才能の開花
翌日、村全体からアラン達一家の間には長く弱い雨が降り続けていた。
空気がジメジメしていた中で、アランの父親であるファンジオは自室の引きだしからボールを二つ取り出した。
「魔法……か」
昨日、マインにゆっくり休んでくれと言ったのと、そして近頃アランとあまり遊べてなかったことを懸念したファンジオの内心には大きな喜びがあった。
この世界では、魔法に絡んだ遊びや競技が数多く存在する。人々にとって、『魔法』という概念は極めて当たり前のものだった。
自身の身体や体技だけで行う競技。
対して己の内から秘められる魔法、そして魔法コントロールを武器に行う競技。
そんな様々な競技がある中で、普通の人ならばアランのような四歳くらいから、魔法を使った遊びをやり始める。
人間にとって身体的な成長段階は主に四つ。
一つ、第一次成長期。
一つ、第一次魔法成長期。
一つ、第二次成長期。
一つ、第二次魔法成長期。
言わずもがな第一次、第二次成長期は身体的な成長で身長の伸びが高まる時期である。
第一次、第二次魔法成長期は当人の魔法含有量の伸びが増える時期となって来る。
そして、アランは今、第一次魔法成長期に差し掛かろうとしている。
村の子供たちなどは魔法鬼ごっこなどをして遊びの中で魔法力を磨きにかかっている時期にあるが、アランは人々から『悪魔の子』呼ばわりされた挙句一緒に魔法力を磨けるよな友達はいなかった。
「だからこそ……俺がアランを鍛えてやらなきゃな」
家族の生計を立てていかないといけないファンジオは、日々を死地ともいえる森で過ごしている。狩猟をする際の土魔法を使った防護壁、危険察知のための範囲魔法など、彼は自分自身でも気づかないほどに魔法に関して上達していた。
そのせいで家庭を省みることが出来ずにいることが多いことをファンジオ自身は不満に思っている。
だからこそ――。
「……アラン」
リビングで、おもちゃの馬車を走り回らせている我が子に、ファンジオは声をかけた。
「なぁに?」
そんな純粋な瞳でまっすぐに見つめられたファンジオは、「うっ」と一歩だけ後ずさりをしていた。
今までは狩猟、狩猟でアランのことをあまり見てやれなかった、という後悔が頭の中を駆け巡ると同時に、そんな自分に「あそんでくれるの!?」と純粋無垢な笑顔を向けてくれる我が子を見たファンジオには自然と笑みが零れていた。
「おう、アラン。パパと遊ぶぞ!」
「ほんとー!?」
「ああ、今日も、明日も、明後日も! アランの予報ではずっと雨なんだろう? だったら、アランとずっと遊ぶさ!」
「やったー!」
「わーい! わーい!」とリビングを走り回って、台所で調理をする母親のマインの服を引っ張って「パパがあそんでくれるって! パパがあそんでくれるって!」と鼻息荒くするアランを見て、両親二人は温かな笑みを浮かべた。
「よっし、アラン。屋根の下だ。今日はお前に魔法の使い方を伝授してやろう」
「まほう!?」
「ああ、魔法だ。パパも、ママも使ってる、あの魔法だ」
「ふぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉッ!!」
「て、テンション高いな……お前」
ファンジオが苦笑いを浮かべると同時に、絶叫しながら勝手口から外の屋根裏に向かうアランを見て、マインが心配そうな表情を向けた。
「ね、ねぇ……大丈夫? アランに魔法……って。まだ、魔法属性すら分かってないじゃないの」
「ああ。一応見たところ魔法自体は使えるみたいだしな。魔法属性の開花がしていないだけって理由も考えられる。今すべきことはアランがいつ属性開放してもそれに対応できるようにしてやることだ」
「……アランの属性開放……ねぇ」
「ほら、今から魔法の放出形態だけでも学んでおいたら随分と後々に役に立つだろう? 『魔法鬼ごっこ』みたいな魔法属性を使って遊ぶわけじゃあない」
「じゃあ、今からアランと遊ぶのは魔法の修行も兼ねてるってこと?」
マインは野菜を切りながらファンジオに問うた。
