師からの叱責
帰りの転移魔法アイテムに魔法力を注入したアランは再び光に包まれた。
目を開けると、そこは先ほどのようなのどかな農村ではなく、薄汚れた木造の家が目の前にはある。
「あ、アラン君おかえりなさい。どうでした? 任務」
カチャリと軽めの扉を開いた先にいたのはルクシア・ネイン。アランの姉弟子だ。
翡翠のロングストレートをふわりと手で撫でたルクシアはアランを家の中に招き入れる。
それに従ってアランが家に入ると、目の前の机には一つのお茶が置かれていた。
「帰ったか、アラン。ギルドにも任務を依頼した村が達成報告を致したそうじゃ。お主宛に報償金が送られておるぞ」
湯呑を手にしながらも左手指で示したその先にあったものは、報償金らしい簡易的な布に包まれた袋だった。
机の上に置いてある報償金袋を手にしに行くアランに対し、フーロイドはからかうようにしわがれた笑みを作る。
「初任務の達成、ひとまずは祝っておこうぞ。依頼人の依頼料はギルドが仲介料として四割、中央管理局として納める税として二割、そして残りの四割がお主に行きわたるようになっておる。ワシもルクシアも手はつけておらん。安心するがよい」
「そ、そんなこと今さら疑ってないって……。うん、とりあえず、ただいま」
アランは比較的そっけなく机の上の小包を手に取る。
「……何かを得たようじゃの」
ルクシアが扉を閉めると同時に、外界との繋がりがシャットアウトされたかのようだった。
アランは、「うん」と小さく呟いて、フーロイドとルクシアの目を見た。
「俺、何にも知らなかった。外のことも、周りのことも、他の人のことも、村も、自然も、飯も……全部、全然知らなかったんだ」
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃろうそうじゃろう。どうじゃ、アランよ」
そう言ってフーロイドは意地悪そうに懐から五枚の銀貨を取り出した。
「お主の土産話を、買わせてはいただけんかの?」
そんな師の振る舞いに、今度はルクシアがつかつかと机の上に歩みを寄せる。
フーロイドが机の上に置いた丸い五枚の銀貨がころころと転がって停止したころ、ルクシアさえも懐から銀貨を取り出して、フーロイドの分と合わせて銀貨十枚を重ね合わせた。
「そのお話、私も購入したいですね。ぜひ、売ってくださいませんか? アラン君!」
そんな二人の様子に怪訝そうに伺うのはアランだ。
「……な、何で? っていうか……土産話くらい……さぁ」
にこにこと笑みを浮かべながら銀貨を並べていく二人に、恐る恐る問いかける。
フーロイドとルクシアはお互いに頷きあい、代表を兼ねたルクシアがアランの背後に周り、両腰に手を添えた。
「私とフーロイド様って、お互いでやる賭け事がいま流行ってるんですよ」
「……賭け事?」
「ええ。ですから、私ルクシアが負ければ銀貨五枚。フーロイド様が負ければ銀貨五枚ということになっていたんです。で、私もフーロイド様も負けてしまったからお互い銀貨五枚をアラン君に差し出した、というわけです」
「か、勝手に人を賭け事に使うのはやめてくれませんかね!? ……とはいえ、二人とも負けるってどんな賭け事を――」
アランの疑問を掻き消すかのようにルクシアは即答した。
「アラン君の持って行った魔法具銃が壊れると予測したのが私、そして直剣が壊れると予測したのがフーロイド様だったんです。いやはや、どちらも壊して帰るとは……流石に予測がつきませんでした!」
「……な……っ!?」
「そうじゃそうじゃ、精々直剣ならば壊しても魔法具銃までは壊すと思うておらんでの。……森林をよっぽど破壊したというのも聞いておるぞ。近頃の若者は元気じゃと言うが、これほどまで――」
「アンタ等最低だな!? なに二人そろって俺が武器壊すか壊さないか懸けてるんですか! どっちかくらいはどちらも壊さなかった、っていうのはなかったんですか!?」
