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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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化け物×化け物

 足跡は一直線ではなかった。

 先ほどアランを狙った八頭も、まばらではあったが至る所に残してくれていた。

 ぬかるんだ地面に残されたいくつもの足跡を辿るアラン。森の中は奥に進むほどに不気味さを増していく。

 アランを見つめる目が徐々に鋭くなっていくのを自覚しながら、一切気は緩ませなかった。

 いつ、どの方向から敵がやってきても対処できるように右手に握る直剣は未だ魔法具モードにしている。

 もちろん、魔法の充填も充分だ。いつでも『飛斬エルソード』を打つ算段は立てていた。


「……うっ……」


 加えて、奥に行けば行くほど鼻の奥を付いてくる腐臭。

 あたりには先から来る視線の主が喰らったのであろう腐肉が散らばっている。

 肋骨が見え隠れし、苔がへばり付いている上には幾匹もの蠅が集る。中には血を流してかろうじて生きている小動物もいるが、胴体から下は喰いちぎられたかのような形になっている。


「こりゃ酷いな。あの村長の言ってた通りだ。生態系全壊させる気かよ」


 見てみれば、先ほど村の代表である老人、村長に言われた通りの種がそこら中に転がっている。

 どうやら事は深刻だとアランは今一度確信した。

 森の生態系さえも壊しかねない筋肉狼マッスルウルフの繁殖期。特に大規模な群れであるとその厄介さは倍増する。何が何でも繁殖の要であるメスを護ろうと、オスたちが奮起するからだ。