ファンジオは「そうだな」と前置きしたうえで、息子の後を追って家の勝手口から靴を履いてじめじめとした空気を一身に浴びた。
「村の子供たちがどうやって魔法を教わってるかくらい……知ってるだろ?」
ファンジオのその一言にマインの肩が再びピクリと跳ねた。
コシャ村では、七十三歳の村長が子供たちに魔法を教えている。
その中でとりわけ優秀な者などは村の猟師と共に実際に狩場に行ってから実戦経験と同時に教わることが多い。
「アランには、俺たち以外に『師匠』はいねえ。別に親が師匠をやっちゃいけねぇなんて決まりはどこにもないからな。親として、師匠として。俺はあいつを一人前に育てる義務がある……」
「じゃあ、アランも将来猟師にするの?」
「いずれ……な。アランと一緒にタッグ組んで獲物を仕留めるのも、俺の夢だからなぁ」
勝手口を出て、扉を閉める。そこには藁で天井を覆われた簡易的な屋根が設置されている。
「ねーねーパパ! なにするの!? なにするの!?」
「あー待て待て。お前に渡すものがあるんだって。いや、落ち着け。落ち着け」
興奮を抑えきれないアランは屋根の下でグルグルと動き回っているのを、ファンジオはありがたいと思いつつもポリポリと黒ひげの生えた顎を掻き毟った。
「んー……? ボール?」
アランは、ファンジオから手渡されたものを両手で掴んだ。ファンジオも、懐からもう一つの白球を手に持って、アランに視線を送った。
「今から、パパと勝負しよう」
「……しょうぶ?」
「行くぞ、見てろアラン」
そう言ったファンジオは自身の持つ白球に軽めに『魔法力』を込めた。
すると、先ほどまで手のひらにあった白球がまるで自分で意思を持つかのように、飛び上がった。
浮かび上がった白球は一度、藁の積もる天井にポンと当たって、再び力を失ったように自重に任せて地面に落ちていく。
「これが、『魔法』ってやつの基礎なんだ」
「どうやるの?」
「まず、自分の心で念じる。そうだな……目を瞑って、体の中心にある何かを引っ張り出すって感覚だ」
「ひっぱる……コレ?」
アランは白球を手に持ち、目を瞑っていた。その時にアランが呟いたコレという単語にファンジオの眉がピクリと動く。
「ええっと……もやもやしてて、ごじゃごじゃしてて……でも、ぐわーっとしてて……ほんわかしてて……」
「っははははは……! そうだ、それが魔法ってやつだ。良かったな、アラン。お前、魔法使えるじゃないか」
そういえば、アランに魔法を未だに使わせてみたことがなかったな、と脳裏に浮かべつつ「それを引っ張りだしてきて、手の上に置いてやるって感じだな」とアバウトながらの説明にアランはこくりと頷いた。
ファンジオともなれば数メートル離れた天井に球を当てることはできる。が、幼少期ともあればファンジオの胸のあたりほどの高さまで白球があがれば上出来だ。
「ええと……てのうえに……ボールのしたに、ちからがあるよ」
「おう。じゃあ――思いっきり、それを爆発させてみろ。『こんにゃろー』って掛け声で、ボールを高くあげるイメージをするんだ」
「……う、うん」
アランの額に一筋の汗が流れ落ちた。
さすがに今日はじとじとしすぎているのではないか、そうファンジオが額の汗を拭った、その瞬間だった。
「こんにゃろーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
アランは精一杯叫んだ。
アランを中心に凄まじい豪風が巻き上がり、白球はファンジオの目線でも追いつかないほどに一気に上昇した。
「……あ?」
天井に敷いていた藁さえも吹き飛ばしたアランの魔法に、ファンジオは愕然とするしかなかった。
「か、かった!? パパにかった! やったー! やったー!」
そう無邪気に笑う息子のアランとは対照的に、父であるファンジオは苦笑いを浮かべることしかできないでいた。
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