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番外編:マインとルクシアの料理教室①

時系列はアラン五歳くらいのところです。

「……可もなく……不可もなく……といったところじゃの」


 ルクシアの作った料理に手をつけつつ、フーロイドは呟いた。

 王都の古びた小さな一軒家。アランを弟子にしてからはや一年半。二人にとって魔法転移アイテムでアランの家に向かうことは日課の一つとなっていた。

 今日は昼下がりから約束を取り付けているために、昼はフーロイドの家で飯を食べてから向かうことになっている。

 そんな中でルクシアが作った料理は、この世界でも一般的な麺料理でもあるローレインと呼ばれるものだ。

 さほど下手ではなく、はたまた上手くもないルクシアだったがこのローレインに関してはこだわりがあった。

 まずは麦を挽いて作られる粉を水と合わせて練りに練ったうえで出来たものをこねる。そして均等に切ることが出来るように目測で計ったところで切れ味のいい長包丁で刻む。

 最後にそれを茹でて草原でもよく有名で単価の安い草花から取れる特性ソースをお湯と混ぜて食す。

 それが基本的なローレインの作り方だ。

 かれこれ三か月半。ルクシアはフーロイドに「美味い」と言わせるために日夜修行中の身である。


「ふーむ、何が足りないのでしょうか……粘り気? それとも粉の量? それとも……」


「お主最近魔法の修行してなかろう。何をしておるのじゃ……」


「いいえ、私ルクシア・ネイン。フーロイド様が満足するお食事を作れるまでは決して諦めません!」


「何か違う。何か違うが……まぁいいかの」


「そういうことなので、フーロイド様。何が足りないか、この私にご教授ください」


「もっと他のことを学んでほしいという気がないではないがよかろう。そうじゃの、ローレイン特有のコシ、麺の煌き、そして歯応え、満足感。そして喉にちゅるりと通せるほどの弾力かの。王都に市販されている物よりは質は落ちるが家庭で作る分には及第点じゃろう。これでよいのではないか? というか流石に毎日作られるとワシも食欲がの……」


「それってもう……」


 フーロイドの嘆息に、ルクシアは自らの料理をぱくりと口に入れる。


「毎日毎日食わされる身にもなってみるがよい。他に何か作ることは出来んのか?」


 ここ数カ月、昼を家で過ごすときにはほぼ毎日といっていいほどルクシアの作った中途半端なローレインを口にしているフーロイドは小さく呟いた。

 料理の上手いマインの飯を目当てに食材を持って朝から家に出向くほどに。

 ここ最近では、今まで決死の覚悟で王都まで赴いていた食料の買い出しはほぼフーロイド達が一任していた。

 その代わりに、料理を提供する――という交換条件付きでもあったが、ルクシアは自分の信念を貫き通す女だということはフーロイドは既に知っている。

 だからこそ迷惑なのだ。


「美味いもんは食えんものか……のぅ」


 ずるずると目の前に置かれた大量の微妙な味がする麺をすするしかない、フーロイドだった。


○○○


「ローレインですか」


 ファンジオとアランで王都に向かった際に手に入れた果物を熟成させて作った特製のジュースを一滴、手の甲に乗せて味見をするのはマインだった。

 透き通るような肌に、真っ白なロングストレート。華奢な身体で料理を作るその姿はとても人妻とは思えない若々しさがある。まるで二十にも満たない少女のようにさえ見える。

 そんなマインに「はいぃ……」と力なく項垂れるのはルクシア。

 それは昼下がりのことだった。

 この時間、ルクシアはいつも自分自身の魔法コントロールを上げるための練習にあてているのだが、ここ最近はマインのお菓子作りなどを自主的に手伝っている。


「なかなか美味しく作るのが難しいんですよね……。マインさんのお料理はどれも美味しいんですが、やはり『美味しく作るコツ』っていうのはあるんでしょうか?」


「ええ、ありますよ。特に私なんかは、ファンジオがいつも万全の体調で狩りに出向けるように。そして第一次魔法成長期に差し掛かったアランが魔法の勉強に打ち込めるように。特にアランはお肉が大好きですから、野菜もちゃんと取れるようにしたり、お肉を使っても、ファンジオが狩りにいくのに胃にもたれすぎないようにとか、様々ですかね」


