やっと、会えたね
束の間の休息も終わり、学園の敷地内には高らかな鐘の音が響いた。
それと同時に、魔法科学研究所が発明したとされる校内音響機器が作動し、学園の隅々までに受験案内が伝えられる。
『学園受験の皆様、今から十五分以内に学園敷地内の中央講堂にお並びください。二次試験についての説明を行います』
風魔法を伝わせて音声を敷地内に届かせる。
それを更に所々に設置される音声拡散機器に伝わせ、伝達を早める。
未だオートル機関にしか実装されていないこのシステムは、今は試験期間中なのだという。
これが国や都市に反映されるのもそう遠くはない。
アランとエーテルはその案内を聞くと、素早く食器を片付けて集合場所案内に従った。
実際にオートル機関では試験期間中の汎用魔法具は多数ある。日進月歩に進んでいく魔法具開発と、販売を担う中心となっている機関の収入で王都を発展させたと言ってもいい。
その恩恵をあずかっているのが、オートル学園でもある。だからこそ、この学園では常に最新の教育を受けることが出来るのだった。
「――落ちるんじゃないわよ」
「――落ちるかよ……そっちこそ、勝てる勝てるって油断してたら足掬われるぜ」
こちらも、アランとエーテルのグループは違ったために会場は一旦別となる。
激しい視線を交し合った天属性魔法と、海属性魔法の使い手。
二人の特異者は右腕を組み交わしてその場を離れた。
オートル学園内で二分された内、アランが向かった先は学園内で体育館と呼ばれる場所だ。
どうやら、最後だったのはアランだったらしい。
入った途端に受験番号を確認されると同時に、手のひらサイズの結晶を渡される。
「二次試験に使われる魔法具です。一般的に流通している転移魔法結晶と構造はほぼ同じですが、この試験に置いてこの結晶は受験者にとって『命』そのものと変わりありません」
そう言って、試験官は続けた。
「この結晶を体のどこかに付着させてみてください」
女性試験官が言うとおりに、アランは結晶を首の辺りにひたりと宛がった。
ひんやりといた感覚が結晶を伝って感じるとともに、その決勝は青白い光を帯びる。
直後、まるで自律で動いているかのようにアランの背中からおおよそ一メートルほど、ちょうど背中後方の場所に浮いているその結晶を見た試験官は小さく頷いた。
「この結晶は試験中に常に受験者の背後一メートルを付いて回ります。今回はその結晶こそが全ての鍵となるのです」
確かに、アランが動いてみればその動きに付いて行くかのように結晶は常にアランの背後を離れない。
「この二次試験は、一年次後期に行われる模擬戦争試験の雛形……。基本的にこの結晶を破壊する戦いと言う認識で大丈夫です」
――と、試験官は言った後にアランの身体を指した。
「この結晶の役割の一つ。まず、受験者はこの結晶を破壊するために戦ってもらいます。この結晶を狙い撃ちし、破壊することが出来れば五ポイントとなる――が、受験者本人を狙うことも可能です。その場合、結晶の効力をもってして、受験対象者に攻撃が当たるその刹那に結晶が作動し、自動的に受験会場待合室に強制送還されてしまいます。この場合、攻撃をした者には三ポイントの点数が加算されます」
「……ってことは……結晶を破壊されたら試験は終わりで会場待合室に強制送還されて……で、受験者が攻撃を受ける寸前にも結晶が作動して、強制送還される……ってことですか?」
アランの問いに、女の試験官はこくりと頷いた。
「なるほど……ってことは、この結晶は往復転移魔法結晶ってことになるんですか」
「その通りです。まずは受験会場に行くために一回結晶の効力が使用され、次に強制送還されるときに一回使用されます。ですが、別に強制送還されるまで戦う必要はありません」
女試験官は、「十五ポイント」と瞬きをしてから再び顔を上げた。
「つまり、結晶を三個――そして受験者を五人分撃破すれば基本的な合格ラインには乗ることでしょう。結晶を破壊しても、受験者を狙っても構いません。ですが、一次の筆記試験に自信がなければそれを超えて三〇ポイントまでは撃破していくことが可能です」
