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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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受験表明者

 思わぬ来訪者に時間を割かれたアランは急ぎ足で王都中央通りを突っ切っていた。

 時刻は正午を周っている。基本的にルクシアが戻って来るのは昼を過ぎた頃。そこから逆算すれば、あと三十分は時間の猶予がある。

 これはアランとフーロイドの作戦の一つでもある。ルクシアは何か材料があれば料理を作ろうとするので、何とかそれを防ぐべく、そもそも最近は食材を地下に隠すことにしているのだ。

 午後五時を過ぎれば今日は、マインとファンジオがフーロイドの家に集まる。

 それまでは耐えねばならなかった。

 日光の、じりじりとした照り付けがアランを襲う中で三十分後、帰宅した彼に待っていた光景にアランは首を傾げた。


「よー、アラン。元気してたか?」


「おかえり、アラン。暑かったでしょう、タオルあるから汗ふきなさい」


 王都中央通りの端に小さく聳える一軒家。その扉を開くと、中央の机に座っていたのはアランの両親でもあるファンジオと、マインがいた。


「二人とも、今日夕方まで仕事あるんじゃなかったの?」


 アランは、マインから受け取ったタオルで首筋を拭いた。ひんやりと冷たいタオルが体全身に染み渡るのを感じつつ、マインに食料が入った袋を手渡した。

 マインは受け取った紙袋の中身を覗いて食材を仕分ける中で、中央のテーブルについているファンジオは裂きウキ(海の軟体動物であるウキと呼ばれる魚介類を調理し乾燥させたもの)を咥えて笑みを浮かべる。


「お前の誕生日だってんだから、仕事をはやびきさせてもらった――といいたいところなんだがな」


 ファンジオの台詞に続くかのように、マインは作業ながらに言葉を紡いだ。


「何でも、今日はレスティムにお偉いさんたちが集まってるらしいのよ。だから今日は王都全体が騒がしいのよ。そこかしこに護衛もいたり……。まあ、今日はオートル魔法科学研究所の一般公開の日だから仕方がないんだけどね」


「オートル魔法科学研究所の一般公開?」


「そ、あそこは一応開発、発明、販売も担っているけれども次世代教育にも力を入れている教育機関の一つでもあるのよ。全国から優秀な子供たちが集まって、幼、小、中、高等部があるじゃない? 今回は高等部の一般公開よ。春には受験も控える子たちでいっぱいだもの」


 マインが説明をしていると、家の奥からはフーロイドが「そうじゃのー」と呑気な顔をして表に出てくる。


「設立三六十七年の比較的古豪校。この時期は外部からも知恵と力を育むべく、来国する者も少なくない。どの部でも受験倍率は容易に五倍はあるからの。聳え立つオートル魔法科学研究所の隣に隣接された教育機関では四部門を纏めて管理しておる。っふぉっふぉっふぉ」


 二人の説明に付け加えるかのようにファンジオは裂きウキをフーロイドに手渡した。


「そういや、今年の受験生の面々は既に少しだけ割れてるらしいな」


「……ほう? お主、もう情報を掴んでおるのか?」


「伊達に塾講やってねぇさ。ええと、確か隣国シチリア皇国の『ルクシア』襲名候補、ルクシア・シン。オルドランペル国グレン族の『剣鬼ラグール』、魔法適性一切ゼロの特異者シド・マニウス。こちらは何者かは分からねえが今回は『武士モノノフ』とかいう地属性の特異者も混じっているらしい。そしてアルカディア王国が『神の子』……じゃねーな『神童』、海属性保有の特異者エーテル・ミハイル。……とまあ現時点での有名処はこんなところか?」


 ファンジオの言葉に「ふーむ……」とため息を漏らしたのは、フーロイドだ。


「そやつらが全員高等部の受験を表明しておるのか……。オートルに特異者が混ざることは少なくはないが、受験表明をしておるそやつらはほとんどが特異者か。まあ鍛錬をある程度積んでおるとしたらそやつらの合格は今の時点から間違いはないじゃろうな」


