった。


「抜かるんじゃないわよ」


「背中合わせといて真っ先に俺の転移魔法結晶(いのち)が消えたら、一生呪ってやるさ」


 お互いがお互いの実力を把握しているからこそ、お互いがお互いの転移魔法結晶(いのち)を預けられる。

 そんな二人を襲う虹色の魔法法撃に、アランは左腰からすぐさま法具銃を取り出し、左腕に持った銃に魔法力を溜めた。

 対して右腕にありったけの魔法力の錬成を始める。

 エーテルは左腕で莫大な魔法力錬成を始めて右腕には魔法撃を防ぐ充分な魔法力を練る。

 背後のことはお互いに任せ、今は全力で、眼前の敵だけに焦点を当てて――。


「――長弾デクスッ!」


「――海属性魔法、海神砲レヴィアタン!」


 中央通り両端から発せられる虹の魔法攻撃に対抗して、中央通りど真ん中から左右に分かれるようにして放出された長弾デクスの真白い魔法閃光と、突如エーテルの間に現れた海神(レヴィ)から放たれる蒼龍砲そうりゅうほう

 中央通りを舞台に繰り広げられる壮絶な魔法法撃合戦を前に、両陣営の間に莫大な魔法力が飛び交っていた。


「……ぐっ! る、ルクシア様!」


「――造作もない」


 先に悲鳴にも似た声を上げたのはルクシア一味だった。

 海神砲レヴィアタンによってユーリ側の魔法が完全に相殺され、勢いにのった大砲が着弾位置をずらして脇の建物にぶつかる。

 塵芥ちりあくたが混ざり、土埃が空中に舞う中でユーリは眼をこすりながらもなお、主であるルクシアの身を案じている。

 その対極にいるルクシアも同様にアランが放った長弾デクスにより魔法力が完全相殺されたものの、彼女自身が放った防御魔法により一切のダメージは無効化されていた。


 それを見たエーテルは、「流石ね」と小さな笑みを浮かべた。

 「そっちこそ、よくあんな攻撃止められたな」と、左手に構えていた魔法具銃が亀裂を走らせて壊れていく最中で、ユーリは「チッ」と舌を打った。


「敵はたかだか二人だ! ここで戦果を挙げた者にはそれ相応の褒美は存分に用意する! 何としてでも打ち崩せ!」


 焦ったユーリが、エーテルに向けて攻撃指令を出すと同時に、兵は個々に魔法力を込めて走り出す。

 同時に、無言で腕を振り下ろしたルクシアの指示により、アランにも同様に兵たちが迫り来る。


「――ところで、アラン?」


「……どした?」


 お互い、魔法力の錬成はもう十全に完了していた。

 アランは右手に膨大量の魔法力を、エーテルは左腕に魔法力を込めた中で、エーテルが斜め後ろを向いてからかうように目線を上に向けた。


「上空に広がっている暗雲は、あなたのものかしら?」


「……それが俺にもよく分かんなくてな。少なくとも俺のじゃあないが、俺の魔法には呼応してくれるらしい。存分に利用させてもらうぜ」


「……ふーん」


 短く頷いたエーテルは再び前を向き直った。

 アラン、エーテル両名に迫るはルクシア、ユーリの兵による挟撃。

 だが、二人の前ではその兵力は、ただの雑兵に等しいものだった。


「あの日、あの時、あの瞬間から、負けないと誓った」


 エーテルは魔法力を溜めた左腕を一気に解放させた。


 瞬間、エーテルの眼前を覆い尽すかのように現れたのは巨大な海水。

 大地を切り裂くかのようなその海水は、中央通りを大きく挟んでいた。


「――海開き(ジッカイ)


 空間を二分するかのように開いていた海が、兵たちを包み込むかのように閉じていく。


「……ガボッ……」


 ユーリの私兵たちは閉じられた海に巻き込まれて海中を暴れるが、そこから抜け出せる気配はない。

 徐々に溺れ行くユーリの私兵たちの周りでは次々と強制送還アズリールを示す転移魔法の赤黒い光が現れる。


 対して、アランは一度ふと上空に目を当てて、右腕を掲げた。



「――雷神の落雷(ラッセ・アラン)


 暗雲から振り下ろされたのは、枝分かれした雷だった。

 通常の落雷は一本の閃光、だが今回アランが放ったのは一本の雷が幾重にも枝分かれしたものだ。

 それはさながら、この世に雷神アランが降臨したかのような美しい稲妻であった。

 枝分かれした美しい稲妻は一直線にルクシアの私兵たちに降りかかり、彼等の転移魔法結晶いのちに突撃していく。


 王都中央通りの中心から二つ射出された巨大な魔法力が、仮想空間を大きく揺らせた瞬間だった――。


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