 マインの遠くを見つめるようなその慈愛に満ちた瞳に「ほぉぉ……!」と身体を震わせるルクシアは、質問を続ける。


「やはり、その中でマインさんは独自の調理法を試してみたりはするんですか!?」


「それはよくありますね。ただ、私たちは追いやられたこの環境もあって食物を少しも無駄にできないんですよね。ですから、無理のない程度に、そして確信を持ったときに確実に、って感じでしょうか。とはいっても、失敗することはありますよ。アランが四歳の時なんて、私が不注意でお肉を焦がしてしまったんです。あの時は本当に大変でした。泣き叫ぶアランを宥めるのには、骨を折りましたね」


 と、過去の話も交えて苦笑いをするマイン。それに続いて興味津々にメモを取るルクシア。


「で、では……マインさんのお料理の源にあるのは、ファンジオさんやアラン君への大切な想い、ということでしょうか!」


「間違っていないと思います。もともとファンジオと出会うまでは私、あまり料理自体は得意じゃなかったんですよ」


「……では、ファンジオさんと出会ってから?」


 怪訝そうなルクシアのふとした質問に。マインはポッと顔を赤らめる。


「最初に彼に出会った時は森の中だったんです。私が鍋で出汁を取るために森に入った時に、単独で猟をしていたファンジオに出会って……。彼は、コシャの森で『豪鳥』という小鳥を二匹抱えて帰っていたんです」


「ほうほう!」


「その時に、山菜を取っている私を手伝ってくれた。そこでお礼をしようとして家で料理を作ってたんです。で、彼が持っていた『豪鳥』を捌いてもらってまとめて調理させてもらったのが彼との始まりです」


 過去を懐かしむかのようなマインの様子に心を奪われたルクシアはメモを取ることすら忘れ、一人の乙女としてファンジオとマインの馴れ初めに耳を傾けていた。


「そこで作った料理を、彼に『美味しい!』って言ってもらって本当に嬉しかったんです。でも、後になって自分で食べてみたら砂糖と塩を間違って入れてたり、お肉が所々焦げてたり……散々だった。それから、申し訳なくなっちゃって、それから何度も料理の知識と技術を身に着けようとしてファンジオを家に招いたりしてた」


「……家に、招いたんですか?」


「ええ、だって悔しかったもの。美味しくない料理を振る舞い続けるままに終わるなんて。それでもなかなか上手く行かなくって……。それでも彼はずっと『美味しい』って言い続けてくれた。それで私が『美味しくなかったら言ってもいいよ』って言ったことがあるんです。そしたら、彼――」


 マインは顔を赤らめながら壺に入った特製のジュースをお玉で混ぜ始めた。


「『君の作る料理はいつもいっぱいの努力が詰まってる。美味しくないわけがないよ』って……」


「きゃー! ファンジオさんとマインさんのロマンス! ロマンスですね!」


「ふふ……。もう過去のこと。今は私、ちゃんと作れてますしね。あの時のことはファンジオも笑ってました。でもついこの間、そのことを話したら『今も昔も変わらずにお前の料理は美味しいんだ』って。ふふ」


 マインが頬を染めて馴れ初めを語るのを、ルクシアは翡翠の髪を振り乱し、紅の瞳をくるくるとまわしながら「素敵です! 素敵ですお二方!」と興奮気味だった。


「フーロイドさんに認めてもらえるようにルクシアさんもローレイン、作ってみましょ。私も前はよく作ってたし。確か……メモしたレシピがあったはずだったから……」


 そんな二人の様子をジト目で眺めるのは、ルクシアの師でもあるフーロイド。


「奴は一体何をしておるのかの……というかまたローレインなのじゃの!」


 昼に食べ、昨日も食べたルクシア特性のローレインが体の中で拒絶反応を起こしかけているフーロイドは「うっぷ」と口を押えた。


次回、その②

番外編にも関わらず割と重要回だったりするのでぜひ。

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