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歯車は廻りだす

「いいか、アラン。この前と全く同じことをすればいい」


 そう呟いたのはファンジオだった。

 日没が差し迫る中で、店じまいをした一家は王都の中央通り路地裏にひっそりと佇む古びた木造一軒家の前で家主を待つ。


「おもいーっきりやればいいの?」


「ああ、そうだ。お前の力を見せてやれ!」


 アランの純粋な問いに拳を握ってぐっと力を籠めるファンジオ。

 そこに「こちらも準備をし終えたところじゃ。やるならやるで始めるがよい」と、木造の扉を開いたその老人――フーロイド。

 そしてその背後にはローブを取って白い肌を露出させた煌びやかな服装のルクシア。

 煌びやかながらも無駄な装飾品などは一切していない。緑と白を基調としたその服からはある種の高貴さが伺える。

 対してフーロイドは自身の背丈と同じくらいの杖を手にしている。

 歩くたびにカツ、カツと音を鳴らせる木造の杖。そして頭に深々と被るのは円錐状の帽子、エナン。一般的に「魔法士」と呼ばれる職業の者が被るとされるものだ。


「魔法力測定の基礎じゃの、白球浮動。ルクシアもよくやっておったのぉ。最初は頭上がいっぱいいっぱいだったの、お主。今はどれくらい浮かせられるかな?」


「初めて弟子入りさせていただいた頃は確か……フーロイド様のボロ家の天井に届くほど……でしょうか」


「ボロ家で悪かったの」


「今では――そうですね、オートル魔法科学研究所の頂ほどでしょうか」


 ルクシアが見上げたのは王都で最も高い建造物とされるオートル魔法科学研究所。

 つられたフーロイドもそれを見て、「まだまだじゃな」と戒めの言葉を発した。


「――はいっ」


 そんなフーロイドの言葉に、半歩後ろに下がっていたルクシアは翡翠の髪を振り乱し、手に持った白球をアランに手渡した。

 小さな手に渡されたその白球を見たルクシアは、もう一度確認を取るかのように己の師を見上げる。


「フーロイド様、本当によろしいのですか?」


 ルクシアの問いに、フーロイドは「よいよい」と皺を寄せた。


「この頃になれば第一次魔法成長期が起こるじゃろ。その時の子供ほど面白きものはないのでな」


「で、ですが、わざわざフーロイド様が見られるほどではないではありませんか……。それしきのことならば私だって――」


「ただの老骨の気まぐれじゃよ。それにファンジオはいつも中々に良き品物を提供してくれるのでなぁ……。その倅ともなれば中々なものじゃと思うぞ。のう、ファンジオ。主、この子倅は猟を継がせるつもりなのかの?」


 フーロイドは顎鬚に手を当てながら問うた。

 「よし、行け、アラン!」と、ファンジオはアランの背中を後押しする。

 そんな様子をじっと見守るマインを一瞥したファンジオ。彼女が苦笑いを浮かべたのを確認した大男は、「前までは俺もそう思ってたさ」とふと呟いた。


「こんにゃろ――――――――っ!!」


 もはや魔法発動の合図とも呼べるその掛け声とともに、アランの手には膨大量の魔法が集約し始める。


「……何じゃと?」


「――っ!」


 アランが魔法を手の上に集約させたその直後、フーロイドとルクシアの表情が余裕のそれから驚愕へと変わった。


「にゃ――――ろおおおおおおおお!!」


 突如、アランを中心としてそよ風にも似た空気が吹きあがり始める。

 大気中、そして地面の塵、埃がアランに向けて円を描くように吹き荒れた。


「こ……これは……!」


 思わず、ルクシアが口にした言葉だった。彼女がふと隣を見てみると、そこには師の輝かしい目つきが入ってきていた。


「だが、俺もこれを見てから気が変わったってわけだ」


 白球はすさまじい速度で上昇していった。


○○○


 ファンジオの意を疑う者はいない。

 アランは先ほどの魔法で力を使い果たしたようで、マインの背で疲れに身を任せてしばらくすると眠りについていた。


「……なるほどの。主が豪語するだけのことはある」


 フーロイドの所有する木造の一軒家。至る所に年季の入った証拠が見え隠れする中で、中央に置かれた机を囲むのはアランを抱いたマイン、ファンジオ。その対面に座るフーロイド。

