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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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親から子へ

 天属性の魔法。

 世の中にある四つの属性である火、水、土、風のどれにも振り回されることもない、唯一無二の属性魔法である。

 だが、アランは六歳の頃に霧隠龍ファントム・ドラゴンと対峙して以来はその能力を使っていない――否、使うことを禁じられている。


「俺だって、この力さえ使えれば……」


 王都中央通りでは、雨がポツリ、ポツリと滴を大地に湿らせている。


「最近は雨降ってもすぐ止むことが多い。これも夕立に過ぎんさ」

「その夕立が困るって言ってんだよ! こちとら洗濯物が溜まりに溜まってんの!」

「……そ、そうなのか?」

「勝手なこと言わないでもらえるかね! 手伝いもしないから選択事情が把握出来ないのさ!」

「……す、すまん……」


 出店の夫婦が言い争いをしているのを一瞥したアラン。


「……この雨、残念だけど三日は続くよ」


 アランの気象を予報する能力は、六歳の頃を遥かに上回っていた。

 「何故分かるのか」と問われても、アランには正確に答えることは出来ない。

 ただ、「分かるから分かるのだ」としか答えようがない現状があった。

 だがその的中率は今や百パーセントに近い。空を見上げただけでどの方角で、どのくらいの量、そしてどの範囲で何らかの気候が起こるのかが彼の頭の中ではぐるぐると蠢いている。

 巫女が数人集まって予知を出来たとしても、それは「今自身がいる範囲内でどの期間の量の雨が降るか」程度しかわからない上に、彼女らは国家管理下にあるために一般人がそれを知る余地はない。


 ともすれば、アランがこの能力を大っぴらにすれば民衆どころか国の上層部が黙っていないことは彼自身、理解しているつもりではあった。


「……だからって、フー爺やりすぎ」


 この天属性の魔法を覆い隠すためとはいえ、属性を縛り、魔法使用自体も縛るフーロイドに不信を抱きつつあるアランでもあった。

 中央の道上に置かれている小石をフーロイドに見立てて挙動少なく蹴飛ばした。だが、小石は思いがけずすれ違った通行人の靴にコツンと当たってしまう。反射的にアランは「す、すいません……」と謝罪の言葉を口にしてそそくさと逃げようとした。


「おぉ兄ちゃん、いい度胸じゃねえかこの俺に石ぶつけるたぁな!」


 グイ、と首筋を引っ張られたアランは一瞬息を詰まらせる。


「……な、何す……って……あれ?」


 ふとアランが目線を上に向ける。

 するとそこでアランの首筋を掴んで立っている人物は、片手に持っていた買い物袋らしきものを差し出した。


「よお、アラン。今空いてるなら帰ってこい。んな辛気臭ぇ顔して中央通りなんて歩くもんじゃねえだろ」


 耳にかかった長い黒髪、顎にはやした黒い髭と比較的体格の良いその男。


「と、父さん!?」


「おう、父さんだ」


 くしゃくしゃと、首袖を掴んでいた手を離してアランの頭を撫でたのは、毅然に笑う彼の父親――ファンジオ・ノエルだった。


○○○


「……母さんは?」


「マインは日勤だ。アイツのターゲット層は主婦層だからな。料理教室、結構盛況らしいしな」


「じゃあ、なんでルクシアさんはああ(・・)なの?」


「ルクシアさん? いつもマインはルクシアの授業態度は真面目だーって褒めてるぜ? 人一倍、いや二倍、三倍も努力家なんだとさ」


「努力家……努力して劇物作りでもしてるの? いや、でも最近フー爺、前に増して結構苦しそうだったしな……いつか死んじゃうかも……」


「ま、フー爺も、ルクシアも元気ならそれが何よりだ。問題は――お前だな」


 席に対になって座った二人。

 机上に置かれた裂きウキを口に含んだファンジオは指をピッとアランに据えた。


「何かあっただろ、お前」


「……別に。っていうかなんですれ違っただけで分かるんだよ」


「分かるさ、なんたってお前の親だ。まぁ、話したくなけりゃ話さなくてもいいが――」


 ファンジオが次の裂きウキを手に取ろうとした、その時。


「……俺、初めてギルドの任務受注したんだ」


 アランがぽつりと言葉を漏らした。

 「ほう」と興味深そうにウキを取ろうとしていたその手を収めて両手を肘に突いたファンジオに、アランは「それでね」と今日あったことをかいつまんで説明した。

 エインドル村のこと、任務で筋肉狼マッスルウルフを魔法具なしで一刀両断出来たこと、魔法具銃や、直剣を壊しはした上に森を一部消滅させたこと、そして――エインドル村で見つけた、巫女候補者の『悪魔の子』のことも、全て。


「そうか……」


「その子、確か名前が『コアラ』って言う子だったんだけどさ。普通にみんなと遊んでたよ。みんなと普通に魔法鬼ごっこしてた。村長さんも、はっきりと『村の一員』って言ってたんだ」


