一次試験
オートル学園。
王都レスティムにて一番の高度を誇るオートル魔法科学研究所のほぼ隣に位置する教育機関。
王都中央管理局を中心とした広大な敷地が、もはやお祭り騒ぎのような状態だった。
肌寒い風がうなじを掠める中で、一人の少年は中央管理局で渡された一つの用紙を持ってオートル学園の敷地内に入っていく。
周りでは、同じ年代の人々が緊張の面持ちでその瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
受験会場は主に三つに分けられる。
一つは魔法科学研究所敷地内の大講堂。
一つは学園敷地内の大教室。
一つは中央管理局敷地内の広大な待合室。
今日と言う日は、レスティムはほぼ一切機能しないと言っても過言ではない。
まるで歯車のようになっているオートル学園、魔法科学研究所、中央管理局は一斉に受験に集中しているからだ。
だからこそ、いつもこの時期になればレスティムの人々はほぼ家から出ることはない。
「受験番号一〇五三ってことは……中央管理局組か」
中央管理局での受験手続を終了させたアランは、受験番号が張り出されてある管理局入り口を抜ける。
人ごみを縫って這い出た先に広がるのは、中央管理局の広大待合室。
アランと同じような様々な受験生が、割り当てられた受験会場に入る中、備え付けられた多くの長机に目を向ける。
机の右上に受験番号が書いてあった。
九五三、一〇三二、一〇三八、と。順に席を確認して、自身の番号を見つけたアランがふと着席をする。
「……あれ、ここ……」
それが運命なのか、因縁なのかは検討が着かない。
だが、アランが座った長机の一番端。そこから少し横に見る場所は、まぎれもなく見知った所だ。
――エーテル・ミハイル! このくにのみらいをせおうもののなまえよ!
全ては、ここから始まった。
あの時の出会いが今にまで至ることなど、考えることもしていなかった。
あの日、あの時、あの瞬間から歯車が大きく回り始めたのだ。
フーロイドという師と出会い、ルクシア・ネインという姉弟子に、そしてエーテル・ミハイルというライバルに出会った。
家族でコシャ村を離れた時には考えられなかった生活を送っている。
「――やるべきことは、やった」
ルクシアとの戦闘からはや半年。
自身の力を見つめ続け、何度も自らの魔法力に侵食されそうになりながら、この半年間を懸命に費やした。
フーロイド曰く、今年は受験生のレベルが全体的に高いため、アランには今年のオートル受験はさせないつもりだったと言う。
まだまだ実力は生半可で、意識も、魔法量の扱いも中途半端な今のアランでは合格することはないと踏んでいたからだ。
だが、それではだめだった。
何としてでも、今年でなくてはならなかった――。
「それでは、これから中央管理局支部でのオートル学園受験についての説明をさせていただきます」
気付くと、アランの周りには着席を完了させた多くの生徒。
ふと隣にはこの国ではあまり見かけないような少女もいた。
受験番号一〇八三の受験票を机の上に置いて瞑想するその少女。
真っ黒く長い髪を後ろで小さく縛ったために、その細く白いうなじが露わになる。
白と黒を基調とした上着は神聖ささえも伺える。紅の袴を着こなしたその少女の席に立てかけられているのは、アランが視たこともない武器のようなものだった。
「……なに?」
ふと、その武器のようなものを見つめ続けていたアランの元に、少女の冷たい目が降りかかる。
「い、いや……その……それって、武器……なのか?」
「――サネトモ」
アランの問いに、少女は即答した。
――サネトモ? 武器に……名前があるのか……?
