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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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前夜祭

「ただいまぁ……」


「お帰りなさい、アラン君。今日の首尾はどうですか?」


「上々だよ。ただ、明日はもう試験だから今日は午前中までにするよ」


 アランは銀のリストバンドを嵌めた右手で背中の直剣を担ぎ直した。

 そんな様子を見たルクシアは、アランの減り切った魔法力を感知して苦笑を浮かべる。


「今日の任務ってそんなに魔法力使うことあったんです?」


「いや、任務自体はそんなに難易度の高い物じゃなかった。それでも……やっぱり、自分の力の限界とか、知りたかったから……」


 そう言ってアランは疲弊しきった表情で机に伏せる。

 オートル学園の入学試験までは、もう二十四時間を切っていた。

 次の日の午前中は一次試験である筆記試験。そして、午後から始まるのは二次試験である魔法模擬試験。

 これは、一年次最終試験に用いられる模擬戦争試験と非常に形が似通っている物。

 つまるところ、予行演習のような役割さえ担っている部分がある。

 机に突っ伏して疲れているアランに、温かいタオルを額に宛がったルクシアは、指を立てて「そういえば――」と明るい声を発した。

 

「おー、帰ってきておったのか、アランよ。その様子じゃと何か変なことを企んでおるな?」


 二階から杖と足の音を交互に響かせて下って来るのは、白髪の老人フーロイド。

 アランの師匠でもあるその老人は、長く蓄えている白鬚を撫でながらにやりと笑みを浮かべた。


「脱着型のリストバンドのお味はいかがかの?」


 その師の笑みに、アランはリストバンドを嵌めた右手だけを空に掲げてひらひらと動かして見せる。


「属性だけを抑えたいつも通りの修行だよ。もう前みたいに自分の力を知らずに、振り回されるようなことはしないって、決めたからね」


「お主も言うようになったのぅ……」


「でも、俺はこの天属性魔法と敵対する気なんてさらさらないけどね。敵対するんじゃなくて、受容する。そして完璧に制御する。今は限界ギリギリの制御方法。でも、確実に制御できる方法を……ね」


 アランの物言いに、フーロイドの口角がにやりと吊り上がる。


「では、朗報を期待するとするかのう」


 と、ルクシアが玄関先のノックされる音を聞いて席を外して扉を開いたその時だった。


「おう、ルクシアさんありがとう。……っと、アラン。ついに明日だな」


 古びた木造の家に響き渡るのは野太い声。

 猟師を止めて教職側に周ったとなっても、少しも衰えを見せない漠然とした強さを醸し出すのは、アランの父親であるファンジオ・ノエル。

 その後ろからひょこりと顔を出して透き通る白髪を後ろで束ねているのは母親のマイン・ノエルだった。


「フーロイド様、いつも息子をありがとうございます。これ、つまらないものですが……よろしければ、皆で食べてください」

 

 マインはにこりと優し気な笑みを浮かべてフーロイドに菓子折りを渡す。


「王都でも屈指の料理人であるマイン先生からの貰い物ともなれば、ありがたく受け取ろ――」


「マイン先生っ! あとで厨房に付き合ってください! 私、新しい料理開発したんですよ! ワンスパイス、今でも忘れてませんーっ!!」


 フーロイドの感謝の言葉を遮るようにしてマインの両手をがしっと掴むルクシア。

 興奮したように腕をぶんぶんと振り回すルクシアに、マインは「る、ルクシアさん落ち着いてくださいって、後で見ますから、ちゃんと見ますから」と苦笑いを浮かべる。


「か、母さん……頼むからルクシアさんを厨房に入れないで……」


「わ、ワシからも頼んでおこう。マインよ、お主がおってもこの家でルクシアを厨房に入れることは許せないんじゃ」


 その都度その都度劇物製造機の被害に逢っている少年と老人の心からの命乞いに、ルクシアは頭の上に疑問詞を浮かべるばかりだ。

 そんな雰囲気を打開するかのように、アランはふと眼前に買い物袋を持って佇む両親に問うた。


「そういえば、今日の塾講の仕事は?」


 アランの問いに、二人は首を横に振った。


「まぁ……オートル学園の受験シーズンは他の高等部と違ってかなり遅い。基本的にウチの生徒が主となる受験は終わったんでな。塾長に申請して今日と明日は休ませてもらった」


「私も、やっぱりアランの新たな門出だからね。今日と明後日の講習は休ませてもらったの」


「そうですよ、マイン先生! 先生の講習、今日入ってなくて……私の生き甲斐なんですからね!」


「ルクシア、お主少し黙っておれ……」


 アランの脳裏に浮かんだのは、コシャ村での生活だった。

 ファンジオが狩猟から帰ってくれば、興味津々にアランは肉が取り出されている様子を見ていた。

 フーロイドは庭先で草原をいつまでも眺め続け、家の中ではマインとルクシアが家事をしつつ小さな料理教室を開いている、あの光景だ。

 まるで、小さい時に見て、感じて、接した光景が今もなお、目の前に広がっている。

 例え場所が変わったとしても、ここにいる人たちはずっと、何も変わらない。


「……ははは……」


 魔法力が枯渇して動きにくい身体が、勝手に腹の底から笑いを込み上がらせて来る。


「フーロイド様、少し御台所を借りていいですか?」


 マインは手に持った買い物袋をフーロイドに見せた。


「ふむ……別に構わぬよ。して、何かするのかの?」


「ええ、アランのオートル学園の入学試験が滞りなく行われるように……とのことで、祝文鳥ルグニーを買ったんですよ」


「ほう? 幸運を呼び寄せるというあの高級食材をかの?」


「俺の方は、任務を受けたついでにそこらの森で一狩りやってきてな。中央管理局に申請も出しておいたのもあって上質な山菜採ってきたんだ。今日はアランの新たな門出に前夜祭だってな」


「ふむ……そうじゃの、アランは――っと……どうかしたかの?」


 フーロイドの眼に入ったのは、呆然と椅子の上に座っているアランの姿だった。

 

「……何でもないよ」


 ふと、応えたアランの言葉の裏に含まれている物を、アラン自身も形容できないでいた。


「じゃあ、アラン。任務で疲れてるなら汗もいっぱい掻いてるでしょ? お風呂入ってきなさい」


「俺もそろそろ作るかね」


「ま、マイン先生! お供していいですか!」


「……ルクシア。ワシとファンジオ用の晩酌するものがない……。お主の好きなものを買ってきても良いから、頼まれてはくれぬか」


 何としてでも食い止めようとするフーロイドに、ルクシアは口を尖らせながら金貨を受け取る。


 オートル魔法科学研究所附属、オートル学園高等部の入学試験を一日前に控えた昼下がり。

 王都レスティムの中央通りを大きく外れたその路地裏。

 そこにひっそりと佇む古びた木造の家では、新たな門出を迎えんとする一人の少年を囲んだ前夜祭が盛大に開かれようとしていた――。


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