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親と親

「フー爺、転移魔法アイテムは残ってないのか?」


 ファンジオは強く覚悟を固めていた。

 それを察したフーロイドはアガルと男を縛るロープを二本持ち、引きずるような形をとり右手に掴む。


「一つは残っておる――が、アレを使用するには結構な時間と空気の乱れが全くないことも含めかなり細かい条件が整っておらんといかんでの。ここで使っても不発に終わるだけ……じゃの」


 フーロイドは言葉を重ねながら、懐から蒼に光る小さな石のようなものを取り出した。

 転移魔法アイテム。その遺志に内蔵されているのは特殊な魔法に誓い類のものだ。


「……だよな、わかった」


 達観したかのような表情を浮かべるファンジオ。


「お主、死ぬ気か?」


「……さぁな。だが、出来るだけ遠くへ逃げてくれ。村人てきの始末についてはフー爺に任せる……。アランと、マインを、絶対に護りきってくれ」


 怪訝そうな表情を浮かべるのはフーロイド。


「勝算はあるのか?」


「まあ、足止めくらいにはなるだろう。村と、逃げているフー爺たちの元に向かわせない程度のことは出来るはずだ。完全に勝機がないわけではないがな」


 ファンジオは小さく笑みを浮かべた。手に持った直剣を強く握り直した一家の大黒柱は家の方面に、死にそうな表情で向かってくるエラムを一瞥する。


「あがっ……うぐっ……ああ……待っで……うう……た、たずけでぐれぇ……あっ……!」


 足を引きずりながら、涙を、鼻水を、血を垂れ流しながらやって来る旧友の姿にファンジオが心を動かされたかと言われれば、それは否だ。

 むしろ彼の後方から執拗なまでにエラムを追い詰めようとする霧隠龍ファントム・ドラゴンの行動こそが脅威だった。


「ちなみにフー爺。アンタ、霧隠龍ファントム・ドラゴンを倒すくらいの魔法か物理攻撃って出来るか?」


「出来る――と言いたいところじゃがの。残念ながら現役を引退した身。あんな化け物を倒せるような魔法や力はもはやワシにはない。ワシに出来ることは後進の育成くらいなもんじゃ。それはルクシアも同じじゃ。奴の魔法もまだ完全ではない。攻撃としても対人性のものばかりで主のように狩りに特化した戦闘は不可能と考えるがよい」


  冷静なフーロイドの分析に、ファンジオは剣を持ち、「そうか……ま、だよなぁ」と苦笑いにも似た表情を浮かべて伸びをする。


「ルクシアに転移魔法アイテムを渡して王都に向かい救援を要請する。それまでは耐えて見せよ、ファンジオ」


「……救援を呼んでくれるか、なるほど、恩に着るぜフー爺」


「どのみちあの類の化け物を放っておけばコシャだけではなく甚大な被害を食いそうじゃしのう。長年姿を現さんかった『森の主』を殺るにはこの好機、捨て置けぬでな」


「まぁ、あいつらを王都に逃がすよりかはルクシア経由で増援を呼んだ方が危険を減少させるっつー確実性は遥かに増すな……」


「ふん、才能の芽を潰されては元も子もないからのぅ。……ルクシア! 馬車の用意をせい! すぐにこの場から立ち去るぞ!!」


 そんなフーロイドの声に、家の中から「はい!?」と声を荒げるルクシアは、即座に家の中から飛び出して遠くに見える霧隠龍ファントム・ドラゴンを見た瞬間に状況を察知。素早く馬車を呼び寄せるべく魔法の詠唱に入った。