「うぅ……踏みたくないぃ」


 死屍累々と積み重なる肢体を前にアランは直剣を構えた。

 普通に歩けば死体を抜けることなど出来ないと判断した彼は、自衛のために直剣に魔法力を行き渡らせたまま、ちょいちょいと剣先で死体をぷすりと刺した。

 刺した死体を横にどけて道を開けようとするアランは、服で鼻を撮んだ。もちろん、遠くからか、近くからアランの居る場所を睨み付ける視線にも配慮をしながら。


――と、その時だった。


 ペキンッ


「…………ぺきん?」


 微かに聞こえた金属音と共に右手の感覚が軽くなっていた。

 先ほどまで剣先に刺さっていたはずの死骸、そして何よりアランの直剣の腹から先が消失している。

 ボトリと、鈍い音を立てて地面に落ちる死骸――そして、刀身。

 アランの持つ右手に残っているものは直剣の柄と一部の剣腹。その先からは細かな白い魔法力の残存粒子が目に見える形で宙に消えていく。


「お、折れた!?」


 直剣が折れる。それはアランにとって不測の事態に近かった。

 ふと、折れた直剣を一瞥したアランが前を向き直った時、そこには口を大きく開けた筋肉狼マッスルウルフが犬歯を剥きだしにして迫る姿がそこにはあった。


「ちっくしょ!」


 アランは転がるようにしてその攻撃を右横に避ける。

 身体の右半身を半回転させて左手で死肉をクッションにするようにして回避したアランは即座に立ち上がり、腰に据えてあった一丁の拳銃を取り出した。


「グルルァゥ……ッ」


 ザッと前肢から華麗に着地した筋肉狼マッスルウルフはブルブルと身体を震わせながら後ずさりをしていく。


――すぐ壊されると分かっておってやすやすと高い武器をお主に渡せるものか愚か者め。


 アランの脳裏にフーロイドの言葉がよぎった。

 今振り返って見てみれば、確かに警戒することを最優先にしていたせいで魔法力の調節が聞かなかったのかもしれない。

 だが、これほどまでに魔法具が脆いものだとは思っていなかったのも実情だ。


 ――いや、脆いっつーか異質(・・)なのは俺の方か……。


 心のうちで静かに溜息をついたアランは再び迫り来る筋肉狼マッスルウルフの身体の中心――心ノ臓に照準を当てた。

 右手の直剣からは未だ魔法の残存粒子がさらさらと浮かび上がる中で、アランは右から多少の魔法が漏れだしているのを一切無視して左手のみに集中した。


「やっぱコントロールし辛いな」


 ドウッ


 魔法量を圧縮し、射出する。

 その濃度は持ち主の魔法力含有量に比例するものだ。

 アランの場合は極限にまで魔法力を注入すれば、銃の方の耐久性が持てない。

 もともと魔法力を扱うにも『利き手』があるものの、アランの利き手は右だ。

 慣れない左手の魔法力コントロールは銃で、魔法力の弾丸である魔弾を射出するに至ってかなり困難なものだった。


「アオォォォォォォォォォォオンッ!!」


 魔弾を打ったその直後、森に響き渡るかのような遠吠えが木々に反射して木霊する。

 同時に眼前の筋肉狼マッスルウルフは強引に近くの木々に足を掛けて急遽、方向転換をするかのように体を捻じ曲げて弾丸を回避した。


「ガゥッ! ァァウッ!!」


 遠吠えとは違う、何らかの信号のような声を発した甲高い鳴き声が再び森に響き渡ると、眼前の一匹のみならずアランの周りを囲ったのはいくつもの視線だった。


「統率されてんな、こりゃ」


 アランは左手に注入していた魔法力でもう一発、「ドウッ」と銃声を大きく上げて地面に弾丸を解き放つ。

 先ほどずっと右手に魔法力を留めていたことで直剣が壊れているならば、と一度銃の中の魔法力を空にするために解き放ったその弾丸。

 銃声にピクリと怯んだいくつもの視線を一瞬で見定めたアランは、包囲網の薄い部分を狙って一気に突き抜ける。


「とりあえず指揮系統を倒さないとキリがないな……!」


 エインドル森は奥へ、奥へと行くほどに太陽の光が届かなくなる。

 一般的に森と言うものはよほどの災害がない限りは一定の環境になっていく。

 この森の場合はその、「一定の環境」がすでに成り立ってしまっている。

 辺りから小さな木が減っていき、次第に枝と葉の多いドでかい木々の集合体になっている。

 そうなれば太陽の光が地面に届かなくなる現在の状況で、筋肉狼マッスルウルフがアランを追いかけている吐息、そしてその後方から微かに聞こえるのは枝と枝の間を飛び回る異質な存在。


「ガゥッ! オオッ!」


 アランの上から聞こえてくるその指揮系統によって、潜んでいた筋肉狼マッスルウルフが一斉にアランに襲い掛かる。


「悪いけど俺は剣の方が副武器サブでな。拳銃(こっち)の方が比較的得意なんだよ!」


 アランは銃身に魔法力を込めて一気に拳銃の引き金を引いた。

 横一列に並ぶ筋肉狼マッスルウルフの中央に弾速は中途半端ながら向かう弾丸。


「ガゥッ!」


 遠くから指令を聞きつけた眼前の筋肉狼マッスルウルフは、再び散開しようと試みる――が。


「爆散式なんだ、弾丸(それ)


 アランがにやりと口角を上げると同時に、筋肉狼マッスルウルフは散開する寸前に、アランの放った弾丸が細かい粒子を散らして肢体に突き刺さる。


「ウ……ゥウ……!?」


 圧縮された魔法力の爆散。細かい粒子に分けられた魔法力が次々に筋肉狼マッスルウルフを貫いていく。

 ボトリ、ボトリと空中で力を無くし落下する筋肉狼マッスルウルフを一瞥したアランはすぐさま周りの枝を見回した。


「……あと一回が限度かよ。このままじゃ本当にフー爺の言ったとおりになるぞ……!」


 拳銃の銃身は大きくひび割れていた。

 このままでは右手に持った折れた直剣同様使い物にならなくなる可能性が高かった。

 拳銃は、魔法具である。

 それも直剣とは違い通常の能力は保持していないことが多い。

 アランの持つ一般的な拳銃でもそれは顕著だった。それの一番としては、『弾丸』の種類が豊富なことにある。

 持ち主の魔法力次第ではあるものの、通常銃の弾丸とは違う性能が魔法具銃には三つある。


 一つ、追尾弾エクス。対象者の魔法力を伝って追尾する弾丸は、追尾こそ出来るものの弾速が遅くなったり、弾丸自身の持つ魔法力が切れたら失速してしまう点はあるものの、むしろ逆を返せば一発の弾丸に魔法力を多く加えれば加えるほど追尾性能、時間が延長される。


 二つ、爆散弾ロイス。これを発動する自体に多大な魔法力が必要になるが、その分アランなどは直剣のような多少の魔法力しか留まらせることのできない武器とは違い、少々耐久性があがっている理由ともなっている。一発の弾丸に多重の魔法力を掛けて置き、対象者に近づくと同時に爆散。その魔法力が多ければ多いほど、爆散した後に直撃した際のダメージが大きくなる。


