憧れ
エインドルの村に戻ったアランの前に立っていたのは村長だった。
その後ろには村人たちであろう人々が真面目な表情で待ち構えている。
そんな中で首の後ろで冷や汗をだらだらとかいていたアランが一言目に発したのは謝罪の言葉だった。
「そ、その、森をちょっと破壊してしまいまして……! 本当に、すいませんでしたぁっ!」
アランの腰を九十度曲げた謝罪。彼自身、どんなに怒られても仕方がないことは覚悟していた。
今回の依頼内容は「森で筋肉狼が猛威を振るっているせいで狩りが出来ない。討伐してくれ」というものだったのに対し、アランは森ごと筋肉狼を消滅させたのだ。
森の生き物が多数生きるなかでその環境も丸ごと破壊してしまったアランは、賠償もすることもできずにただ謝ることしか出来なかったはずだった。
だが、村長が皆ときょとんとした顔をして話し合い、再びアランに向き直った時に彼の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「森の消失……というと、『深淵の森』のことですかな?」
「な、何すか……それ」
アランの怪訝そうな言葉に、村長は「それならばむしろ好都合と言うものですぞ」とカラカラ笑った。
「恐らく、あなたのおっしゃる破壊した森というのは、ここから遥か奥にある暗い森のことでしょう。あそこは日の光も、雨も全てを遮断してしまう森でしてな。そこに住む生き物は限られておるんです。ですから、今回その森に風穴を開けた――ということならば、こちらからも感謝を表明したい」
「……え、い、いいんですか……?」
「うむ。どのみちいつかはあの近くでの森林改革に乗り出そうとはしておりました故にな。新しい生命が芽生え、種がやってくる。そういった生命の循環のきっかけを作ってくださったこと、まことに感謝する」
そう深々と頭を下げる村長の後ろでは、次々に優しい瞳と尊敬の眼差しを帯びた村民たちの感謝の言葉が続いた。
不覚にも、『村民』というものにあまりいい印象を持ちづらかったアランに対し、エインドル村の民たちは積極的にアランを迎え入れてくれていた。
「皆の者! この若き勇者に感謝として宴を開こうぞ! ワシらエインドル村の威信にかけて、全力でお礼して差し上げるのじゃ! 狼の出現で遅れている霊鎮祭! 今やればよいのだ!」
村長の一声で、「っしゃああああああ! 霊鎮祭がようやくやれるぞー!」といきり立った村民たちが次々とアランの手を引いて村の中央に集まっていく。
コシャ村とは違う、別の村。
炎を囲み、森の恵みへの感謝を謳い、村人総出で踊るその儀式は、『霊鎮祭』。形こそ違えど、コシャ村でも行われている豊穣の祭りだった。
森の中に入り、祭壇の前で森へ感謝の意を示す。
その祭りに初めて参加したアランにとって、それは新鮮そのものだった。
「これが……霊鎮祭……」
アランがコシャ村での霊鎮祭に参加しなかったときには、一家で王都へ強行突破する時だった。
「楽しんで貰えていますかな?」
森への祈りが終わり、どんちゃん騒ぎが加速してきた頃のことだ。
辺りは酔っぱらった村人や子供と遊ぶ大人たちの数々。
村長が笑みを浮かべてアランの元に歩み寄った。その顔は穏やかそのものだった。
「は、はい! ありがとうございます……。その、こんな豪勢なことまでしてくださって、本当に……来てよかったです」
「筋肉狼が森に跋扈し始めてからは森に近づきづらくなっておりました。森の中で行われる霊鎮祭など出来ませんでしたのでな。今年本来とは時期が多少ずれてはおりますが、こうして無事に森への感謝を綴れているのですぞ」
村長はそう言って、アランに六つに分けた果物のうちの一つを手渡した。
「シャクリ」と音を立てて咀嚼したアランの表情には笑顔がともる。
それを見た村長は「我が村の名産品です。これは依頼料とは関係のないものではありますが、よろしければ向こうでも食べて貰ってはくださいませんかの」と後ろに控えさせていた一人の女性にバケットごと果物をアランに渡す。
