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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
63/119

特別

 エイレンを背負って中央通りを突っ切るアラン。

 そんな彼らに降り注ぐのは大量の魔法砲撃だ。

 まるで虹のような色をした火、水、土、風それぞれの魔法がそれぞれの威力を持って彼らの頭上に降りかかる。


「くっそ……!」


 アランの背後では息を荒くしている少女が一人いる。魔法力もほぼ底をついていて、到底この先一人で行動できるとは思えない。

 これらの力を退けることが出来る方法はただ一つ。


 ――天属性魔法……っ!


 あれから半年間、アランはどうにかして自らの力の制御に尽くしてきた――が、未だに一向にそれが完成する気配はなかった。

 どれだけ修練を積んでも、どれだけ研鑽しても力に振り回されてしまう自分を感じるばかりだ。

 自分の力を完璧に扱うには限界まで魔法力を消費する必要がある。

 最後の一撃を放つようになってやっと、彼の天属性魔法は彼自身のものとなるのだ。

 だが、今それを使用してしまっては何の意味もない。魔法力も万全であるこの状態で使ってしまえば、自らの力を不用意に、無作為に使ってしまう蛮行になる。

 あの頭痛のせいで、世界は変わる。天属性魔法を使用するときのあの頭痛が、アランの中のナニカを変えてしまう。


 左手に嵌められた脱着式リストバンドを一瞥したアランは、「チッ」と小さく舌打ちをした。

 今天属性魔法を使わなければ、エイレン諸共やられてしまう可能性がある。


「……アラン……君」


 魔法撃が降り注ごうとする中、エイレンは力なく呟いた。


「魔法力……貸して……!」


 背後で、カリと何かを噛み砕く音が聞こえた。

 エイレンが新たに胸元から取り出した粒をごくりと、震える手で飲み込んだ。


 ドクン


 背中から伝わって来る鼓動。そして身体からすり抜けていくような感覚が全身を支配した、その時だった。


「お願い……アラン君……」


 ふと、粗い吐息の少女の懇願。首筋に少女の途切れ途切れの息がかかり、アランは生唾をごくりと飲み込んでこくりと頷いた。


「――土属性魔法、土壁ドゴース土地神エレメンツ……ぐ……っ」


 瞬間、アランの背後に現れたのは、周りの土をかき集めて精製された巨大な壁と、騎士の姿をした茶色い人型の何かだった。

 意思を持つかのように蠢き、アラン達が進む道へ行かせまいと手持ちの剣で魔法を斬り落とし、壁の作用によって衝撃を吸収するそれらに紛れてアラン達は路地裏に逃げ込んだ。

 くしくも、そこはいつもアランが住んでいる古びた家の前。忠実に反映された王都の街並みには、フーロイドの古家も反映されているようだった。


「ケ……ㇹッ」


 アランは、苦しそうに息をするエイレンを家の扉にもたれかけさせるようにして座らせた。

 小さな咳一つで大量の鮮血が服の上に流れ落ちる。


「なぁ、エイレン」


「なに……?」


「俺に背負われているとき、何で俺を倒さなかったんだ? なんで、俺の後ろの転移魔法結晶コレを破壊しなかった。お前にとって、俺は加点ポイントになるはずだったろ?」


 アランが指さしたのは、自身の後ろに付いて回る転移魔法結晶。赤黒く光るその結晶は、血の色に酷似しているかのように思えた。


「……出来るわけないよ……」


 ぽつりと、目から光が失われつつある少女は呟いた。


「ここもすぐ奴等にバレる。エイレン、君はここで自主送還エズリールするべきだ」


「……自主エズ……送還リール……」


「十五ポイント取ってるんだから合格ラインには乗ってるだろ? それに……強制送還よりも、自主送還の方が得だ」


 試験要綱に書いてあることの一つに、強制送還された者と自主送還した者のポイント数が同じであれば、自主送還した者のポイントの方が高くなるということは明記されている。

 エイレンも、下手に強制送還されるよりは今自主送還しておいた方が圧倒的に合格率は高まる。


「俺は……そうだな」


 アランは、そう呟いてから左腕のリストバンドを一瞥した。


「……返り討ちにしてくるさ」


 ただ、その場合一つ懸念事項がある。

 巨大な魔法力を消費するには、とてつもない集中力を賭してコントロール性能を上げなければならない。背後に、『命』ともとれる転移魔法結晶を背負っていたままでは魔法の発動に集中できない。

