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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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ルクシア・シン

 その日の空は快晴だった。

 雲一つない空。だが、一人の少年は青く晴れ渡った大空を一瞥して、「雨……」と呟いた。


「えぇ? こんな日に雨が降るもんか。で、どれを選ぶんだい?」


 店番をしている一人の小太りの女性が同じように目を細めて空を見上げてみるも、機嫌悪そうに言葉を紡いだ。


「そもそも三日分の洗濯物を干してるんだ。降られてたまるかっ!」


「す、すいません……」


 少年――アラン・ノエルは店頭に置かれてあるいくつかの果物を手に取り、どれを買うかを選んでいた。

 アラン・ノエルは昨日までは十四歳だった。

 今日、この日が十五歳の誕生日でもある彼を祝うために、両親がフーロイドの家に集まる予定だった。

 今や、王都私塾にやとわれて猟についてを教える立場にあるファンジオと、料理を教えているマイン。

 二人ともルックスが悪くないことと、お互いが微妙に訛っている言葉遣いなどで人気を博している教師でもあった。

 普段は離れて暮らしている家族三人だが、特別な日はよく集まっている。

 そんな中で今日はアランの十五歳の誕生日ともあって、夕刻にはフーロイドの家に集まることになっていた。


「とりあえずフラン一個、ベノージュ二個ください」


 柑橘系の果物一つに、青く甘酸っぱい果実二つを選んだアランに、店番の女性は紙の袋にそれらを詰めていく。


「サービスしておいてあげるよ。持ってきな」


 そう言って笑顔で袋にもう一つフランを入れていく女性に笑顔でお辞儀を返したアランは踵を返して家に戻ろうとする。

 スン、と鼻を鳴らしてみれば遠くから若干の雨の香りが付いた。

 フーロイド曰く、人にはあまり言うことがないようにとの言いつけをちゃんと守っているアランとしては、「さぁ! もう一つ干してくるかね!」と意気揚々と店に戻る女性に心の中で謝っている。

 王都――レスティム。

 そこは多民族、他地方の様々な者が行き来する経済の中心地とも言える場所だ。

 コシャ村を出て八年。

 小等部に三年から編入学しての四年、そして卒業してからはフーロイドの元でひたすら基礎教養を学んでいる。

 腕には変わらずリストバンドが嵌められているのをアランはもはや苦とも思わなくなっていた。


「十五歳……かぁ」


 この日を、何よりも待ち望んでいた。

 ずっと基礎教養の学業しかさせて貰えなかったアランにとって、今日からは特別な日々が始まるからだ。


 アランはその元凶でもあるリストバンドを一瞥した。

 十五歳の誕生日と同時に、リストバンドを取ると約束してくれていたのだ。

 だからこそ、今日は魔法制御アイテムであるリストバンドが外れる日――すなわち、再び魔法が使えるようになるということに他ならなかった。

 この世には魔法を使って発動させるアイテムが無数に存在する。

 それこそ、それを多く発明、発売しているのは王都中心に聳え立つ中央管理局。そしてオートル魔法科学研究所だ。


「っていうかそろそろ惣菜買わないと……またルクシアさんに変なもの作られたらたまったもんじゃない……!」


 日々の食事に関しては、マインが来ない週に四回はアランとフーロイドが交代で料理するようにしている。

 決してルクシアに作らせない――というのが重要なポイントだった。

 そのおかげでフーロイド、アラン共に料理スキルはそれなりのものに仕上がっている。

 中にはマインに直接教えられて作れるようになったものもあるが、ここ最近ではルクシアの毒牙にかかって死の間際を彷徨うことも少なくなっている。

 少し前までは師弟で押し付け合いをしていたが、最近はあまり作って帰ってこないことに心の底から安堵しているほどだ。


「っていうかルクシアさんのワンスパイスが……あのワンスパイスさえなければ普通に食べられるのに……何でいらないことを……!」


 それまではルクシアも多少は――とはいえ、不味くも上手くもない料理を作っていたのにも関わらず今や劇物製造機。

 そんなエルフ族の残念なヒトを頭に思い浮かべながら惣菜を選んでいる、その時だった。


「ルクシア殿下……もう、こんなところにおられたのですか? 明日も早いのですからお戻りください」


 ふと、ルクシアという名を耳にして振り返ったアランの目線の先にいたのは一人の少女だった。

 紫に靡く二つの房はいわゆるツインテールと呼ばれる髪型だ。大人びいた表情にも関わらず、その背はアランの胸辺りくらいまでしかない。まるで小学生と言われても信じてしまいそうなほどの身長しかないその少女。

 細く白い体躯に、煌びやかな服装ではないにしろ、高貴さが伺えた。

 なにより特徴的なのは、耳が尖っていること――エルフ族の特徴だということだ。


「……なんだ貴様。殿下に何か用か?」


 「ルクシア殿下」と呼んだ張本人もエルフ族のようだった。

 後ろに付き従い、従者のように傅くのはやはり、少女だった。

 凛とした表情、姿勢とすらと伸びた鼻筋。執事が良く着る燕尾服を身に纏い、肩まで伸ばした白の髪。


「……い、いや……ルクシア……って聞いて……なぁ……」


「貴様、ルクシア殿下を愚弄するか!!」


 アランが苦笑いを浮かべると憤怒の表情で詰め寄ったその少女は鋭い眼光を突き付けた。


「こちらにいらっしゃるお方はシチリア皇国第二十三代ルクシアを襲名する権利をもつお方、ルクシア・シン様であらせられるぞ。貴様ごときがやすやすと呼んでもよい名では……!」


 そんな少女を諫めるかのようにアランと少女の間に割って入った小さな少女は「はぁ」とため息をついた。


「すまぬな御仁。こちら側の者が失礼を致した。……帰るぞ」


「で、殿下!?」


「まだ殿下ではない。大衆の面前で私の顔に泥を塗る気か愚か者」


 ペシ、と小さい身体で少女の胸を叩いたルクシアと呼ばれた少女は、アランに小さくぺこりとお辞儀をした。

 嫌々ながらもその隣に付いた従者もお辞儀をすると、見物人が寄ってきているのを振り払うかのように二人は姿を消していく。


「……シチリア皇国……」


 聞き覚えのある単語、聞き覚えのある名前。

 アランの知っている「ルクシア」と呼ばれる女性と、先ほどの小さな「ルクシア」と呼ばれる女性の因縁を肌で感じているアランに、ポンと肩を叩いて白い歯を見せた者がいる。


「お前も面倒な奴に目ぇつけられたな」


「……だれだ?」


 アランの前に現れたのは一人の少年だった。

 紅の髪を逆立ててオールバック気味にしていたその少年は「まぁ、アイツはいつものことなんだ、許してやってくれ」と両手を合わせる。


「俺は……そうだな、アイツらの友達ってところか。ま、ウチの奴等が変に絡んだのは謝るぜ」


 そう、ニシシと笑みを浮かべた好印象の少年は「じゃーなー」と手を振ってアランの元を去っていく。


「……何だったんだ?」


 色々な疑問が頭の上を掠める中で、王都の中央道路、アランの前を遮ったのは一房の藍がかったポニーテールを振り乱しながら機嫌悪そうに歩く一人の少女。


 ――どこかで……?


 アランが脳裏の底から引っ張り出そうと記憶をほじくり返していた、その時だった。


「アラン……? アラン・ノエル……?」


 その少女からの接触にアランの思考は一瞬ショートしていた。


「アラン・ノエル! 久々ね! 私よ!」


 そう元気よく宣言する少女の姿を見ても、アランは何も思い返せずにいたのだった。


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