快晴と降雨
秘密裏に行われた村の猟師たちによる、村長オルジへの直談判からはや三日。
その日は快晴だった。
「いってきまーす!」
そう元気に声を出したのは、エイレン・ニーナ。
いつもの通り、家で村で収穫した野菜や果物、食物などを調理した朝ご飯を食べた彼女は背に少しの食料を携えた簡易的なカバンを一瞥した。
「あ、ちょっと待てエイレン。話があるんだ」
玄関から勢いよく飛び出ようとするその少女を食い止めたのは、彼女の父親でもあるエラム・ニーナ。
鬣のような茶の色をした髪の毛に不精髭。そして少しばかり厳しい目つきのエラムは、食べていたカイムと呼ばれる甘酸っぱい果物を皿の上に置いてエイレンの近くに寄る。
「前々から気になってはいたことだ。最近お前が妙に嬉しそうでな……。どこか良い遊び場所でも見つけたのか?」
そのエラムの言葉に、ビクゥッと肩をすくませるエイレン。
「っはは……。大当たりのようだな。別に責めているわけじゃあないさ。どうせ、ドルジ達も一緒だろう?」
「う、うん……!」
ドルジ。コシャ村長の孫でありながら、子供たちのガキ大将的な存在だ。
そんなドルジに村の大人たちは全幅の信頼を寄せている。次期村長候補ともささやかれている噂は伊達ではない。
「遊びたい盛りの子供たちを注意するわけではないが……今日は父さん達は特別な狩りがあるんだ。村の外には出ないようにしてくれよ?」
「とくべつなかり?」
「そうだ。いつもよりもちょっとばかり遠い場所で、村の強い人みんなで行くんだ。村の外にいると、被害を食っちまうかもしれない。子供たちだけで村の外にいるのは今日は危険なんだ。分かったかい?」
エラムの忠告に、エイレンは「はーい!」と声を上げた。
「とくべつなかりって、すごいものとれるの!? かえったらおはなし聞かせてね!」
「勿論さ。ビッグな話を持ち帰ってやろう。だから、それまでいい子にしてるんだぞ」
わしゃわしゃとエイレンの頭を撫でる大人の手に、彼女は身を委ねていた。
エイレンは、そんなエラムを心の底から慕っている。
ただ、前に一度だけ、彼の前でアラン・ノエルの話をしたことがあった。
その時にとてつもなく怖い顔をしていたもあり、彼女は今の遊び相手がアランだということは隠している。
――むらではだまっておかなきゃ。
幼いながらも、「アラン・ノエル」という人物が危険であるということは村の中でも常識となっている。
だが、エイレンだけは認識が違った。
アラン・ノエルとは、普通の男の子で、普通の遊び相手で、ただ魔法の力が人より優れているだけなのだ――と。エイレンはその程度しか感じてはいない。
最初のアランとのコンタクトは罰ゲームとしてだった。
その次は、村を縦断していた一家に遭遇した時。
そして、ルクシアとアランの魔法のぶつかり合いを感じた時。
だが、今は違う。
一人の友達として、一人の遊び相手としてエイレンはアランを慕っている。
それを彼女は自分自身の秘密として取っておこうと考えていた。
大人たちにこのことがバレたり、ドルジたちにバレてしまえば、アランと遊ぶことは出来なくなるからだ。
他の人よりも優れた魔法を使うアラン。そして、そんな人と肩を並べて魔法を教えてもらえ、上達していくその快感。
エイレンにとって、全ての楽しみがそこにあったからだ。
「おとーさん、ビッグなかり! がんばってね!」
「おうよ、お前もあんまり危険なことはするんじゃないぞ。怪我でもして帰ってきてみろ。怪我させた奴の目ん玉穿り返して生首飾ってやるぜ」
「怖い怖い。エラム、変なこと言わない。エイレン、あなたもちゃんと気を付けなさい」
苦笑いを浮かべながら二人の前に現れたのは、エイレンの母親、そしてエラムの妻であるキーナ。
そんな苦笑いを背に受けつつ、二人はそれぞれ別の道を歩んでいったのだった――。
○○○
「ビッグな狩り……のぅ」
いつも通りのルクシアVSアランの魔法争いを見守るのはフーロイド、エイレン、そしてファンジオ。
