エピローグ①:残された者
一行はコシャ村に向かっていた。
霧隠龍はファンジオとアランによって撃破されたが、その事後報告をする必要があったからだ。
馬車の中でアガル達によって話されたことは、今回のファンジオ一家襲撃事件、そしてアーリの森から生き延びた二人から聞いたアーリの森討伐隊の二つの出来事。
その結果、全十八人で組んでいた編成の内、死者はエラムを含む十四人。そして生存者はアガルを含む四人というかつてない悲劇をもたらしてしまっていた。
「……悪かった」
馬車の中で両手両足を縛られたアガルが身を丸くして口にしたのは贖罪の言葉だった。
全ての顛末を聞いたマインは口をきゅっと結ぶ。
その目に浮かんでいたのは怒りの感情。
「悪かった……?」
ガタゴトと揺れる車内でマインはふと立ち上がった。
ルクシアの張った防御結界がある中で馬車に乗っていたのはアガル含める猟師四人、エイレン、そしてファンジオ、アラン、マイン。
ルクシアとフーロイドは悠々と前を走る二頭に鞭を打つ。
エイレンは気を失っていた。先ほどのエラムが捕食されているところを彼女は少なからず見てしまっていたからだ。
いくらアガルがそれを静止しようとしていても、彼女は中途半端にそれを目撃してしまっている。
事を当事者であるファンジオに問い詰めると、彼女の気持ちを察したファンジオがあえて全てを放した。一度は我慢しかけたが、まだ九歳の少女。まるで川が決壊したかのように泣きだし、眠ってしまっている。
マインは、魔法力の過度な使用によって馬車に横たわる息子を一瞥した。
馬車の動きを直接受けないようにと、息子の身体の下に敷いた長めのタオルが動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
エラムの形見である剣を持つファンジオは、馬車の揺れによるものではないマインの身体の揺れに何も言わなかった。
切ない顔をした夫を見ても、マインの心は何一つ変わらなかった。
「……謝らないでくださいよ」
マインは躊躇わなかった。
揺れる馬車に足を滑らせることもなく、一歩、一歩アガルに近づいていったマイン。
目を閉じ、仮初の謝罪を受けるファンジオは「ちっ」と舌打ちをする中で。
パンッ
小気味の良い音が馬車の後部に響き渡った。
「あなたが謝ったところで、終わったことは変わりません」
それはマインが人生の中で初めて人に手を上げた瞬間だった。
彼女が放ったその平手打ちの一撃にアガルの体勢が一気に崩れて、揺れ動く馬車の端にかかる防御結界に打ち付けられた。
「あなたが謝ったところで、ファンジオが受けた苦しみも、アランが背負った寂しさも――何一つ、消えることはありません」
マインは自身も涙を零しながら続ける。
「あなたが謝るならば、今までの私たちの全てが否定されることになります。ですが、謝罪は受け取ります。でも……! 少なくとも私はあなた方を許すことなど出来ません……!」
目の端に浮かんだ涙をふき取ったマインは小さくお辞儀をしてアランの隣に正座をした。
ファンジオが鋭い目つきで村の猟師たち四人を睨み付ける中、馬車の後部では静寂に包まれる時間が過ぎていった――。
○○○
コシャ村に到着した一行は二つに分けられていた。
一つに、アガル率いる四人の猟師とエイレンを含む村人たち。
そしてもう一つはファンジオ一家とフーロイド、ルクシアだ。
アガル率いる五人は苦い顔をして村の中に入っていく。その先にいるのは今回、猟師たちに出撃の許可をした現村長でもあるオルジだ。
送った人数と帰ってきた人数。そして帰ってきた四人の損傷具合に顔を青ざめている。
今回の件では、村の人たちに特別なことなどは何も言っていない。
すべてはエラムたちの独断専行であり、それを認可したオルジの責任。
いわば、「いつものように猟をしにいった男達」が帰ってくるはずだったのだからその驚きは尋常ではないものだった。
「……ファンジオ、お主は行かんでもよいのか?」
ルクシアが馬を柱に繋ぎ止める中で、フーロイドは意地悪くファンジオに目を向ける。
ファンジオはそれに対して「馬鹿言うんじゃねーよ……」と苦笑を浮かべた。
「俺はコシャ村の人間を殺してる。そんな奴がコシャの人たちに会いにいけるもんかよ」
「自衛の手段の一つじゃった――とは考えられんのか? お主は敵を殺めねば自らの命を落とす所じゃった。そうは考えられんものかの」
「フー爺みたいにはなれねぇよ、俺は」
「――……ほう、主にワシが分かるのか?」
「さぁな。少なくとも自分から話さねえだろうから俺には分からんぜ」
「……ともかく、生存した者も皮肉なもんじゃのう」
強引に話を変えるかのようなフーロイドの発言に乗ったファンジオは、「ああ」と真面目な表情を呈した。
「生存者も、残された者にとっても辛いことだ。少なくとも、今まで通りのコシャ村ではいられないだろうよ……」
含みを持ったようなファンジオの言に「ふん」と鼻を鳴らすフーロイド。
そんな中で、馬車の荷台から「んー……」と間延びしたような声。それと共に寝ぼけ眼を擦りながら四人の前に立ったのは、アランだった。
「ここって……」
アランはコシャ村へ続く一本道を眺めて呟いた。
気を利かせたマインは風で白髪を揺らしながらも「あなたの産まれた場所よ」と笑みを浮かべる。
「うまれた……ばしょ……」
アランはふと、自らの本来産まれた場所を眺め見ていたのだった。
それは実感もまったく分からない一つの世界のこととしかアランは感じることが出来なかった。
「…………」
アランを吹き抜けるようにして温かな風が頬を小さく撫でていった。
○○○
事の顛末をアガルから聞いたエイレンの母親――キーネは嗚咽を漏らすしか出来なかった。
朝にいつものように出ていった夫が死んだ。その淡白な事実を自らで噛み砕き、反芻し、理解するのはそう容易なことではなかった。
村の中央で突如行われた緊急の集会。その中心にいるのは村長でもありコシャ村での最高責任者のオルジ。そして今件の生存者であるアガル筆頭の四人。
四人の説明を聞いた残された者は様々だった。
息子を亡くした者、親を亡くした者、愛する者を亡くした者――。
それはキーネも例外ではなかった。
母親に寄り添うエイレン・ニーナは再び涙を流してしまっていた。
――勿論さ。
エラムの言葉が、エイレンの脳内で再生される。
――ビッグな話を持ち帰ってやろう。
そんな陽気な父親の言葉を聞くことは、もう出来ない。
「ああ……ああああああっ! ……うぁぁぁ……あああ!」
母親の慟哭。村人の嗚咽。
だが、それでも彼らは帰っては来ない。
その淡々とした事実がさらにエイレンの胸を絞めつける。
そんな様子を見るアガルはごくりと生唾を飲み込んだ。
自らの犯した過ちと、生き残ったことへの罪悪感が彼を次々に支配していく。
アガルは、ファンジオが人を殺めたということは完全に隠そうと心の底で決めていた。
墓まで持っていく覚悟で、猟師は全員霧隠龍に食い殺されたことに。
――この日、一つの村はある種の分岐点を、そしてある種の崩壊を迎えていた。
二度と戻らない時を。二度と戻らない日常を。誰もが後悔せざるを得なかった――。
エピローグなのですが、あまりに長くなりそうだったので二分割するかどうか……という調整で投稿が遅れてしまいました。
すいません。もう一話エピローグを……。




