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エピローグ②:先を行く者

「……頃合いじゃな」


 フーロイドは目線でルクシアに指示を出すと、翡翠の髪を持つ女性はこくりと頷いて柱に結び付けた縄を解き始めた。

 コシャ村の滞在から一時間ほど。その間にアガルに指示を出して数日分の食料を改修した一行が馬を休ませることも兼ねてとったこの時間。村の中は悲壮な空気に包まれていたのは端から見ても明らか。

 馬の息が整ったことを確認したフーロイドは指示を出したのだった。


「そういや、フー爺。転移魔法アイテムは使えないのか?」


 ファンジオの何気ない言葉に「お主等のぅ……」と苦言を呈したのはフーロイド。


「転移魔法アイテムは銀貨五~六枚相当にもなるんじゃぞ? ワシはいつも二つしか持ってきておらん」


「でも、ルクシアに霧隠龍ファントム・ドラゴンが来たのを呼び寄せるって言ってたじゃないか」


 ファンジオは素朴な疑問を投げかける中で、フーロイドは「いいかの?」と馬車の手配を始めるルクシアを一瞥しながら伝える。


「ワシは基本的に転移魔法アイテムを二つしか持ってきておらぬ。それはお主の家に行く、そして帰る時のものじゃ。今回の件ではワシは村人を欺くために一度馬車でわざわざ降り、時を見計らって転移魔法アイテムであそこに飛んできたんじゃ」


「……おお」


「ルクシアに手渡しておったのは銀貨十枚分の上級転移魔法のアイテムじゃ。これは往復での……。市場にもあまり回りにくい上にワシもあまり使いたくはなかった。結果的に使わなかったのは好都合じゃったがの……」


 そう愚痴をこぼすフーロイドにファンジオは顎鬚を触りながら「そりゃ悪いことしたな……」と苦笑を浮かべる。


「お主に死なれてはアランの成長に支障が生じる。親というものは子供の成長を陰から見続けていたいもの。反対に子も自身の成長を親に見ていてほしかろうて……の、アランや」


 フーロイドの語り掛けに疑問符を頭の上に浮かべるアラン。

 逆に、ファンジオは少し眉をしかめた後にフーロイドを問い詰めるような形で首を傾げる。


「フー爺、アンタ……」


 次の言葉を語ろうとして、「うっ」と身構えるファンジオ。

 虹の下に杖を突く小さな老人の背中が酷く小さく見える。


「ふん、所詮過去は過去じゃ」


 そう一蹴するフーロイドの前に駆け寄ったルクシアは自らの師に「準備出来ました、いつでも出立できます」と呟いた。

 馬車の荷台には数日分の食料と水が詰められてある。乗せられた量があれば、十分四~五日は持つだろう。

 コシャ村から王都に行くまではおおよそ二日ほど。それを考えれば十分すぎる量だった。


「お主等は別れを済ませたのか?」


 去りゆく故郷であるコシャ村に、ファンジオとマインが思うことがないのか、と問われれば否となる。

 自らが生まれ育った場所を遠く離れてしまう不安と、王都での生活。

 王都に住むために必要な税を納めなければならないことや、新たな生活に家族全員が順応できるか、目の前の問題は山積みだ。


「マイン、いいのか?」


 ファンジオが問う。それに対しマインはにこりと笑みを浮かべてから「家族がいるならどこへでも。住めば都って言うじゃない?」と人差し指を一本立てた。

 マインの言葉にファンジオ、アランが笑みを浮かべる。


「ところで、エイレンは――」


「あやつは置いていく」


 ファンジオの言葉を遮るようにしてフーロイドは淡々と呟いた。


「あの場ではその場しのぎで弟子にしたまでじゃ……が、本来の実力を鑑みてもエイレン・ニーナを弟子に取ることは出来ん」


「……シビアなんだな、そこはやっぱり」


「じゃがまぁ……最近のあやつのアランへの執着心を見る限り、成長していくにつれてワシの弟子になり得る可能性は十分に秘めておる。そこに期待しておるのじゃよ」


「……?」


「ワシは反骨心と執着心、向上心の塊が嫌いでなくての。ここで置いておく方が彼女の成長には一役買ってくるわい。うまく成長すれば、エイレン・ニーナはアランの良き理解者となり、パートナーとなるじゃろうな」


