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本当の狩猟

アーリの森で、枝をポキリ、ポキリと折って道筋を確認しながら、隠れる生物、もしくは変わり種のあるものを採取しようと目論んで血眼になっているのはエラム・ニーナ率いるアーリの森狩猟隊十四人。 

 一時的なリーダーであるエラムを先頭に彼らは既に三体の動物を手にしている。


「この時点で、肝臓に価値ある血染狼ブラッドウルフ、上質な肉を持つとして有名な筋肉狼マッスルウルフ、そして特別な頭蓋で値が高い白兎びゃくと……か。コシャ森でもなかなか出会えない上物と、こんな簡単に遭遇できるとは……。コシャ森で頑張ってる俺たちがアホみたいに思えてくるな」


 先頭を歩むエラムが一人ごちると、そのすぐ後方で木の枝を避けながら歩く一人がエラムに向かって仮説を立てる。


「コシャ森とアーリの森の境界線……。あそこは個々の生物群がそれぞれの多様性を維持しているだろう?」


「……ああ」


「まさかとは思うが、コシャの森に時々来た獣たちは、アーリの森からコシャに移ってきた……とも考えられるんじゃないか?」


「ってことは、元々コシャ森にいたコイツらは、アーリの森から来たってことになるのか……。ますます利権を独り占めしてる悪魔の家系(ファンジオ)は許すことは出来ねぇなぁ!」


「お、落ち着けってエラム……。前見ろ、前」


 男に言葉を投げかけられてやっとのことでエラムは落ち着きを取り戻していた。

 雨は未だに強く、草独特の青臭さが鼻につく中で彼らの狩りは続く。

 エラムは後方を度々確認しながら森の中央へと進んでいく。地図などはない。

 雨の日の狩猟は危険が伴いがちである。

 それくらいはエラムも承知している。

 だが、デメリットが強い時にはその分潤沢なメリットも多くなる。だからこそ、ここまで簡単にレアなモンスターを狩ることが出来たのだった。


「が――ファンジオは居そうにねぇか……。居たとしてもこの雨ならばとうに戻っているはずだ。この森は俺たちの独壇場とそう考えてもいいだろう」


 エラムの推測を傍で聞いていた男は手持ちの剣を一瞥した。


「ってことはこの森は今、俺たちの物ってことだなぁ。アガルがちゃんと仕留めればいいが……出来るのか?」


 そんな男の質問に対してエラムは、即答で「大丈夫だ」と答えた。


「ファンジオは昔っから甘い。そういう奴だ……。そこを見間違えずに利用しさえすれば簡単に俺たちの手に落ちるさ。アガルも、俺も。ファンジオのことはよくよく知っているつもりだ。まあ――昔の話だがな」


