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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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邪魔だよ

「……エイレン」


 ぽつりと呟いたアラン。

 中央通りを挟んで対峙する二人。試験は既に始まっており、至る所で爆発音や剣戟が聞こえてくる。

 そんな中で中央通りには誰も来ない。まるでそこに何らかの力が働いているかのように、アランとエーテルの間を隔てる物は何もなかった。


「ねぇ、アラン君」


 静寂に包まれる二人の均衡を最初に破ったのはエイレンだった。

 底冷えするほどの声がアランの肌をピリつかせる。


「私、あの時さよならも言えなかったんだよ……?」


「さよなら……?」


 エイレンの告げる言葉に意味が分からず、オウム返しのように首を傾げるアラン。


「何で、コシャ村を離れる時に何も言ってくれなかったの?」


「……いや、それは――」


「パパが死んじゃったから? 声を掛け辛かったの?」


 アランの脳裏に浮かんでいたのは、コシャ村を離れる際のことだった。

 エイレンを置いて行ったのは確かだ。彼女を慮って母親の近くにいさせてやらねばならないというフーロイドの言をそう受け取ったアランは、あえて何も言わなかった。


「パパが死んだ後……ママ、壊れちゃったんだ」


 エイレンはふと、右手に持った弓をアランに向けてゆっくりと番えた。


「アガルさんは、あの後何も話してくれなかった。何も話さないまま――いなくなっちゃった」


 ぽつり、ぽつりと。言葉を噛み締める少女の重みは果てしなく深い。


「いなくなった……?」


「コシャ森で、自害したんだって。だから――何も話してくれなかった。何も話してくれなかった――。だけど……っ!」


 キッと目つきを変えたエイレンの番えた弓に突如として紅の矢が現れる。

 エイレン・ニーナの魔法属性は火。恐らくあの弓は補助魔法具で、本質的な矢はエイレンによって生成されたものだろうとアランは勘繰っていた。


「パパを殺しちゃったから、私に話しかけ辛かったの? 私には何も分からないんだよ。何であの日のことを誰も教えてくれないの? 何であなたは急に私の前からいなくなったの? 伝えられなかったことも、伝えられなかったの。なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんで!!」


 弓を番えながらその少女は頬に一筋の涙を流していた。

 仮想空間である疑似王都の空。何もなかったその場に徐々に暗雲が立ち込めていく。

 ポツ、ポツと短い雨が王都の大地を湿らせる中でエイレンは「だから、やっと、会えたね」と。


「ここに来ればアラン君に会えると思った……。だから、私、嬉しいの」


 ヒュンッ!!