「ないですね」「あるわけがなかろう」
「があああああああ! ちくしょおおおおおおおっ!!」
アランの心からの叫びに即答する眼前の師、姉弟子に反抗しようとするものの、自身の腰にあるものは折れた直剣、バラバラの魔法具銃。
何かを言い返したくても何も言い返せないのが実情だった。
「ち、ちなみにアラン君。少しいいですか?」
「……何ですか、ルクシアさん! まだ俺をからかおうってんですか?」
「ギルド公認価格で通常の付加要素もない直剣、魔法具銃はそれぞれ銀貨五枚の価格。この銀貨十枚があれば再びお主は任務受注を受けられるわけなんですよ……」
「くっ! い、いいよ! ああいいさ、だったらこんなリストバンドなんかぶっ壊せば――」
「ならんぞ」
ルクシアとアランの応酬に厳しい目つきで仲介を入れたのは、フーロイドだった。
その声は瞬時にしてルクシアをも震え上がらせる声音だ。
「そのリストバンドを外すことはワシが一切許可しておらぬ。とはいえ……お主が早死にしたければ話は別じゃがの」
「……早死に?」
アランの疑問に、フーロイドは杖を突いて立ち上がった。
「天属性の魔法はこの世に類を見ぬ絶対的な力――いわば強者の力じゃ。お主が今それを使ってみぃ。結果は明白じゃ」
フーロイドは茶色い木造の杖の先をアランに突き立てる。
「どんな手を使うても、お主を手に入れたくなる勢力は一定数おる。それを忘れるでないぞ」
フーロイドの厳しい言葉に、アランは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
アラン自身も、フーロイドがここまで叱責する姿は初めて見る中でその威厳を弾くことなどは出来ずにいる。
「まぁ……ワシ等も悪ふざけが過ぎたという物じゃ。先ほどの銀貨十枚はワシ等からの餞別と思うがよい。ルクシア、ワシとお主で銀貨六枚をアランに払ってやれい。銀貨十六枚もあれば、それなりの武具は揃えられるじゃろうて」
「は、はいっ! ……って言っても、私、今、手持ちがないです!」
「……ったく、しゃーないのぅ……」
ルクシアの苦笑に、フーロイドは更に銀貨六枚をアランに手渡した。
「報償金は主の好きに使うがよい。少々ワシは休ませてもらうぞ」
そう短く告げたフーロイドは、杖を持ったままに奥の部屋へと身を潜めていく。
その様子を見たルクシアさんが「フーロイド様……」と小さく呟く中で、アランはただ茫然としていた。
――どんな手を使うても、お主を手に入れたくなる勢力は一定数おる。
「俺の……力を……」
「あ、アラン君! ふ、フーロイド様の元気がなさそうなんですが、どうしたらいいでしょう! 私、あんなフーロイド様を見たのが久々で……その!」
ルクシアの動揺も間違いではない。
アランは先ほど叱責されたことに対する言いようのない気持ちを上手く形容することが出来ずにいた。
もう一度、自身に植え付けられているリストバンドを一瞥する。
以前は魔法さえも使えなかった。だが、今は魔法だけなら使うことが出来る。
アランの持つ特有の属性である天属性魔法は封印されたままだ。
それがいつ解放されるかわからないし、それが解放されるのは少なくともフーロイドの指示が出た時に限られるだろう。
意味もなくフーロイドに怒りの矛先を向けてしまうアランは、「キッ」と目つきをルクシアに移した。
「……とりあえず、フー爺には手料理振る舞ってあげたら。そしたらフー爺元気出すよ」
「ほ、ホントですか!? そ、それなら私、腕を振るって作ります! どうでしょう、アラン君も一緒に作りません――」
「俺、ギルドで武器買ってくる。これからも、必要になりそうだし」
ルクシアの誘いを一蹴したアランは、小さな挙動で古びた家の扉をガチャリと閉めて外へと繰り出したのだった。




