芽生える自我
オートルによる学園高等部の案内は、昼を過ぎた辺りまで続いた。
高等部近くに隣接した巨大な図書館は国内一の広さと蔵書率を誇る。そしてそれぞれが魔法の技術を高め合うべく作られた円型闘技場。更には魔法科学研究所の研究協力のための高度な魔法観測施設。この施設では、試作段階の魔法具を学園生徒たちが調整する役割を担っているらものだ。
そこで試作を行い、有用性と安全性を確認されたものは一般向けに販売されていく。
最新型の魔法具銃や魔法具剣、更には弓、または砲弾など。まだまだ未完成なものばかりだったが、アランはそれがあまりに新鮮に思えた。
加えてオートル魔法科学研究所からは学園教員を兼ねる者もいる。『宮廷魔術師』を名乗ることを認められたごく少数のエリート研究員たちによる最新鋭の授業の一端をアランは肌で直に感じたのだった。
「こんなに長く付き合ってもらって、悪かったね」
帰りの馬車が手配される中で、オートルは会った時と全く変わらない笑顔を浮かべた。
「いえ――俺の方も、とても有意義な見学をすることが出来ました。ありがとうございます」
アランは一つ、丁寧にお辞儀をした。
執事の男性に手配されるままに馬車に乗ろうとするアランに、「どうだ、アラン君」と話しかけたのはオートルだ。
「君には――大きな才能がある」
ふと、そう呟いたオートルは至って真剣な瞳でアランを見据えた。
「自分で言うのも何だが、私はオートル学園が国内一の教育を行えているという自負がある。そして、君のように才能のある者が来てくれることをいつも願っている」
アランは、何も答えなかった。
「君のような優秀な人材が他のところへ行ってしまうことはとても悲しい。君ほどの人物ならば、ここの受験などいとも容易いだろう。ぜひとも、考えてみてほしい」
と、オートルはそこで浮き従っているメイドに合図を施した。
「君の才と力があれば、オートル一の魔法術師になることもできる。いや……世界最強の魔法術師になることができる」
――魔法術師。それは魔法を極めた者が貰い受けることが出来るという最高峰の称号の一つである。
魔法という不確定な概念、力を使役し、国に、民に還元して皆に平穏と安寧をもたらすとされる魔法術師。
有事の際に、国が戦争状態に陥った時の最後の切り札でもある魔法術師は、皆の憧れでもある。
危険を代償に最上級の誉を受けるというその魔法術師は、アルカディア王国にも未だ四人しか存在しない。
「私が作った『宮廷魔術師』は、『魔法術師』を模したものだ。言うなれば、王都レスティムの魔法術師といったところかな」
「……魔法……術師……」
アランも、知識だけならば知っていたがそれはあくまで雲の上の話だとしか思っていない。
子供の夢の中には、魔法術師という職業が上位にランクインすることがあるがそれはあくまで子供の夢に過ぎない。
大人になれば自然消滅していく夢でしかないからだ。
それを、眼前の男性は真剣で、本気の眼で訴えかけている。
「君のやりたいこと、為したいことは全てこの学園内に揃っている。君の能力を最大限に引き出してあげよう。だから、気が向いたらいつでもここに来てくれ」
オートルの指示と共に、馬車に鞭が入る。
アランは、もう一度短く、だが少し呆然とした様子で「ありがとうございました」と小声で礼を言った。
「天属性魔法……か」
アランは馬車の中でぽつりとつぶやいた。
「レスティム最高権力者に……認められたってことか?」
今まで使ってはいけないと言われていた天属性の魔法。それは強制的にリストバンドによって制約されていた。だが、制約から解放された今、アランの世界は驚くほどに広がった。
「……この力があれば、俺は……っ!」
アランは自身の両手に備わる自らの力を直に感じた。
誰かの言いなりではなく、自分の意思で――。
自分が決めて、自分が、自分のために行動するように――。
○○○
王都中央通りの端にまで馬車で送られたアランは、そこで御者に降りると告げた。
家の前まで送る、というメイドだったが、流石にここから中央通りを突っ切って家に帰ると良くも悪くも目立ってしまうからだ。
それを嫌がったアランは、王都中央通りを歩き、住んでいる古びた家の扉をいつも通りにノックした。
「ただいま」
そう短く告げたアラン。
だが、扉を開けた先にある一つの物を見たアランの表情は一気に強張った。
「――アラン」
机の向かいに背を向けて座っていたのはフーロイドだ。その声は非常に冷たかった。
フーロイドの言おうとすることはアランにも十分理解していた。
机の上にふと置かれていたのは、今朝までアランの手に嵌められてあったリストバンド。
アランの天属性という魔法を封じるための制御装置だった。
「……今朝、アステラル街が半壊したという噂を聞いての。しかもその理由は原因不明の氷が突如として現れた――ということ。それもアステラル街を覆い尽すほどの巨大な規模、とな」
「そ、それは……」
「それほどの魔法力を使える者は限られておる。現場検証に向かわせたルクシアが持ち返ってきたのは、壊れた魔法具銃の部品とこのリストバンドじゃ」
フーロイドはアランと目を合わせようとはしなかった。
アランも、フーロイドに正直に話そうとは思った――が、その反面、腹の底では形容しがたいような何かふつふつとしたものが徐々に湧き上がっている。
「自分から外したわけじゃない。それに……気付いたら使ってたんだ」
「そうか。エーテル・ミハイルとの抗争の件はルクシアを通して聞いておる。アステラルでもお主等の戦闘を見た者は多数おるからの」
そう言って、フーロイドは若干深めの溜息をつきながらアランに向き直る。その表情はあまり芳しくない。
「今回の件はリストバンドの補強をしておらんかったワシの過失もある。幸い大事になる前に……いや、向こう側もエーテル・ミハイルが関与したというのは公表し辛いのもあろう。この件は必ずもみ消されるはずじゃ。となると相対的にお主のこともあまり触れられまい」
フーロイドは続ける。
「替えのリストバンドは明日までに手配しよう、それまでは――」
「フー爺、相談がある」
フーロイドの言葉を遮って、アランはふつふつとした感情を抑え、その感情を拳に集めてぐっと握りしめた。
「俺に――自由に天属性魔法を使う許可が欲しい」
アランのその一言に、フーロイドは眉間に皺を寄せていた。