 そんな中で、後ろ手を縛られているアガルはファンジオを見上げて、唾液を飛ばしながらもファンジオに嘆願した。


「ファンジオ! アイツを倒すつもりなら、俺も何か手伝わせてくれ! 何でもする! だから、頼む! 俺を使ってくれよ、なぁ!」


「……いや、ダメだ」


「何が信用できない! 約束しよう、俺は後ろからお前を突き刺すなどと言う卑劣な真似は決してしないと神に誓う!」


「悪いが、受け入れられない」


 ファンジオの冷徹な言葉がアガルの胸の奥底に重く、深く突き刺さっていた。

 猟師としてのなけなしのプライドを捨ててまで頼み込んだことが了承されなかった――と。

 ギリと歯ぎしりをするアガルは呟いた。


「……お前が俺たちを信用できないのは分かっている……。だが、これだけは本当だ。信じてくれ。都合がいいことくらい分かるし、信用できないことももっともだ」


 「これこれ、無駄に動くでない」と、ファンジオに食ってかかろうとするアガルを制止するかのようにフーロイドは縄を持ち直す。


「アガル。俺はお前自体を信用していないわけじゃないんだぜ?」


「――だったら!」


「俺が信じていないのはお前たち(・・・・)の腕(・・)だ。お前が加勢に来たところで犬死ぬことは分かりきっている。アイツはおそらく親龍。無為に死体を増やせばその血の匂いを嗅いで霧隠龍(ファントム・ドラゴン)の子龍を呼び寄せる可能性がある。だからお前らには行かせたくないだけだ。――来るだけ無駄だ」


「……お、俺たちの……腕……?」


「だから、霧隠龍ファントム・ドラゴンの良いような遊び場(練習台)にされているんだろう?」


 ファンジオは見下すこともなく、蔑むこともなく、ただ一人の人間として――真っ向な猟師としての立場としてアガルに向き直った。


「弱い者は狩られる。猟師の世界は人も、獣も弱肉強食に過ぎん。霧隠龍ファントム・ドラゴンは血の匂いに敏感だ。エラムがこちらに逃げてくることに加えて俺がさっき斬り落とした奴の臭いを嗅いでここに迫る可能性は高い」


 ファンジオはなおも続ける。


「ここに来ると分かっている以上妻や息子をこの場に置いておくにはいかない。だから逃げろと言っている。お前等では役立たずなんだと言っているんだ! それが分かればさっさと逃げろ! 臭いの痕跡を一つでも多く残せば、匂いをたどって村に行く可能性も捨てきれない。お前たちは村一つ潰したいのか⁉」


 ファンジオの迫真の言葉に、アガルは何も言い返せなかった。

 自身のなけなしの猟師としてのプライドを全て粉々に打ち砕かれたアガルには何の返答も出来ない。

 ここにいても役立たず。むしろ、盾になってファンジオを護ることすら考え始めていたアガルに突き付けられたのは非常な現実だった。

 自分を信じてもらえなかったわけでなく、自分の腕を信じてもらえない。

 そしてその現実が紛れもなく目の前(エラム)が体現している。


「……フー爺」


 ファンジオは一歩、一歩と裏庭を抜けていく。


「あー……こんなこと言いたくねぇんだが、頼まれてくれるか?」


「聞くだけ聞いておこう」


「いろいろ楽しかったって。いっぱい飯食って、いっぱい寝て、いっぱいいろんなことしろってアランに伝えといてくれ。で、マインには一言だけ『すまん』って伝えといてくれ」