 三つ、長弾デクス。絶え間なく魔法力を注入し続けることで、単発である弾丸が長い円錐状の一つの弾丸と化す。

 絶え間なく魔法力を注入し続けねばならないため、基本的に魔法力が大きい者にしか使えない代物でもある。


 この三つを駆使した魔法具銃の方がアランには適している。

 そんな中で護衛を失ったのか、アランの直上の枝にガサリと降り立ったのは、人ほどの大きさの筋肉狼マッスルウルフ。だがこちらは他の種とは違い、あまり筋肉は隆起していない。

  エインドル森(ここ)の同種を支配統括する女王の役割をするメスだと認識できた。


「……グルルル……」


 吐き捨てるように、威嚇するかのように牙を剥きだしにアランを睨み付ける大型の筋肉狼マッスルウルフのメス。


「何か大体何言おうとしてるのか、分かるよ」


 アランは自身を見据え続けるその森の化け物に鋭い目線を送った。


「……『この化け物め』って。そんな感じがするよ、お前の目」


 アランが銃を突きつけた瞬間、小さく「グルル」と嘶いた森の主はアランの目の前から逃げ去るように背を向けた。

 動物が本能的に感じた、絶対的強者と合い見えた時の行動は至って簡単で、『逃げの一手』である。

 それは子を宿そうとする親ならば、自らの子孫繁栄のためならば生き残ってでも逃げるというのはある種の最適解でもあった。


「群れの掃討が任務なんでな……お前は逃がせない」


 アランは右手の剣を捨て、銃に持ち替えた。


「こっちじゃないとあんまりコントロール取れないからな……! この際は任務最優先で行かせてもらう!」


 フーロイドの小憎たらしい言葉が何度も反芻するがアランは腹を括り、追尾弾エクスを三弾射撃した。

 アランの魔法力に耐えきれない魔法具銃がビキビキと亀裂を放ち、欠片が地面へ落ちていく。


「アアアアッ!」


 逃げていく群れの長の一声で、どこからともなく表れてくるのは今まで潜んでいた同種のオス。

 メスの身代わりになるかのように全ての弾丸を身代わりとして受けた一頭が力なく地面に沈む中で、何とかして子孫を反映させるために生き延びなければならないメスの方は枝から枝へと次々に跳躍していく。


「お前も生きたいだろうが、こっちも仕事だ……!」


 ――このままじゃ、追尾弾エクスも通常弾も効かねえな。イチかバチか……!


 アランは銃身に魔法力をそれなりに注ぎ込む。

 彼の頭に描かれたのは、魔法力を限りなく凝縮して発動させる長弾デクス

 円錐状になるそれを、限りなく細く、そして限りなく速く。

 だが、それにはあまりにも距離が長すぎた。

 アランは右手に魔法具銃を、一直線に筋肉狼マッスルウルフに宛がったまま暗い森の中を走り出した。


 ――もう少し……!


 自前で身体トレーニングを行っているアランにとって、走る分野はそれほど苦手ではなかった。

 徐々に、徐々に敵との距離が近づいていた。


 ――この場で、行く!


 適正な距離を見出したアランは、一気に引き金に手を掛けた、直後のことだった。


「いぎっ!?」


 視線をずっと筋肉狼マッスルウルフに据えていたために、足が留守になっていた。

 足に引っかかるようにして木の根が張っているのを気付いた時には、アランの身体は倒れる寸前にあった。


「……あれ?」


 根に足を引っかけ、転ぶ体が打ち付けられる寸前に、引き金を無意識に引いていたアランの眼前は、白く(・・)野太く(・・・)速い(・・)長弾デクスに包まれていた。


「ピ……ァ……ッ!」


 そんなとてつもない長弾デクス筋肉狼マッスルウルフが避けられるはずもなく、魔法弾により姿を消滅させたものの、アランの直上には眩い太陽が照らされている。


「……あ」


 倒れたアランの横には、魔法力を耐久させきれなかった銃がバラバラのパーツに分かれて転がっている。

 だが、それ以上にアランは自らの目の前に広がる焼野原を直視することしか出来ずにいた。


『任務報告書

 受注任務:群れの掃討、達成

 損害:一本の直剣 

 一丁の拳銃

 エインドル森南西から北東にかけておおよそ五百メートルの消失』


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