集中力を魔法に注ぎ辛いようでは、成功率は圧倒的に低くなるからだ。


「……ごめん……待って、アラン君……」


 白い手を伸ばして、アランの服の裾を弱々しく握ったのはエイレンだった。

 迷惑だと思っていても、聞かずにはいられなかったのだ。

 もしかしたら、もう会えないかもしれない。ここで会うために、何年間も、頑張ってきたことがすべて無駄になってしまうかもしれなかった。

 エイレンに、もはや立ち上がる気力は残っていない。

 頭がぼんやりとする中で、やっとの思いで見つけたその人物は、「大丈夫だ」と背を向けたまま答えた。


「約束する」


 アランは、ぐっと拳を握りしめた。


「この試験に合格したら、必ず君に会いに行く。そしたら、君の質問に、全部……全部答える」


 アランのその言葉に、嘘偽りはなかった。


「あ……らん……君……」


「俺さ……すごく嬉しかったんだ。友達のいなかったコシャ村で、初めて話してくれたのがエイレンだった」


 アランは、暗雲が立ち込める空を見上げて呟いた。


「『悪魔の子』だなんて蔑まれた俺と、平等に接してくれた。一緒に遊んで、一緒に飯食って、一緒に笑ってくれた。それは今でも大切な思い出に変わりない」


 「だからこそ――」と、アランは続ける。


「エイレンは、俺の中でやっぱり特別なんだと思う。だからこそ、待っててくれ。すぐに追いつく。すぐ傍で、目の前で、俺の知り得ることを全部話すよ」


 アランがそう呟いた途端、エイレンの表情が和らいだ。

 アランの服から手を離し、「ふっ」と息を吐いた少女は全身から力が抜けていくのを感じていた。


「ありがとう」


 その一言で、アランはエイレンの中で何かが瓦解していくのを感じ取っていた。


「――自主送還エズリール


 静かに目を閉じて呟いたその一言で、エイレンの周りは赤く白い光に包まれた。

 自主送還による転移魔法の作動。

 赤白い光に包まれたエイレンの目尻から流れ落ちた一粒の滴が、仮想空間の大地にポトリと落ちた。


『エイレン・ニーナ 十五ポイント 自主送還エズリール


 機械音が無機質に告げた後に、エイレンの姿は完全に仮想空間から離れたことが伝わったアランは、「さて……と」と目つきを変えた。


「ホント、転移魔法結晶邪魔だな……」


 今のままでは、いつ背後から敵が襲来してもおかしくはない状況だ。

 そんな中で眼前の敵、いつ来るか分からない後方の敵に気を配ることは容易ではない。

 そんな意味合いもある中でのこの試験は計算づくのものだとも言える。


 ――と、その時だった。


 ドゴオオオオオオオッ!!!


 アランの背後にて、地が揺れるほどの巨大な轟音が鳴り響く。

 中央通りに出直して、眼前を見てみると先ほどのエイレンの魔法を突破したルクシア・シンの私兵たちが徐々にアランの元へ駆け寄って来るのが見えた。

 それと同時にアランが警戒していた後方へと目線を向けると――。


「アラン……! 急で悪いんだけど、手、組めない……!?」


 額に幾粒もの汗を掻いて息を上げる少女の一房がふわりと風に揺れた。

 同時に彼女が発したであろう巨大な激流が街の一角をするどく飲み込んでいく。

 圧倒的に優位に見えるその状況であまり芳しくない表情を浮かべるエーテル・ミハイルの姿がそこにはあった。




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