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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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疑惑

「アラン・ノエル! 久々ね! 私よ!」


 自信満々とでもいうように仁王立ちのその少女は、アランにピシッと左手で指を指した。

 一瞬呆気に取られるアランだったが、両手に持つ紙袋をもう一度持ち直して体制を立て直す。


「……どうも」


 アランはぺこりと頭を下げるしかなかった。


 ――どこかで会ったかなぁ……。


 アランは相手に極力失礼のないようにそそくさとその場をやり過ごして立ち去ろうとする。

 そんな中でも格好がつかないのか、少女は仁王立ち。右手を腰に着け、動こうとするアランに向けている指は追尾性のある魔法のように追いかけ続けた。


「――ふ……っふふふ……もう一度言うわよアラン・ノエル! 私よ!」


 二度目の自己紹介のようなものをするときには、少女は既に涙目だった。


「何か……ごめん」


「ごめんじゃないわよ! 何で覚えてないの!? あの時、あなたが王都に来たときよ! 覚えてないの!?」


「……初めて王都に来たとき……フー爺……?」


「誰よフー爺って! 私よりそのフー爺って人の方が大事だって言うの!?」


「え……えぇ……?」


 完全に返答に困ったアランは苦笑いを浮かべるしか出来ずにいた。

 王都中央大通りに木霊する一人の少女の嘆き声に周りの観衆が気付き始める。


「あれ、まさか……エーテル・ミハイル様じゃないか?」


「エーテル様!? 海属性の『神の子』か?」


「昔はそんなことも言われてたなー。今は『神童』ってことらしいぜ?」


「稀有な海属性。そして神童か……そんな人が何でこんなところで叫んでんだ……?」


 周りの観衆が口々に少女を指さして噂する中で、ピクピクと眉を潜めて「……ふ……ふふ……」と口角すらも震わせていた。

 アランは観衆の言った「エーテル・ミハイル」という言葉に聞き覚えがあったために果物の入った紙袋の中を見つめて必死に記憶をまさぐっていた。


「初めての王都……? フー爺に弟子入りして、村を強行突破するときにエイレンちゃんに出会って……それで、中央管理――ん? エーテル? エーテル……あ……あぁ!?」


 アランは自分自身の中での幼い記憶を手繰り寄せたその先に見つけたのは、確かなものだった。


 ――わたし、えらいからじこしょうかいできるもん!


 ――エーテル・ミハイル! このくにのみらいをせおうもののなまえよ!


 透き通るような翡翠の瞳。

 そして深海とでも言える程度に藍が狩ったその髪の毛を小さく束ねているのは昔から全く変わっていなかった。

 ポニーテールの髪型を変えていないその少女は、束ねられた人房を振り子のように降らせていた。


「あの時の、中央管理局の!?」


「……やっと思い出したようね。この国の未来を背負う者の名前を憶えておけないなんて……!」


 心底落胆したかのような少女――エーテルは苦笑いを浮かべた後にキッとアランに鋭い眼光を突き付けた。


「あなたに会ったら聞いておきたいことがあったの」


「……え、俺に?」


 アランが首を傾げると、エーテルは髪を左右に振りながら「あの時――」と過去を遠く見つめるような表情でアランに詰め寄った。

 王都中央通りの端――露店と露店の間に駆け寄ったエーテルに気が付いたのか、先ほどの赤髪をオールバックにした少年、そして「殿下」と言われた少女やその後ろに従事している者も立ち止まっている。


「あの時、あなたは『雨が降る』って言った」


 エーテルは歯を噛み締めるように悔し気な表情を作っていた。


「あなたには、雨が降ることが分かっていたってこと? 一人で巫女・・の役割を果たして見せたの……?」


 そう、詰め寄られてもなお、アランには何のことかはさっぱりだった。

 エーテルの脳内には、彼らが初めて相対した時のことが克明に蘇って来る。

 それは、彼女自身が初めて味わった敗北でもあったからだ。

 エーテル・ミハイル四歳。

 彼女はその小さな齢ながらも持ち前の『海属性』を用いて様々なご利益(ごりやく)と呼ばれるものを民衆に与え続けていた。


「私もいつも通り、その日(・・・)は転移魔法でドローレンって言う一人の漁師に頼まれた彼の故郷に向かったの」


 ドローレン。アランはこれも心の奥底に記憶があったのを辿っていくと、父ファンジオの仲間だったはずだと結論付けた。

 ドローレンはファンジオと同じ出稼ぎ仲間だった。そして彼の地元では異常気象により長らく雨が降らない状況にあった。そこで、召集されたのが『神の子』として名声を集めつつあったエーテル・ミハイルだった。

 『海属性』を持つ彼女の魔法の神髄は膨大量の水を使うことにある。それにより水不足の根本的な解消には至らない物のしばらくの間は持ちこたえることが出来る、というものだった。

 ドローレンに依頼されていた水不足問題を解決しに、彼の故郷へと向かうその寸前にエーテルが出会ったのが、アランだった。

 だが――。


『あっちなら……もうすぐ、あめ……ふるよ?』


 純粋すぎるアランの言葉に、エーテルはかつて初めて動揺してた。

 眉唾だと思っていた。完全にその場しのぎの嘘であると思っていた。だからこそ、激昂して『ふ、ふらないからいくのー!』と張り合って見せていた。

 にも関わらず、ドローレンの地元に行くと、そこは雨に包まれていた。

 激しいものでもなく、ただただ大地(つち)を潤すその雨に、住民は皆歓喜した。


『ありがとうございます、エーテル様! あなたのおかげでこの土地に再び雨が降りました!』


 ――ちがう。


『流石、神の子だ……! ドローレン、よくやってくれた! エーテル様、ありがとう!』


 ――ちがう、わたしじゃない……。


『この土地を救ってくださって、本当に……本当にありがとうございます……! エーテル(・・・・)ミハイル(・・・・)様!』


 ――わたしじゃない!!


 一年半も降らなかった土地に雨が降ったのだった。

 皆はエーテルのおかげであると散々彼女を持ち上げ、祭り上げたが彼女の心は穏やかではなかった。

 王都で会った一人の少年の、予報・・とも呼べるその言葉がエーテルの頭に焼き付いて離れなかったのだった。

 自らの手以外のものが介入して、自らが褒められる。そのことはいつまでも彼女の心を締め付けていた。


「あの雨は、自然のものとは思えない。人工的なものに違いない……! それでも、この世界に天候を操る魔法があるなんてことは聞いたことがない」


「……悪い、分からない……」


 アランはきょとんとした表情を向けていた。


「あの気象を予報したあなたが関係していないとは考えにくいの。何で、あの時あなたは『雨が降る』ってのを正確に予報できたの?」


「……わ、分からないし……知らない。何より、その時のこと……あんまり覚えてなくて」


 アランは正直に白状した。苦笑いを浮かべるが、エーテルはなおも疑心暗鬼の様子でアランの周りを舐めまわすように見回した。


「……特異者(・・・)の匂いがしない……。魔法の属性がないの……?」


 エーテルが何かを察したかのように言葉を紡ぎ、首を傾げていると、王都一帯に正午を知らせる鈴が鳴り響いた。


「うげっ!?」


 その音を聞いたエーテルは顔を引く憑かせて、踵を返すかのようにアランの元を去っていった。


「覚えていなさい、アラン・ノエル! あなたとはいずれまた会うことに――いだっ! ちょちょっとちゃんと前見ててよね!」


 通行人に当たりながら、捨て台詞を吐いて立ち去る少女の姿を、アランは目に焼き付けていた――。




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