「っふぉっふぉっふぉ。この老骨は物覚えが悪くてのぅ」


 フーロイドは自身を直撃する雨を自身の防御結界で防ぎながら、にやりと笑みを浮かべる。


「自分で伝えるがよい。ここから村まではそう時間はかかるまい。ワシらは村に避難して防御結界を張っておくのでな。村への説得はこやつらにやらせるぞよ」


 と、引きずる二人の男を指しながら言うフーロイド。


「手厳しいな……」


 小さくため息とともに苦笑を零したファンジオは「よっし」と片頬を自らの手でビンタして戒める。

 フーロイドは一人の男の生き様に心を決めて、彼とは反対方向に縛った男二人を引きずっていく。

 一人は既にフーロイドの催眠により眠らされている。アガルは、呆然自失としていた様子でフーロイドの判断で催眠魔法はかけずにおいた。

 その先にはフェイクのために準備していた馬車がある。馬車の荷台に乗せられているのはマイン、そしてアラン。

 降りしきる風と雨に身を濡らしながら必死に荷台から駆け下りようとするマインを制止するのはルクシアだ。

 ルクシアは特殊な防御結界を馬車に張り巡らせた。ドン、ドンとマインは結界を叩くも、それから先には出ることすらままならない。

 エイレンはことの顛末に怯えて荷台で身を丸めている。

 マインは必至の悲鳴を上げようとするが防御結界によってその声、雨は全て遮られている。

 アランは、何が起こったのか分からない――といった様子で外を眺めていたが、次第に事を理解し始めている。

 己の父親が、身をもって自分たちを守ろうとしていることは幼いアランでさえも理解することが出来ていた。


 風が木々をざわつかせ、激しい雨が地面を穿った。

 まるで、天が激しい方向を上げているかのように空気は震え、消えゆかんと心を決めた一つの命に更なる不安の種を植えつけてゆく。


「--頼む」


 男はずっと目を瞑っていた。雷の轟音が鳴り響くたびに、「大丈夫だ」と呟いていた。その男は、自分自身で言葉を反芻するかのように、何度も何度も神に祈っていた。

 その直後、窓の外で金色の光が一度点滅。天を割るかのような轟音が鳴り響いたのはそのたった数秒後だった


「あの時も、こんな天気だったなぁ、アラン」


 一歩、一歩。

 生を振り絞るようにファンジオは足を動かした。


 アランが産まれたその日も、辺りは雷雨に包まれていたことをファンジオは記憶から掘り起こしていた。


「よくもまぁ、落雷から生き延びたもんだ、お前は凄いよ、アラン」


 一歩、一歩。草原の中腹に行けばエラムが見える。


「ひぎぃ! ひぎぃ! ……っ! ファンジオ、助け……助けに……!」


 エラムはひどい形相でこちらに向かおうとするが、彼を囲うようにして突如出現した霧。

 人間の優に十倍は超すであろう一頭の霧隠龍ファントム・ドラゴンが生み出した囲い霧と呼ばれる現象。

 器用にもエラムの周囲五メートルに霧を発生させているために、ファンジオからは霧のボールのようにしか見えない。

 あの中では霧隠龍ファントム・ドラゴンの作る特殊な物質のせいで方向感覚さえも失ってしまう。

 霧の中に共に潜った霧隠龍ファントム・ドラゴンとエラム。狩る者と、狩られる者。ただそれだけの関係に過ぎなかった。


「あっぎゃあああああぁ……ぁぁぁ……ぁ……」


 ベシャ、ゴキリ、グチュ、ガチュ……。


 そんな霧が晴れた後に残っていたのは、霧隠龍ファントム・ドラゴンの胸に付着した血痕だけとなっていた。


「悪いな、エラム……。今は感傷に浸っているわけにはいかないんだ……。本当に、すまない。俺にはまだやらなきゃいけねえことがあるんでな……」


 かつての猟友りょうゆうを救えなかったことの罪悪感は皆無に等しかった。

 今のファンジオにあるものは、自身が死んでも何が何でも家族を逃がし、護ること。


 ――確率は五十パーセント……いや、それよりもずっと低いな……。


 ふと、霧隠龍ファントム・ドラゴンとファンジオとの目が合った。

 両雄、一歩も引きさがろうとはしない。


「なるほど……お前、母ちゃんか。子育ての真っ最中ってとこだな……。俺と一緒だな、お前。子育て、大変だろう」


 にかりと笑みを浮かべた。


「飯がないと泣き、構ってもらえねえと泣き、笑ったと思えば泣き、気分で泣く。大変だろうよ、お前さんも」


 脳裏に浮かんだのは、日々の思い出だった。

 アランと、マインと――孤独であって孤独でなかった一家に現れたのはフーロイド、ルクシア、エイレン。


「……さてと。同じ子育て中の親だ。互いが互いの子のために命を削るんだ。悪かねぇ」


 ファンジオは、自身よりも遥かに大きな体を持つ龍を一瞥する。

 翼を広げたそれからは、怪しげな物質が分泌される。

 眼球は紅に染まっている。頬や胸は所々赤がこびり付いているが、基本的には真っ白だ。

 色一つ付いていない、綺麗な白だった。

 その瞬間――。


「ヒョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 ファンジオを中心として、範囲の広い白い濃霧が辺りを支配した――。


コシャ村編、クライマックス!

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