昼下がり、魔法キャッチボールをしながら草原を荒らしまわるルクシアとアランの姿を目で追いながら立ち話をする三人。
そんな中でエイレンが喜々としてして父親のことを話すエイレンに、フーロイドとファンジオは聞き入っていた。
「おとうさんね! すっごくカッコいいんだ! いつもバシュって木を切ったり、すっごく大きいお肉もってかえったりするのー! それで、おかあさんに『きたないー!』っておこられたりしてね!」
そんな無邪気な八歳児の話を聞きながら、フーロイドはエイレンに気付かれないようにファンジオに耳打ちをする。
「お主はいいのか? こやつはあの蛮族村の娘じゃろうに。主等をこういった待遇にした張本人とも言えようて」
「っはははは。子供たちに罪はねぇよ。この娘は何も悪くねぇさ。アランと遊んでくれるいい相手じゃないか」
「……相変わらずお主は甘い男よのぉ……。ワシならばあんな蛮族の集まりなどすぐ屠ってやるというのに……」
「あんたはいちいち危険なんだよ考え方が……」
「不安の芽を摘むということじゃ。あの様子じゃと、何をしでかすか分からんぞ?」
「そうなったらそうなったときさ。そん時は、この命に換えてもマインとアランを守り抜けばいい。その後のことはフー爺、任せていいか?」
そんなファンジオの達観にも似た感情に眉を寄せるのはフーロイドだ。
「ま、保証せんがの……」
そう軽く流すフーロイドは蓄えた白鬚に、二人の魔法威力を感じていた。
「そういえば、きょうってすっごく『かりびより』なんだって! ファンジオさんは、きょうはいかないの?」
「……ん、ああ……」
エイレンの質問に対してファンジオは言うべきか言わまいか、頭の中で少し考える。
こんな晴天の日だと狩りにはもってこいであるのは確かだ。
晴れの日であると、森に隠れている動物が姿を現しやすいからだ。
それは、コシャの森でもファンジオが普段使うアーリの森でも同じことだ。
だが――。
「今日は、雨が降るんだ」
「あめ? こんなにはれてるのに?」
ファンジオの言葉にエイレンが反応する。
空を見てみても、雲一つない青空が広がっている。
だが、そんな中で今朝、アランが予報したのだ。
『きょうねー、おひるすぎくらいからあめがふるよ! くうきがじめじめっていうか……なんかよくわからないけど、たぶんあめふるんだ!』
――と。
直接的な言を避けたアランの予報は初めてだった。
こんな快晴で、雨が降る要素などどこにもない。
だからこそ、ファンジオは大事を取ったのだった。
アーリの森では通常のコシャ村とは違い、凶暴な生物が跋扈している。
特に雨の日などはそれが顕著で、匂いを掻き消す動物が多い中で飢えた凶暴生物が姿を現しやすくなる。
コシャの森とは違い、アーリの森が特定危険地帯に制定されている所以だ。
「ま、たまには家族サービスってことだ」
ファンジオは激しい魔法ごっこを見つめながら呟いた。
「……ま……俺にはもうどうしようもない域に達し始めたがな」
「っふぉっふぉっふぉ……。主も最初から鍛え直してやろうかの。ここまで来れば誰がワシの弟子になっても一緒じゃろうて」
「丁重にお断るぜ、フー爺」
そんな二人の会話が、風と共に消えていった。
――その同時刻。
「準備はいいな、皆」
コシャ村の端には総勢十八人の男達。その筆頭に立つのはそれを束ねる一時的なリーダー、エラム。
「アーリの森への出陣だ。恐らく、この快晴ならばファンジオもそこで狩猟をしているはずだ。見つけ次第、射殺しよう」
エラムの言葉に、村人は厳しい顔つきになる。
「奴一人にあそこの利権を取られてたまるか! アーリの森も、コシャの森も……! コシャ村発展のための犠牲だ。力してかかろう! そして村に大きな土産を持って帰ろう!」
エラムの号令に、村の猟師たちの雄叫びが響き渡ったのだった。
昨日の更新が出来ない分を朝にまわしました。
本日夜、頑張れたらもう一話投稿です。