 フーロイドの優し気な言葉がファンジオに有無を言わせなかった。


「お三方、荷台に席を作りました。楽な体勢で大丈夫ですから……えっと、ここに水、ここに食料……で少しばかりの……」


 旅路を迎えるにあたってルクシアがマインに説明を施す。

 その後のことだった。

 フーロイドが懐から一枚の紙、ペン、そして赤い朱肉を手に取った。

 それを見たルクシアは少し驚くような表情でそれら一式を一瞥したが、何も言うことはなかった。

 ファンジオとマインが首を傾げる中、馬車の荷台の上に紙を挟んで座ったアランとフーロイド。


「なぁに、これ」


 アランは目の前の紙に興味を示す。それに伴いフーロイドは淡々と事務手続きをするかのようにファンジオとマインに向き直る。


「これは正式な『師弟の契り』を結ぶための魔法アイテムじゃ」


 フーロイドの説明にマインが「ぇ……? でも……」と言葉を返す。

 その受け答えを事前に予測していたかのようにフーロイドは「そうじゃ」と一度頷いた後に続けた。


「これまでのワシとアランの関係は『正式な師弟関係』にはない、ということじゃ。いわば口契約の師弟関係……。この書類には特殊な魔法力が込められておる。これによってアランは『独り身』ではないことが証明されるのじゃ」


 フーロイドの説明に、今度はファンジオが問いを投げかける。


「それにどういう意味があるんだ?」


「王都で暮らすにはアランのような者には特に『肩書』というものが必要となって来る。アランが王都で成り上がり、名を上げ、魔法力を上げていくにはポッと出の者であると限りなく話がこじれることもある。そこで、アランにワシの名のもとに――フーロイドの名のもとに置いて、という文言を追加することに意味がある」


「……はぁ」


「つまりは、こやつが何か事を起こすときにはこのワシフーロイドが全責任を負う、ということじゃの。幸いワシの元の肩書は「宮廷魔術師」というものがある。その弟子というものには自分でいうのも何じゃが、上の者にとってはそれなりに意味のある言葉になって来る。後々に得になるということはさておき、損になることはないはずじゃ」


 フーロイドの解説に、馬の準備を行っていたルクシアが「フーロイド様の正式な弟子になる、ということはある筋にとってはとても貴重なことなのです。これはある種の誉ですよ」と師を持ち上げる。


「今まで幾人もの方々がフーロイド様を慕って弟子入りをしにきた。にも拘わらずフーロイド様は昔は頑なに弟子を取ろうとしなかった。今でこそフーロイド様の名前を知らぬものが増えてきましたが、一時代を築いたあのオートル魔法研究所局長でもあるオートル様の師となられるお方。それは私が保証しますよ」


 得意げに語るルクシアに苦笑いを浮かべる二人だったが、代表をしたファンジオが「大丈夫だ」とフーロイドに語り掛ける。


「別にアンタが偉かろうが偉くなかろうが、アランの師になってくれていることには感謝してるんだ。な、アラン」


 ファンジオがアランの頭をなでると、当の本人はにっこりと笑みを浮かべる。


「『おうと』でもフー爺とあそべるの?」


「お主は相変わらずそこなのじゃな!」


「だってフー爺おもしろいもん。ルクシアさんも、さいきんすっごくわらってくれるし……えへへ~」


「……わ、笑ってますかね?」


 そんな照れを若干醸し出すルクシアに、「っふぉっふぉっふぉ」といつものような枯れた笑い声を出したフーロイドは、眼前に座るアランをじっと見つめた。


「さて、本題じゃ……アラン」


「んー?」


「単刀直入に聞こう。お主、何を成し遂げたいのかね?」


 フーロイドの眼差しは真剣そのものだった。

 それは、師弟の契りを結ぶにあたる必須条件でもあった。

 師は弟子を導くために何をすべきか、何をするのかを紙に記載する掟がある。

 それに向かって師弟が力を合わせてことを為す――。それは漠然的であっても、具体的であっても構わないものだ。

 そこに『意思』さえあれば、問題はないのだから。

 思惑に反してアランは「どーでもいいよ、そんなの!」と笑みを浮かべる。


「ぼくね、パパといっしょにおっきいかいぶつたおしたんだよ! しょうらいはパパといっしょにいろんなとこでいろんなかいぶつやっつける!」


「……ほう」


 アランの決意表明にファンジオは興味を示す。


「パパ、かっこよかったもん。ぼく、『パパみたいになりたい』!!」


 そんなアランの漠然とした目標に、そこにいた皆が苦笑を示した。

 当の本人であるファンジオは「悪くねぇ目標じゃねぇか」とくしゃくしゃとアランの頭を撫でてやる。


「……それでいいんじゃな、アラン」


「うん!」


 アランは母親に教わりながら、書類に少しずつ調印していく。

 師弟の契りの記述欄には、幼い文字でこう書かれてあったのだ。


 ――『パパのようなつよいおとこになる!』


 こうして一行は、王都へ向かうこととなる――。


面白い、続きが気になる、作者頑張れ!と思っていただけたら是非とも新しくなった★評価(この話の下部から出来ます)、感想など宜しくお願いします!

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