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師弟誕生

「ワシの最後の余生をつぎ込んで、ぜひともこの子倅を――アラン・ノエルを育て上げてみたくなってのぉ……」


 フーロイドの表情に笑顔が垣間見えた。

 その後ろでは、小さく、誰にも見られないほどの挙動で唇をきゅっと結ぶルクシア。


「……フー爺の弟子に、アランを――か」


 フーロイドの言葉をファンジオは頭の中で何度も何度も反芻する。

 身分証明をしていなくとも、ファンジオはフーロイドが大魔術師であるということは薄々感じてはいた。

 王都で初めて売りに出した時の客一号がフーロイドで、その時彼は、「自称宮廷魔法士じゃよ」と言っていたのは鮮明に覚えている。だが体内からあふれ出る魔力波動はそこらに一般人のものではなかった。

 とはいえ、それを知りつつの対応だったわけではあるが――。


「主には正体を明かしてはおらんかったが、一応これでも元宮廷所属の魔法士じゃった人間じゃ。ルクシア」


「……か、畏まりました」


 フーロイドに促されるままにルクシアは古びた木造一軒家の奥に向かった。

 マインの白い太ももの上ですやすやと眠りに落ちていたアランがふと目を覚ますのと、ルクシアが奥の部屋から小さな巻物を持ってきたのは同時だった。


「宮廷魔法士――。いわば、オートル魔法研究所の所長、オートルが認めた王都宮廷における最高魔法士責任者という肩書だった証拠でもある。調べてもらってもよい。これが偽造されたものでないことはすぐに分かってもらえるはずじゃ」


「そ、そうじゃねぇよフー爺……。別に俺はアンタを疑っているわけじゃない」


 そう、ファンジオは隣のマインと目を合わせる。

 彼がここに来た一番の理由は、アランの魔法についてを知ることだった。

 だがいきなり「弟子にさせてくれ」と頼まれたところで、すぐに肯定することは出来ずにいる。

 そんな静かな沈黙を破ったのは意外にもマインだった。


「……もしも」


「――?」


「もしもアランをフー爺……いえ、フーロイドさんに預ければ、この子もいずれ、今のような仕打ちはされなくなるんでしょうか」


 その悲痛とも言える小さな悲鳴に、ファンジオは拳をぎゅっと握りしめる。


「私はこの子を産んだこと、今でも後悔していません。ですが同時に――申し訳なく思う時が来るんです」


 寝ぼけ眼を右手で擦りつつ起き上がるアランの頭を、マインはゆっくりと撫でてやる。

 そんなアランを見つめるマインの視界が一気にぼやけていった。


「この子も、生まれが違えば『神の子』と、崇拝されていたのかと思うと……『悪魔の子』と罵られて、村の皆とも遊べないこの子のことを思うと、申し訳なくて……アランに、どんなに謝っても謝り切れない気がして……!」


「――ママ、かなしい?」


 そんなマインの頬を流れる涙に触れたのは、アランの小さな手だ。


「わらって……かなしいの、いやだもん」


 小さな腕で手を伸ばして母親の涙を拭うその姿を紅の瞳で見据え続けるのはルクシアだ。


「……無理にこの子供を弟子にする必要はないのではありませんか?」


「なぜそう思う、ルクシア」


 フーロイドは白く伸びきった顎鬚に手をやる。


「この子は、聞くところによればまだ四歳と言うではありませんか。そんな時期の子供を親から引き剥がして無理矢理弟子に据え付け様などようというのは、賛同しかねます」


 ルクシアの責め立てるような言葉に、フーロイドは「ほっほっほ」としわがれた笑いを口にする。

 その様子を怪訝そうに見たのはルクシアだけではない。ファンジオも、マインも――そして話題の渦にいるアランも例外ではなかった。


「主は何か勘違いしておるようじゃの、ルクシア。ワシは何もこの小倅をそのままワシに預けろなどとは一言も発してはないぞ」


「……ですが、子弟の契りを結ぶのであれば弟子が師の近くにいなければならないのは定石です。となれば、この子供は必然的にフーロイド様のお近くにいなければならないではありませんか」