「最低十五ポイント以上、最高三十ポイントまでは続けられるってことですか……」
「そういうことです。そして強制送還されても、自主送還しても問題はありませんが最高峰のクラスに入るつもりならば――一年次後期の模擬戦争試験で本気で一位を取りに行くのであれば、上位二十名の中に入っておくことをお勧めします」
そういえば……と、ここをオートルに案内されたときに告げられたことを思い出す。
オートル学園にはいくつかの組分編成があるらしいが、そのトップ層こそ最も模擬戦争試験の上位十名の出場者が多く、また魔法術師に近い存在なのだと聞いた。
つまり、アランがその組に行くには――。
「三十ポイント取って自主送還……これしかねぇな」
自身の背後に付いて回る結晶を再び一瞥したアランに、試験官は何の表情も変えずに「これで概要は終わりです」と呟いた。
「なお、オートル受験者の内の全てが二次試験に進むわけではありません。先ほどのような混雑はないので、あしからず」
「……一次試験だけってことですか?」
「ええ。一次試験の筆記だけで判別するクラスもありますしね。今年度の受験表明者は三百十四名。最高峰のクラスの定員は二十名です。ご武運を祈ります」
試験官が指を鳴らすと同時に、アランの周りには見たことがある青白い空間に包まれた。
転移魔法結晶による転移合図だった。
「――なるほどね」
アランは、持っていたカバンからいつもの装備を取り出した。
一般的な魔法具銃を左腰に、魔法具直剣を右腰に据えて父から譲り受けた直剣を背に抱える。
この半年間、練習していたのは何もそれらの直接的な武器以外ではない。
右腕に嵌めたリストバンドを一瞥し、ふと辺りを見回したアランは周囲が真っ白になっていくのを感じていた――。
○○○
「……って、ここ――」
アランは眼を開く。そこに広がっているのは予想外にも自身がいつも見ている景色だ。
あまりの景色に呆然と立ち尽くしているアランの背後からは、『転送完了』という無機質な機械音が告げられる。
青白から、赤黒く変わったその転移結晶から発せられた音声だった。
『この音声は付属する受験者にしか伝わっておりませんので、悪しからず』
「……なるほど……音声から位置が他人にバレるってことはないのか……」
しかし一体どのようにしてそんな装置を作っているというのか。
オートル魔法科学研究所の底知れぬ力にある種の恐怖を抱いてもいるアランだった。
『この空間はオートルが作り上げた仮想空間に等しい物で現実の景色とは違います』
そこは、王都レスティムの街並みだった。
昔、アラン達家族が店を出した小さな店も、裏路地に見える古びた木造の家も、中央管理局も――。
『疑似的に作り上げた王都レスティム。今年度の受験場はこちらとなっております。ここでは物品をいくら破壊しても現実世界には何の影響も及ぼしませんので、どうぞ思いの限りを尽くして闘ってください。なお、これからのこちらでの音声は合格人数と残り人数をお伝えするだけとなります。では、ご武運を』
ブツリと切れるように音声が途切れる。
「――マジか」
見れば見るほど、そこは王都レスティムだった。
中央管理局、魔法科学研究所、学園を中心として円を描くように設計されたその王都の中央通り端に立つアランがふと一歩を踏み出した――その時だった。
キュインッ!!
ふとアランの頬を掠めるのは紅の一閃だった。
「……おいおい……嘘だろ……?」
中央通りを挟んだアランとは対極にいるその人物から発せられるのは新たな紅の一閃。
「一番最初に会えるなんて、やっぱり神様が私に味方してるのかな……」
大きな弓を番えたその少女は、陰のある表情を崩した。
肩まで伸びたその茶髪と、凛とした顔立ち。
華奢な身体から繰り出されるその攻撃。少女の右手には弓のようなものが持たされていた。
「久しぶり、アラン君。やっと……やっと、会えたね」
少女――エイレン・ニーナは左手で茶の髪をかき分けた。
その表情はまるで生気を失っているかのように、哀しく、儚かった――。




