エーテルの策
「交渉……決裂ですね」
そう小さく呟いたユーリは軽く右手を振り下ろした。
すると、エーテルに背を向けていた六人が振り返り様に一斉に魔法攻撃の嵐を浴びせかける。
「――海属性魔法、死の氷柱」
右手に魔法力を漲らせたエーテルのもとに向かうは、幾重もの魔法攻撃だった。
だが、エーテルの手から発せられているのはゆったりとした塩水の流れ。
彼女から発せられる極限までに冷えた海水は外気に充てられて白煙――氷霧を作り出していた。
「……まとめて凍りなさい」
幾多の波状を経て迫り来る魔法法撃と、エーテルの放った冷気を持った死の氷柱が交錯したその瞬間だった。
「な……魔法を凍らせてるのか!?」
「法撃を止めろ! こっちの身体まで凍るぞ!」
「う……わ……わわ……あ……」
エーテルに当たるはずだった魔法の攻撃が冷気を帯びて次々に凍っていく。
その速度は尋常ではなく、法撃の先端から術者へと連鎖的に広がっていった。
そんな中で、六人の内四人が突如魔法術をキャンセルしてかろうじて体への被害を免れる。
だが、代わりに一人は魔法法撃の術式を止めきることが出来ず、自身の放った魔法を伝って身体までもが凍り付いていく。
『――エル・ランドルフ 受験続行不可能との判断 強制送還』
魔法を放った右手が徐々に凍り付いていく様子を見て、システムが続行不能を判断したらしく男の一人は強制送還。
もう一人の男は自らの腕までもが凍り付く寸前に、左手で別の魔法術式を組んでエーテルの死の氷柱が届くのを防いでいた。
「成程……。一筋縄ではいかないようですね」
その様子を後方でじっくりと観察していたユーリが白の手袋を纏った右手をパチンと鳴らすと、突如としてエーテルの周りを囲うかのようにして現れたのは十余人ほどの他受験生だった。
自身を取り囲む圧倒的な敵の数に「な……!?」と驚愕を隠せないのはエーテルだ。
「あ、アンタ……一体どれくらいの受験生取り込んだのよ……!?」
「私達はこの受験に必ず合格しなければなりません。ルクシア・シン様が『ルクシア』を襲名しなければ……ッ!」
わなわなと身体を震わせるユーリの判断待ちをしているのか、彼女の手の者は全く動こうとしない。
エーテルは目測で自身を取り囲む人数を把握した。
「……これは骨が折れそうね。というか、正直転移魔法結晶が邪魔過ぎて集中できないじゃないの……」
――と、様々な突破策を脳裏に浮かべ、処理している少女の眼下に見えたのは、見知った一人の少年だった。
「……アイツ……!」
瞬間、エーテルはにぃと笑みを浮かべていた。
彼女の見据えた先にいる少年の眼前でも、エーテルと全く同じような構図が出来上がっている。
ならば――。
「全兵! ここでエーテル・ミハイルを潰しなさい!」
ユーリの一言と共に、先ほどの三倍ほどはあろうかという魔法攻撃がエーテルに降り注ぐ。
「全方位からの同時魔法法撃です。あなたに避ける場所などありません」
邪悪な笑みを浮かべながら呟くユーリは、「うふふ」と恍惚の表情を示す。
虹色に輝く全方位魔法法撃。そこには一見、エーテルが避ける隙など微塵もないように思えた。
だが――。
「避ける場所がなければ、作ればいいのよ」
にやりと、ユーリを睨めつけるように口角を上げるエーテルは、屋根上に両手をついて「ふぅ」と精神を統一させた。
「避けられなくて諦めたのなら好都合。そのまま強制送還するのが賢明ですね」
「強制送還? ええ、それならば――この場にいる全員をさせてやることが出来るわ。ちょうどあっちにもあなたの主様が相手をしている奴がいるのよね」
「……あなた、一体何を……?」
怪訝そうな表情で首を傾げるユーリは、エーテルの直下に凄まじい量の魔法力が蓄積されていることに気が付くが――時は既に遅かった。
「――大津波!!」
それは、エーテルが放った切り札の一つだ。
以前使用した際は、アランの天変地異を前に完全に防がれてしまったが、その時とは威力も、量もまるで桁違いだった。
あの敗北を糧に、慢心を捨て、その時の全ての力を注ぎ込んだ必殺魔法。
藍の一房に水滴がこびり付くも、彼女を中心として現れた膨大量の海水は、まるで街を飲み込むかのように周りの家々をなぎ倒していく。
「あ、足場を――!?」
豪水の勢いによって仮想空間に建てられた家の耐久力が保つはずはなく、エーテルの周りから現れる大量の水に押し流されていく家々に、屋根上に立っていたほとんどの受験生はバランスを崩していく。
ドゴオオオオオオオッ!!!
エーテルを中心として飛び出してきた大量の海水によってなぎ倒された木片と水が中央通りを横断するかのように飲み込んだ後に、「ハァッ! ハァッ!」と大量の魔法力を使ったことによる疲労を感じつつもエーテルはタンッと軽快な足取りで中央通りに姿を現した。
事態はちょうど、ルクシア・シンとそれを取り囲む彼女の部下らしき人物がアランに迫ろうとしているその時だった。
アランは何が起こったのかが分からない、というようにエーテルがもたらした巨大な爆音の方に意識を向けている。
そんないつも通りのアランを一瞥したエーテルは、なおも息を荒くしながらにやりと笑みを浮かべる。
「アラン……! 急で悪いんだけど、手、組めない……!?」