 そう昔を邂逅するかのようなエラムは、「『悪魔の子』など……すぐに捨てればこうはなっていなかったんだぞ……ファンジオ」と一人ごちる。


 一行はエラムの孕む少しの怒気に宛てられつつも先へ進む。

 森は徐々に深く、深くなっていく。雨が木々に当たり、水滴が地面へと滴下されていく――そんな中だった。


「……ファンジオ?」


 エラムは目を凝らした。

 そこは木々がなく、草原しかない。家が十個入るくらいの小さな広場。

 木々がない理由として、巨木が倒れ、それが朽ちてからそこから先に何も起こらないギャップという場所ではないか――そうエラムが判断するのにそう時間はかからなかった。

 それよりも彼が気になっていたこととして挙げられるのは、その広場の中央にファンジオが佇んでいたということだった。


「……何故動かない……?」


 木々の陰では、アーリの森狩猟隊の面々が弓を構えだした。

 だが、彼らの前、広場の中央には猟に使う服を着用し、背中には弓を構えたファンジオがいる。


「どういうことだ……?」


 エラムががさりと音を立てて広場の中央に向かう。

 それに連れられて他のメンツも弓を番えつつその場に近寄った――その時。


「ヒョオオォォォォォォォォォッ!!」


 ふと、反対側から来るのは、彼らの優に十倍はあろう巨大な生物だった。


「なに!?」


 広場に出た彼らを覆うように霧が発生する。辛うじて見えていたファンジオのその姿が一気に瓦解していく。

 それを見た一人が「こ、これは土です!!」と声を上げた。


「……み、見えません! どこにいますか!? 何が起こってるんですか!?」


 辺りは混乱に満ちていた。


 瓦解したファンジオのそれは、土魔法。

 ファンジオが以前この時に備えて作っていた疑似的な、彼自身を模した像だったのだ。


「土魔法……! ファンジオ――貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 まんまと出し抜かれたエラムの雄叫び。

 そして辺りを支配する濃い霧。


「ヒョォッ! ヒョォーーーーーッ!!」


 そこに現れたのは、一体のドラゴンだった。

 彼らはまだ正体を掴むことは出来ない。

 だが、そのドラゴンこそがファンジオの最も恐れていた生物でもあり、この森が指定危険区域に制定された元凶の生物でもある。

 アーリの『森の主』として何十年もその場に君臨し、来る者すべてを拒み、屠るドラゴン。


 ――霧隠龍ファントム・ドラゴン


 その一対の羽から分泌されるのは、雲の中の水分を故意的に落とす物質。

 その能力を使役し、気まぐれに雨を落とすその龍に見つかって生き延びた者は未だいない。

 この森を指定危険区域だと知ったファンジオは事前に王都でこの森のことを調べていた。

 だからこそ、アランの予報が不確定ながらも少しだけでも「雨」と予報されていれば家にとどまっていたのだ。

 全ては自衛のために。全ては生き残るために。

 ファンジオは危険を賭して、この森へと挑んでいた。

 無論、そのことを知る由もない村の猟師たちは霧の中でもがき、苦しむ。

 一メートル先すらも見通すことのできない悪視界の中で響くのは――悲鳴だった。


「うぎゃあああああああ!!」


――バキ、グシャ、ベト、ドチャグチュ……。


「……ぐっ! 嘘だろ……冗談じゃねぇ! 何でこんなことに……!」


 エラムの悲痛な叫び。

 ピッと手に付いた水滴と物質を眺め見るが、それは霧による水分ではなかった。

 血、そして生々しいまでにピンクの色をした肉。

 肉の塊がエラムの右手を伝って、ボトリと地に落ちていく。


「……死ぬのか……? こんなところで……冗談じゃねぇ……!」


 やっとの思いで手を伸ばし、木を掴んだエラムはそれに寄り添うようにして木々を伝っていた。


「――逃げろ……逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ……!」


 声を涸らすようにして広場をうろつき回るエラム。だが、足が回らない。

 ガクガクと足を震わせながら這いつくばるようにして逃げ場を求めるエラム。

 その横では再びボトリと腕が落ちていく。


「あ、遊んでやがる……! 遊んでやがる……! うう……ああ!」


 霧隠龍の視界はこの霧の中でも何ら支障はない。

 その中にはまだ人間と同じような体長しかない二体の霧隠龍ファントム・ドラゴンが実はいた。

 母である龍がいつも以上に濃い霧を形成し、その子供たちである子龍に狩りを教えている最中だった。

 そんなことを知らないエラムたちアーリの森討伐隊の悲鳴が場に響き渡る。

 少しでも誰かが森の外に出ようとすれば、母龍がそれを阻止すべく翼を使って広場の中央に引きずり戻す。

 数人を逃したことに対する母龍の行動は至って冷静だった。

 稚拙な狩を繰り返す子龍を教育するかのような母龍の狩り。

 そしてそれを見て、実践する子龍。

 その場はまさに、自然の洗礼だった。


「……だ、誰……か……」


 エラムは周りから続々と声が消えていくのをただ聞いていることしか出来ずにいたのだった――。


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