「あ、ありがとうございます!」
炎を囲み、皆が楽し気に踊る姿を見ていたアランがふと目にしたのはその傍で遊ぶ子供たちの姿だった。
四、五歳の子供たちがやっている遊びは魔法鬼ごっこのようだった。
「つぎ、ケンちゃんおにねー!」
「ちゃんとじゅうかぞえなきゃいっちゃだめだよ!」
「ちっくしょー! じゅーう! きゅーう! はーち! なな!」
楽しそうな笑い声に、アランは人知れず自らと重ね合わせていた。
アランは、幼少期の時には、彼等の用に大勢の友達には恵まれなかった。
コシャ村にいた時は魔法鬼ごっこなど知る由もなかった。村の子供たちはどのように遊び、どのように暮らしているのか。小等部でも、リストバンドを付けていたこともあり魔法を使えなかった。とはいえ、魔法重視の小等部ではなかったこともあるが――それでもやはり、アランにとって「村」という一単位の集落にはいい思い出がない。
そんな寂しげなアランが見据えた先にいたのは、一人の少女だった。
その少女は空を見上げて、じっと見つめるばかり。
鬼ごっこをしたままなのだろうが、鬼となる子供が数を数えている間にもその少女は澄んだ目で空を見上げていた。
「彼女は、時々変なことを口走る子でなんです」
アランが見据えすぎたせいか、村長がアランの隣に座って同じ少女を見つめる。
「変なこと、ですか」
「はい。ついこの間も『空から音が聞こえる』と言っておりました」
「空から、音ですか……」
それはまさしく、『巫女』と呼ばれる者になる前兆の証だった。
巫女が多数集まれば、天候を多少予測することは出来る。
アラン一人ほど正確なものではないが、その巫女集団はは国々で重宝されるときもある。
だが、国に少数しかいない巫女はその存在が確認されないままに一生を終えることが多い。
表舞台に立つ巫女たちのほとんどは王都で暮らし、特別な者に才能を見出されるか、どこかから連れてこられているかの二択だ。
現在でも、いろいろな場所に巫女候補は潜むとされているがおおよそ八割は表舞台に立つことはない。
なぜならば、この世界において天候を詠む者とは――『悪魔の子』とさえ言われているからだ。
『悪魔の子』と呼ばれた少年少女の扱いは酷く、表舞台に立つ前に集落内で消え去ることも少なくはない。
「……『悪魔の子』……ですか」
アランの脳裏にコシャ村の記憶が蘇る。口から自然に出てきてしまったその言葉に、村長は「そういう輩も少なからずはおります」と、アランにとって予想外の返答を示した。
「じゃが、彼女は――コアラは私達の村にとっては家族のようなもの。彼女だけではありませんぞ。この村の全員が、ワシ等の子供であり、孫である」
アランは、村長の意外な答えに閉口するしかなかった。
村長の瞳は真っすぐにアランを睨み付けていた。先ほどのような優しい目とは違う、威嚇する確かな瞳だ。
「あなた様がいくら王都のお偉方であろうと、ワシ等の孫を『悪魔の子』呼ばわりするのでしたら、ここの村人はあなたを許すことはありませんぞ。口には気を付けた方がよろしいかと……」
「い、いえ……。こちらこそ、余計なことを口走りました……! すいません! 悪気はありません」
「『悪魔の子』であろうが何であろうが、エインドル村の一員。どこの誰にも何かを言われる筋合いはない……と、ワシ等は思うております故」
「……そうですよ……ね」
「出過ぎた真似を、お許し頂きたい」
村長は両膝と両手をついて、アランに頭を垂れた。
――こんなに、村人のことを想えるのか……。
その姿勢は、一直線に自らの孫を心配するただの一人の御爺ちゃんだった。
「ここは、いい村ですね」
アランの一言に、村長は「自慢の村でございます」とにこりとしわがれた笑みを作った。
「つぎ、コアラがおになー! じゅうかぞえるんだぞー!」
「じゅ、じゅーう……きゅーう……はーち……」
子供たちの笑い声が、森の中に木霊したのだった――。