 言葉も終わらぬうちに矢を番えて射出するエイレン。


「……俺は君と闘う気はない」


 アランは射出された矢を素早く見切った後にエイレンとの距離を一気に詰める。

 避けた際に、エイレンが放った矢は一直線に出店の一つに直撃。

 まるで業火のように木造の店からは火が放たれる中で、アランはじっとエイレンが次に射出するであろう弓を見据えた。

 ――と、その時だった。


「あいつだ、あいつも要注意人物だ!」


「ここで生き残られちゃ面倒だ……一気に囲め! あの方(・・・)の命令だ!」


「潰せ! 火属性魔法――業火渦(ウィッチ)!」


 中央通りでアランを見つけた受験生三人組が突如、魔法起動の準備をしてアランの背後に迫っていた。

 狙いはアランの背後一メートルに付いて回る転移魔法結晶だ。

 これを壊されれば、アランは一ポイントも取れずして二次試験を終えることとなる。

 つまりは――失格。


「……要注意人物扱いか……!」


 前門のエイレン、後門の受験生三人。

 誰からどこから狙われてもおかしくはない状況下で、アランの目線にはエイレンの新たな行動が入る。


「私とアラン君だけの時間を……。――邪魔だよ」


 アランの背後三人を睨み付けたエイレンが自身の胸ポケットから取り出したのは、一粒のナニカ(・・・)だった。


 ふと、エイレンはカリッと錠剤のような物を口にした。

 直後としてエイレンから湧き上がってくるのは異質な気配だった。

 弓を番えた右手をダランと伸ばし、対照的に左手をアランの背後に近寄る三人に向けた。


「――土属性魔法・・・・・三連土槍テラジスト


 その時、アランは右手の魔法具剣に魔法力を込めていた。

 背後の三人の方を向き、飛斬エルソード発動の予備動作を起こしていたアランの眼前からは土が隆起。


「……なっ!?」


 突如、土から現れたのは三つの槍だった。周りの土をかき集めて精製されたものが、盛り土のように重なっていく。

 鋭利な刃物のようになった土の塊は、地面から離れてアランを襲おうとした三人の背後に向かって勢いよく飛んでいく。


「なにっ!?」


 地面から繰り出されてくる高速の土槍に反応しきれなかった三人の背後では、同時にバリンという金属音が響き渡る。


「――エルダー・イーム 転移魔法結晶破壊により強制送還アズリール


「――クルド・ロンネス 転移魔法結晶破壊により強制送還アズリール


「――ゴルドリス・クライン 転移魔法結晶破壊により強制送還アズリール


 転移魔法結晶は仮想空間の上空に輝く太陽に宛てられて美しい光を放った。

 三人は同時に青白い光に包まれてその場から姿を消す。


「エイレン・ニーナ 十五ポイント獲得」


 役目を終えた土の槍は転移魔法結晶の残った光に照らされながら霧散していく。

 はらはらと大地へと還っていく土を一瞥しながら、アランは愕然と眼前で魔法を放ったエイレンを見据える。

 先ほどの連続攻撃で合格ラインに乗っているエイレンだったが、自主送還エズリールしようとはしない。


「エイレン……」


「なぁに、アラン君?」


「――なんで、土属性魔法が……使えるんだ?」


 きょとんと、まるでアランを嘲笑うかのように冷えた笑いを浮かべる少女に、アランは告げた。


「エイレン、君は……火属性魔法・・・・・だろう……?」


「ふふ。アラン君は知らなくてもいいの。行くよ――土檻ラウンド


 左手を大地にひたりと付けたエイレン。

 アランとエイレンを囲うように、周りの土が隆起していく。

 アランの身長のおおよそ三倍はあろうかというその巨大な土で出来た檻の中には、アランとエイレンの二人。


「これでやっと二人きりになれたね。私たちを阻むものはもう――」



「――なにもないんだよ」


 シュッ


 エイレンの合図とともに、檻の壁からは先ほどのような土槍がアランに向けて飛来する。


「……ちっ!」


 飛来する土槍に、よほどの速度は感じられない。

 アランは右手から魔法具剣に一気に魔法力を注入し、飛斬エルソード

 飛ぶ斬撃で土槍を撃ち落としたアランの上空には、徐々に暗雲が立ち込め始めた。


「使えばいいじゃない、アラン君。なんで使わないの?」


 エイレンの言う「使う」というのは恐らく天属性魔法のことだろう。

 左手に備え付けられた脱着可能なリストバンドを外せば、アランは天属性の魔法を使用することが出来る――が。


「悪いな……まだ使えねえんだよ、これ」


 ぽつりと呟いたアランに、エイレンはにこりと笑みを浮かべて「そっか」と小さく頷く。


「じゃあ、質問させてもらうね?」


「……?」


「アラン君は――」


 ――と、エイレンが何か言葉を発しようとした、その時だった。


「ゴㇹ……」


 突如、エイレンが胸を抑えると同時に彼女の口から吐き出されたのは、紅の液体だった。


「え、エイレン!?」


「……こん……な、時に……ッ!!」


 アランが近寄るも、エイレンの目尻には涙が溜まっていた。


「来ないで……っ!」


 「ガハッ」と、少女の口からはまたも血が吐かれる。

 大地に紅が広がりつつある中でもなお、少女は毅然と立ち尽くす。

 魔法力の効力が切れたのか、作成された土の檻は塊ごとに大地へと吸い込まれるようにして元の位置に戻っていく。

 

 土檻ラウンドは完全に瓦解。再び中央通りの全貌が見えるようになった、その時に――。


「くそ……誰も待っちゃくれねぇのかよ!」


 ふらふらと立っているのがやっとのエイレンの背後に立っていたのは、一人の小さな少女だった。

 その周りには幾人もの男たちが魔法発動の予備動作をしてアランとエイレンを迎え撃とうとしている。


「――エイレン、退くぞ!」


 エイレンの有無を聞かずにアランは、血を吐いたエイレンを背負って敵とは反対方向に走り出す。


「あ、ラン……く、降ろし……」


「降ろせるかよ……! とりあえずしっかり捕まっとけ、振り落とされないように!」


 全力で走り抜けようとするアランに向けて、少女はふと呟いた。


「皆の者、逃がすでない。あの者は何としてもここで潰さねばならぬ」


 紫に靡くツインテールが一層揺れた。

 小さなその上背から繰り出される合図を出す右腕は、まるで小等部の生徒のようだ。

 高貴さが伺える黒と金の服装に、尖った耳。これはエルフ族の特徴でもあった。

 傍に控える数人は、にやりと強かな笑みを浮かべた。


「全兵、法撃開始!」


 少女、ルクシア・シンが右腕を振りかざすとともに幾重にも重なった魔法砲撃がアラン達を急襲した――。


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