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小さな猟師

 世界が光に包まれた。

 その光は、自然をも、人工をも遥かに超越した存在。


 ――さながら、神が作り出した産物のようだった。


「……な……!?」


 ファンジオの目の前を覆っていた濃霧が、鋭い剣で裂かれたかのように二つに分裂する。

 何も見えなかったその白い空間の中に突如現れたその一閃に自分の目を疑った。

 自身の目の前に現れたのは、護るべき存在だった。

 濃霧を一閃で切り開いたのは一人の小さな少年。

 辺りは依然として白い空間を形成していたが、ファンジオの眼前には霧隠龍ファントム・ドラゴン。そしてその奥にはアーリの森の緑が見えている。


「パパを……!」


 突如姿を現した少年は自身よりも遥かに大きな存在を前に、少しも臆することなくギラリと狩る者(・・・)の眼光を突き付けた。


「パパを、いじめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ファンジオの前に盾を作るように立ちはだかったアランは両手を広げた。

 それに呼応するかのように天からの一閃を霧隠龍ファントム・ドラゴンに打ち付ける。


「ヒョゥゥゥゥァァァァァッ!!」


 耳を劈く甲高い悲鳴を上げた霧隠龍ファントム・ドラゴンの肢体に雷の電流が直撃。

 眩い黄金色が龍の身体を包んでいく。

 

 再び視界を塞ごうとする濃霧を切り払うかのようにアランの両手には膨大量の魔法力が込められている。

 白球浮動によって、遥か天遠くまで届いたその魔法力を使役したアランが放ったのは風魔法に似た波動を呈していた。


 ゴウッ


 アランの両の手から噴射されたのは、二人を中心とした二つの風の渦。

 それぞれ違う回転を呈すその暴風は二人から遠ざかるようにして通り過ぎていく。

 


「これは――!」


 身の回りの草を巻き込みながら異常発達したその風の渦は空間を白く染め上げていた濃霧すらも巻き込んで辺りに散らしていく。

 霧隠龍ファントム・ドラゴンによって封じられていた視界がアランの生じさせた暴風の渦によって横にそれていく。

 それに伴う回転した暴風により吸収された濃霧は彼らの前の視界を明瞭にしていった。


「……あ、アラン……?」


 ファンジオは右手に持っていた剣を強く握りしめてにやりと口角をあげる。

 眼前にはブスブスと黒い煙を体から放ちながら立ち上がる霧隠龍ファントム・ドラゴン。龍さえも自らの技を破って突如現れた一人の少年を訝しむかの如く首を軽く捻っていた。


「ママがおこってた! ないてた!」


 アランはファンジオの方をあえて向き直りはしなかった。

 視界が明瞭化し、眼前の霧隠龍ファントム・ドラゴンから一切目を反らさずにアランは声を荒げる。


「パパはぼくがまもるもん! ママ、なかせないもん! パパはつよいもん! ぜったいに、まけないもん!!」


 ガルルルルと威嚇する小さな猟師にファンジオの目頭がふと熱くなった。

 降りしきる雨はまだ止まなかった。天では未だに小さな雷鳴が響き渡っている。

 何故逃げたはずの息子がここにいるのか、何故アランがこれほどまでに強大な何らかの属性魔法を使えるのかなど、考える余地はなかった。


「……大きくなったな、アラン」

 

 窮地であるからこそ知った我が子の成長だった。

 少し前までは腕に抱えるほどの大きさしかなかった息子が、今はこうして自分を守ろうとしてくれている。

 幼く小さな体が果てしなく大きく見えた。


 霧隠龍ファントム・ドラゴンはもう一度囲い霧を発生させようとすべく翼を大きく広げ始めた。焦げた臭いが場に広がる。

 雷で倒せなかったのはアランの魔法力がまだ、まばらで歪、未熟だったからだ。

 それが龍に生を奪うまでに至らせなかった要因だった――が、ファンジオは確信にも似たものを直感的に感じていた。

 これだけの雨の量ならば囲い霧を発生させるのには充分だろうと判断したファンジオはにやりと笑みを浮かべる。


「コイツを狩って、ママに見せびらかせてやろう。パパとアランはこんなにすごいんだぞって、ママに褒めてもらおう」


ファンジオは左手で己の目頭を小さく摘まんだ。


 ――なぁ、マイン。


「パパといっしょだー!」


 ――俺たちの息子は、こんなに優しくなった。


 ファンジオは挙動少なく剣を持ち直した。

 つい数刻前まで時間稼ぎをするために自分の命を捧げようとしていた。

 妻と息子が逃げる時間を稼ぐために。妻と息子を――護るために。

 

 だが、ファンジオの心にもうその選択肢は微塵もない。


「生きて、帰って、飯食うぞアラン!」


「おー!」


 ――俺たちの息子は、こんなに大きくなったんだ。

 

 ファンジオは自らの前に立った小さな猟師(・・・・・)を一瞥した。

 その猟師・・はファンジオが今まで出会った中で最も強く、最も美しいように感じられていた。


「アラン、魔法は使えるな?」


「うん、なんかへんなかんじする。いつもとちがって、ぶしゃーって、ぐわーってくる」


「おう。それが分かってたら十分だ!」


 そんな問答を繰り返す中でも眼前の白い龍の翼に宿る蒼い粉塵が再び宙に霧散。

 ファンジオはアランの横でじっと目を凝らす。

 アランを護るべき存在としてではなく、共に強敵に立ち向かう一人の猟師としてファンジオは受け取った。


「狙うは装甲の薄い心臓部分だな……。いいか、アラン」


 ファンジオは直剣の先を霧隠龍ファントム・ドラゴンに向ける。

 父親の言葉に、アランは若干緊張の念を感じさせながらも小さくこくりと頷いた。

霧隠龍ファントム・ドラゴンはその粉塵を二人に向けて放つ。同時に周りの雨を吸収するようにして徐々に白い空間が形成されつつあった。

 先ほどよりも雨脚は強くなり、濃霧の形成も早く、濃密度も高くなる。

 自らの視界を塞ぐほどの濃霧が形成されたその瞬間、ファンジオは力の限り眼前の龍を目指して大地を蹴り上げた。


「やれ、アランッ!!」


 ファンジオの指示と同時に、アランは腕を再び広げる。


「いっけええええええええ!!」


 先ほどよりも遥かに嚢密度の高い風の嵐が左右にそれぞれ一つずつ形成され、瞬時に彼らの視界から白い空間を排除していく。


「ヒョ……ォォォォォ……ォォォォォォォォォッ!!」


 霧隠龍ファントム・ドラゴンは今まさに、ファンジオ達を喰らおうとしていた。

 その牙を剥きだしにして、翼で彼らを覆うような体制を取っていた龍の胸はがら空きに等しかった。


「……パパ!」


 息子の声は近かった。

 先ほどまで逃がしていた時よりもずっと、ずっと近くに。


 ――ありがとう、アラン。


 ファンジオは自身の剣先に二人分の魂を込めて霧隠龍ファントム・ドラゴンの胸に激しい一閃を喰らわせた。

 霧隠龍ファントム・ドラゴンの討伐を、親子ふたりで成し遂げた瞬間でもあった――。

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