「とはいえ、魔法適性が全くない『剣鬼ラグール』をオートル高等部が取るかい? 割と魔法至上主義な面もあるだろう、あそこ」


「いや、魔法力がないにも関わらずに名を上げる者ほど恐ろしい者はおらぬ。先の将来性を鑑みても取る可能性は高いじゃろう」


 フーロイドは杖を机にかけた。


「とある情報網ではルクシア・シンと『剣鬼』シド・マリウスは学友と言うではないか。切磋琢磨する相手としても申し分あるまいて」


 「問題は……」と厳しい目つきをして周りをひとしきり確認したフーロイドは重々しく口を開いた。


「ルクシア・シン……。現状で受験を表明するとは思わなんだの。シチリア皇国での「ルクシア」襲名代理戦は再来年じゃろうて」


「……オートル高等部で、使える駒(・・・・)探しってことか。まあ確かにあそこに行けば有能な引き抜き要因には困らねえだろうからな」


 ファンジオが苦笑いを浮かべるも、フーロイドは頭をポリポリと掻きむしるしかなかった。


「全く……。他のルクシア候補は今から先手を打っておるというのに……ウチのルクシアと来たら……」


「まぁ、襲名戦は再来年なんだろう? こっちのルクシアさんも何か策を講じるさ」


「ルクシア・シンも高等部三年間をレスティム(ここ)で過ごすわけではあるまい。恐らくは一年末期での伝統戦で昇級、早期卒業を狙うという算段じゃろうて……。よほどの自信がなければこんな大胆なことはするまいて。変に経歴を傷つけるわけにもいかんじゃろうしのぅ」


「さすが、オートル魔法科学研究所勤めの宮廷魔術師は話が早い」


「元じゃ元。隠居したクソジジイの道楽予想に過ぎぬわ……。むしろお主の方が現場は近かろうて。主の塾からはオートル高等部の受験を表明する者はおらぬのか?」


「みんなその受験者群を聞いて委縮しちまってるよ。まあ、世代が悪いってのもあるぜ」


 そんなファンジオとフーロイドの会話に付いて行けないアランは聞き流しつつ、冷えたタオルを顔の上に被せていた。


「……っふぉっふぉっふぉ……アランもとんでもないところに飛び込むのじゃのう……いや、飛び込ませると言った方が的確かの?」


「何か言ったー? フー爺」


 フーロイドの小さな独り言にアランが反応を示す。


「気のせいじゃ」


 フーロイドはあっけらかんと答えるが、アランは自身の父親が王都に順応する速度がとてつもなく早いことに驚きも隠せなかった。

 アラン自身、今まで王都にやってきてからはフーロイドの元で魔法修行、そして小等部での基礎教養、そして中等部には全く行かずに家で勉学に励んでいる。

 それによって社会情勢を一切知らない状況でもある。

 同年代ともあまり話したことがないのは前々からあまり変わらないことでもあった。


「というわけでルクシア・ネイン。ただいま戻りましたー! っと、マイン先生―!!」


 ルクシアが家に戻って来るなり、マインに向けて走り出したのを見てフーロイドとファンジオは仲良く落胆していた。


「ここでは先生ではありませんよ? ルクシアさん」


「私の中ではマイン先生はずっとマイン先生なんです! 先生のおかげで私は料理が得意になったんですから!」


 ――料理は得意になったんですから!


 その言葉にフーロイドとアランの肩が合わせてピクリと跳ね上がるのをその場で知る者は誰もいなかった。


「ルクシア、ひとまず座るがよいぞ。マインもひとまずアランの誕生日なのは分かるが、座ってくれ。少しばかり込んだ話になるからのぅ」


 フーロイドの言葉に、ルクシアが勢いよく返事をする。マインは全員分のお茶を注いだ後にお盆に乗せて机に向かった。

 お茶が全員分に行きわたり、マインが席についた。

 アランも被せていたタオルを机の上に置いたのを見計らうと、フーロイドは「ふむ……」と小さくため息をついた。


「アランの魔法を制御している道具でもあるそのリストバンドを今から段階的に解除していく」


 フーロイドは固い決意に満ちた瞳で淡々と告げた。


「そして同時にこのワシ、フーロイドの名を用いてアラン・ノエルには冒険者ハンターギルドに所属してもらおうと考えておる。ここからは生易しい物ばかりではない。命を懸けてもらわねばならぬ事案も発生するじゃろう。じゃが、アランのリストバンドを完全に解呪するのではなくあくまで段階的に取り外していこうと考えておる」


 フーロイドの言葉に、その場にいる全員が緊張の糸を張り巡らせたかのような空気に包まれた――。


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