 ルクシアはまるで侍女のように紅茶を注いで三人の前に置いたのちにお盆を持ってフーロイドの後ろで待機していた。


「子倅からは魔法属性が感じられなかった……が、その代わりに強大すぎるとも言える魔法力を含有している――といったところか。いわば『特異者とくいしゃ』と呼ばれる者の類じゃな」


「特異者?」


 マインの疑問に、フーロイドの後ろで待機していたルクシアが口を開いた。


「端的に言えば、単なる魔法を使うだけの人間ではないということです。魔法を、常人とは異なる方法、属性で操る者のことを総称して『特異者』と呼称するのです。身近な特異者であり、あなた方に最も親しみのある者としてならば巫女の存在があげられるでしょう」


 ファンジオとマインはお互いに目線を合わせて苦笑いを浮かべる。

 それに疑問を浮かべながらも、ルクシアは続ける。


「本来は先々の天候予測は『悪魔の所業』とされてきました。その中で特別に許されたのは特異者という存在である巫女。彼女らは特殊な魔法形態を所有しています。ですから、天候を知ることが出来るのです。ただし、一人の魔法力でそれを補うことは不可能なため大体は八から九人で行われます。……未だ通常の(・・・)人類には成し遂げられない案件ではあるので、人類未到達の所業とも言われているのですがね」


 すると、今まで口を閉ざしていたフーロイドはにやりと口角を吊り上げる。


「あとは……噂には聞いておらぬか? エーテル・ミハイルという女子おなごの話を」


 その言葉に、ファンジオとマインの眉が同時にピクリと動いた。


「……ドローレンが依頼したって四歳の子供だったっけな」


「――『神の子』……ですね」


 二人の言葉を聞いたフーロイドはこくりと頷いた。


「彼女の持つとされる『海属性』の魔法も特異者と呼ばれる所以。主の子倅も同じ理屈じゃろうて。先の話にも出ていた天候予測。これに関して男児が予測可能だとすれば――巫女の能力が初めて男児に宿ったと考えられるかのう。巫女七、八人レベルの魔法力と言っても過言ではないからの。その可能性もゼロではない。限りなくゼロに近いがな」


 フーロイドは木造の杖を眺め見ながら呟いた。


「『特異者』の属性発現はそれこそ人それぞれじゃ。特異の能力を持った巫女が成人を過ぎて特異能力持ちだと判明するのもザラではない。ただ、これだけは言えるでな」


 そういってフーロイドは自ら座っていた椅子を後ろにやり、立ち上がる。

 先ほど膨大力の魔力、そして驚異的な白球浮動をしたアランを見て呟く。


「こやつほど将来が楽しみな者を、ワシは見たことがない。紛れもない天才……という奴じゃのぉ」


「……はぁ」


 ファンジオの素っ頓狂な溜息にも似たそれに、歯をぎしりと鳴らしたのは後方待機のルクシアだった。


「フーロイド様は、確かに実績のある大宮廷魔法士様です……! その方が自ら見出したということを……!」


「ルクシア。やめぬか見苦しい」


「で、ですが! 下々はフーロイド様を少しだって――! 先ほどにしろ、天下のフーロイド様に対して……!」


「ルクシア」


 冷たい声色だった。

 その声色に対してギクッと足を半歩下げたルクシアは「で、出過ぎた真似をお許しください」と引き下がる中で、フーロイドはにこりと笑みを浮かべる。


「ファンジオよ。その子倅をワシの弟子にさせてくれないだろうか」


 フーロイドは、まるで孫を見るような祖父のような表情だった。

 それに驚くのはマイン、そしてファンジオ。


「ワシの最後の余生をつぎ込んで、ぜひともこの子倅を――アラン・ノエルを育て上げてみたくなってのぉ……」


 古びた一軒家に、様々な感情が渦巻き始める。


 運命の歯車が、少しずつ、少しずつ動き始めた瞬間だった。


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