 ルクシアの責め立てるような態度に「ま、そうじゃの」と飄々と答えるフーロイド。

 アランが「このおじいちゃんだぁれー?」と指をさしつつフーロイドへ質問を投げかける中で、杖を持って立ち上がる。


「ワシが言っておるのは弟子が師の近くに居れと言う話ではない。()()弟子(・・)()近く(・・)()居って(・・・)何か(・・)問題(・・)でも(・・)ある(・・)のか(・・)、という話じゃ」


 フーロイドの含みのある話し方に、ファンジオはゆっくりと口を開く。


「師が弟子に寄り添う形の師弟関係……そういうことなのか?」


「それ以外になんとする。ワシが毎日主の家に遊びに行くような感覚を持っておればよかろうて。いわば家庭教師みたいなものじゃの。っほっほっほ」


 フーロイドは立ち上がった先の古びた倉庫から固形状の物質を取り出した。


「幸いなことに転移魔法術の素材はたくさんある。これを使えば主の家とどれだけ離れていようが一瞬じゃ。最近の魔法は便利じゃのー」


 カラカラと笑い声を浮かべるフーロイドに、我慢の限界が来たのかルクシアはギリと歯ぎしりをした。


「ど……どうしてこの子供をそこまで買っておられるのか、質問してもよろしいでしょうか」


 ルクシアの態度は、四歳のアランに対する敵対とも見れた。

 だが、そんなことを全てのみ込むかのようなフーロイドの返答。


「至って単純明快。将来性じゃよ。この子の才能を伸ばしてやりたい、開花させてやりたい。そう思うことの何が問題なのかの?」


「……で、でも、それは――」


「ルクシア。お主、勘違いしているようじゃがの。そもそもワシに弟子入り志願を持ちかけてきた者がいくらいたと思っておる。と同時に、どれだけ断ったことか。ワシは基本的に見込みのない奴を見るつもりはさらさらない。こちらが見つけるか、それとも相手側からアプローチされたか、それだけの違いにすぎぬことよ」


 その言葉に、ルクシアは「うっ」と赤面する。


「醜い嫉妬はご法度じゃぞ。そんな下らぬ感情を抱くようであれば主もまだまだということじゃ。精進するがよい」


「――はっ!」


「ところで、ファンジオ、マイン夫妻や」


 ルクシアが分かりやすくも満足げに一歩下がったその時に、フーロイドは「どうじゃ?」と問いを投げかけた。


「その子倅、改めてワシの方で面倒を見させてはもらえぬか。転移魔法費の負担はこちらが持つ。家庭教師役を、ワシに任せてはくれぬだろうか」


 杖を机にかけ、すっと座って両手を上に立てたフーロイド。


「この通りじゃ」


 まさに誠心誠意。そう言った言葉が正しいとも思える礼儀正しいお辞儀に、両親はアランに向き直る。

 夫婦を代表して、アランに声をかけたのはファンジオだ。


「アラン、お前の持っている魔法能力を最大限引き出してくれるんだってさ、この爺さん。どうする?」


「……このおじいちゃんといれば、いっぱいあそんでもらえるってこと?」


 アランの無邪気すぎる一言に「おじいちゃ……!?」と驚愕の表情を現すルクシアを差し置いて、とうのおじいちゃんは「ああ、そうじゃそうじゃ」とにこやかな笑みを浮かべる。


「どうじゃ、アラン君。アラン君の家にワシが毎日遊びに行くだけじゃ。おじいちゃんの遊び相手になってくれんかの?」


 遊び相手――と。そう聞いた瞬間、アランの寝ぼけ眼は一気に覚めていった。


「お、おじいちゃん! あそんでくれるの! ホント! あそぼ! あそぼ! ぼくね、やりたいこといっぱいあるんだ! あのねー、魔法おにごっこでしょ! かくれんぼでしょ! キャッチボールでしょ!」


 今までの遊べなかった鬱憤を晴らすかのようにまくしたてるアランをよそに、両親はそろってフーロイドに感謝の意を述べる。

 こうして、アラン・ノエル四歳は元宮廷魔法士のフーロイドと少し変わった師弟関係を築きあげたのだった――。


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