「……その……すいませんでした」
アランの謝罪の言葉に、少女は一切動じることもなく前を向いた。
アランの普段使う直剣などとは違い、反りがあるらしい。
更には柄の部分には網目状の特殊装飾が施されている中で、中央管理局支部の担当をするらしい試験官が壇上に立つ。
その厳格な様子に、試験会場には一気に緊張の糸が張られる。
「オートル学園への受験、歓迎いたします。事前に目を通していただいているとは思いますが、こちらの方で再度確認をさせていただきます」
その服装は宮廷魔術師だった。黒と金を基調とした淡白な服装。
床に届きそうで届かないそんな長い裾を翻した初老の試験官は小さく咳払いをした後に全体を見渡した。
「まず、これから皆様にやっていただくのはごく単純。通常の高等部と同じ試験形態です。一次試験は一般教養。三〇〇点満点のマーク式です。全一〇〇問からなるその問題を二時間で解答してください。これから配るものは問題用紙と解答用紙だけになりますが、最終的に解答用紙だけが回収されます。なお、会場の上空では学園長オートルが開発した魔法具での不正は見張られていますので、おかしな気は起こさないようにお願いいたします」
そう淡白に説明する試験官は、紙をめくって続ける。
「そしてその後、午後の部からは二次試験に入ることとなります。こちらでは一年後期に行われるオートル学園での伝統戦『模擬戦争試験』の雛形となる試験でもあります。こちらの点数配分に関しましては、一次試験終了後に詳しい説明があると思うので、今は省かせていただきます」
試験官が左手で合図をすると同時に、控えていた何人もの若い男性が教室の前から順に試験用紙を配布し始める。
普通の高等部ならば、この基礎教養試験で合否判定を出すが、天下のオートル学園は少し異質だ。
それは、勉学だけでなく実戦も重視することだ。
というよりもむしろ、勉学以外の魔法分野に重点を置いていると言ってもいい。
毎年、明確な足切りが決められているわけではないものの、二次試験は基本的にルール無用の戦闘。
そこに生き残れば生き残るほど全体的な試験には有利になる。
――といっても、結局どっちもやんなきゃ受からないんだよな……。
アランまで回ってきたその問題用紙。
天井付近を舞うのは、不正行為を見逃さないための魔法具であろう。
三つの機械がゆっくりとした音で会場内を旋回する中で、試験官が腕を振り下ろす。
同時に、会場前方からは巨大な炎が立ち上る。
「これが燃え尽きた時、試験は終了です。では、皆様の健闘を祈ります」
そう告げて、再び初老の試験官が合図をすると同時に煙を上げて掻き消える若い男性試験官。
後を追うかのように、一つお辞儀をした初老試験官の姿が煙が立ち込めると同時に姿を消す。
それは、一次試験の始まりを示す合図でもあった。
――アラン、よかったら……これ、持っていって。
そう言って、マインが渡してくれたのは小さな御守だった。
――私が出来ることは、祈ることしかないから……ね。頑張って。
にこりと送り出してくれた母の顔が、脳裏を過る。
――アラン君、よろしければ、受験会場でこれ、食べてくださいね。
そう言って、ルクシアが渡してくれたのは小さなクッキーだった。
――頭が回るというヘビの生き血、元気が出るという龍の精液、脳内活性を促進させる筋肉狼(雌)の卵を合成させました。自信作ですから!
にこりと送り出してくれたルクシアだったが、貰ったクッキーは今もまだカバンの奥底に封印されている。
――アラン……と言っても、俺は皆みたく渡すもんねぇな……。
激励の言葉をかけてくれたファンジオに、アランは背に背負った父からの直剣を見せると、にいと笑みを浮かべる。
――二次試験、やばくなったら使うといいさ。最悪壊れても大丈夫だ。
グーサインを出して送り出してくれたファンジオの直剣はいつも側に置かれてある。
――アラン、お主は強い。じゃが、ワシのしてやれることはもう少ないじゃろうて。
フーロイドはしわがれた笑顔を見せた。その表情には、今までの九年間の全てが物語られていた。
皆が見送る中で、フーロイドはアランを見据えて小さく頷いた。
――世界最強の天属性魔法術師になって来るがよい。
その言葉を、送り出してくれたみんなの想いを秘めて、アランはペンを手に取った――。