 アランのその一言一言を聞き漏らすまいと、ファンジオはウキには一切手をつけなかった。


「俺もこっちに来てよく知らされたさ。地方村出身の特異者が集まってる理由は、王都で有数の奴が自らの養子にしてたってな。コシャ村は王都との接触がほぼ一切なかった村の一つだ。目も届かなかったんだろうよ」


 ファンジオは、小さな苦笑いを浮かべた。


「お前も、その方が良かったか?」


「どうしたんだよ、いきなり……」


「俺がもうちょっと早くにフー爺にお前を紹介してて、もうちょっと早くに王都に来てれば――ってのを最近痛感し始めてな」


 そう寂しそうな笑みを浮かべるファンジオは、気を紛らわせるかのように裂きウキを口に咥えた。

 父親のそんな姿を見たアランも、真似をするかのように裂きウキを口に含んだ。

 少ししょっぱい味と、鼻から突き抜ける磯のような香りに唾をごくりと飲み込んでしまう中で、アランは無理矢理咀嚼していく。


「何で話聞いてやるって言いながら愚痴吐いてるのさ」


 噛み応えのある裂きウキだったが、それはまだアランには合わなかった。

 次は手に取るまいと決心して目を閉じてから気合で飲み込んだアランは、遠い目をするファンジオに指を突き付けた。


「あの時王都に行ったから、あの場所でフー爺に会ったから、あの時霧隠龍ファントム・ドラゴンを倒したから、あの場所で天属性の魔法を発動させたから今がある……! 別に、コシャ村にいた時も……寂しかったけど、悲しくはなかった。フー爺やルクシアさん、エイレン、父さんと母さんでいろいろしたの、楽しかったから……別に気にしてない。コアラって子がいじめられてないのには、すごくほっとした」


 言いながら恥ずかしくなったアランは、「ううう……」と呻き声をあげながら裂きウキをまとめて三本口に含んだ。

 先ほどよりも舌に広がる何とも言えない気持ちの悪い味に顔をしかめていると、ファンジオはがたりと椅子から立ち上がり、アランの頭をくしゃりくしゃりと撫でまわした。

 その振動でゆっくり、ゆっくりとウキの苦みを飲み込もうとしていたアランは思わず全てを飲み込んでしまってせ返る中で、ファンジオは笑みを浮かべる。


「言うようになりやがったな、アラン! ちょっと待ってろ」


 目に涙を浮かべたファンジオは、家の奥の方へと消えていった。

 しばらくごそごそと家の中を散策したファンジオが、再びリビングに顔を出した時に持っていたものは一本の直剣だった。

 その直剣を見たアランは、「あれ? それって……」と答えを言い出す。その前にファンジオは鞘に収まった剣をアランの両手に差し出した。


「受け取れ、アラン。俺の直剣(相棒)はお前に託す」


「で、でもこれなかったら父さんもう猟師出来ないんじゃないの?」


「ま、王都に来てからはそんな暇はないしな……。いつか渡そうとは思ってたが、今日お前の姿を見て渡すことを決めたんだ。十余年使っている代物だが、刃こぼれはない」


「い、いや……そもそも俺、魔法具でもない剣なんて使わないし……」


「別に使おうが使わまいがお前の自由だ。実戦で使ってもいいし、杖にしてもいいし、洗濯物干しにしてもいい。煮ようが焼こうがお前の自由だ」


 ファンジオから直剣を渡されたアランは、その手の中に確かな重みを感じていた。


「魔法具の剣とは違って根っからの剣だ」


「……っ!」


「お前は必ず俺を超す人間になれる。回り道をいくらしようが構わないが、最後はちゃんと終着点にたどり着けばそれでいい」


 ファンジオは剣を渡すと同時に背を向けた。

 その声は、少しだけくぐもっていた。


「世界がどれだけ敵に周ろうが、俺もマインもお前の味方だ。それだけ分かってりゃいいさ」


 顔をアランに見せないように背を向けたファンジオは、右指で目頭を摘まんだ。


「……ありがと、父さん。直剣(これ)、大切にするよ。やることも、やらなきゃいけないことも見つかった……。俺、帰る」


 ぺこりと小さくお辞儀をしたアランが、家の扉を閉める。

 その様子を最後まで見届けることのなかったファンジオだったが、扉を閉めた音を聞いた途端に「ふー……」と小さなため息をついた。


「俺、いつからこんなに涙脆くなったんだろうなぁ……マイン」


○○○


 いつも見る古びた扉を豪快に開けたアラン。

 その両手には先ほどファンジオから貰い受けた一本の直剣が抱えられていた。


「フー爺! 俺、やるぞ! 属性魔法なんか使わなくても、任務受注して、もっと――もっと――!」


 そんなアランの目の前に飛び込んできたのは、机の上にある紫色の食べ物。

 机の下ではフーロイドが白目を向き、泡を吹いて倒れている。

 その様子を見たルクシアがおろおろと右往左往している状況に、彼女は涙ながらに訴えた。


「ふ、フーロイド様が動かないんです! さっきから、何も……何も! どうしましょう、どうしたらいいですか……! あああああ! フーロイド様ぁぁぁぁ!」


 喉の先まで出た決意の言葉を、そっと胸にしまいこんだアランだった――。


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