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フー爺

「その店の客一号はワシでよろしいかな?」


 そう、不敵な笑みを浮かべてファンジオの店前にやってきたのは一人の老人だった。

 みすぼらしく汚れたローブを着ているが、その端々はボロボロだ。

 マインとは別の意味で白く染まった頭髪に皺が確かに刻まれた顔。顎に蓄えた白の不精髭にしわがれた顔をしたその老人だったが、瞳だけは未だ強くギラギラと激しい眼光を放っている。


「……さっそく来たか……フー爺」


 ファンジオは、自宅から持ってきていた商品となり得るものを商品棚に陳列していった。

 そんな中で「ほー……相変わらずいい毛皮じゃの」と、フー爺と呼ばれた年の男性は、ファンジオが陳列させた商品を手に持った。


白兎びゃくとの毛皮じゃな」


「お、お目が高い。そりゃ今回の目玉の一つだぜ」


 マインとアランは、ファンジオから渡された商品を見栄えが良くなるように置いていくのを見たフー爺は髭を蓄えた顎に手をやった。


「主の出身は確か……コシャ村……とか言っておったかの」


「ああ、厳密にいえば、コシャ村から少し離れた場所だがね。そこにアーリの森という所がある。危険地帯指定箇所でもあるが、俺達一家の生活を支えてくれている森だ」


「ほう……指定箇所だとしたらドラゴン族が潜んでいても気付くまい」


「だから、ドラゴンには遭遇しないように普段から気を付けてるんだよ」


 ファンジオが普段狩りを行っている場所の森の名を、「アーリの森」という。

 コシャ村とは違い、危険生物の巣窟ともいえる場所をずっと乗り切り続けているファンジオの腕、危険感知共に常人の域ではなくなっている。

 この世界の最高上位生物でもあるドラゴン族が潜んでいる中でもこうして生き延び、まだ遭遇していないのはファンジオの努力と意地の賜物でもあるといえた。


「まあいい……。この白兎びゃくとの毛皮、購入しよう。お主の言い値でいいぞ」


「そんじゃ、銀貨四枚くらいだ」


「……お主は足元を見寄るのぉ。こちらの手持ちを知っておるのか……?」


 渋々と言った感じでフー爺は嘆息しつつ、その懐から銀貨四枚を取り出した。

 早速の目玉商品の売却に、ファンジオは快活に笑いながら「まいどーっ」と銀貨を受けとる中で、フー爺は商品の陳列を手伝う二人の人物に目を向けた。


「ところでファンジオよ」


「……ああ、何だ?」


「あそこの綺麗な女性は売り物かの?」


「ぶち殺されてえのかお客様」


 フー爺は微妙に赤面させて、商品陳列を行うマインの尻を追っていた。


「なるほどなるほど……九十八点。なかなかの高得点――」


「人妻に点数つけるなエロジジイ!」


「べ、別にいいではないか! 見るのはタダじゃ! タダじゃろうがー!」


 そんなフー爺の様子に身じろぎしながら尻を見せまいと後退して苦笑いを浮かべるマイン。その後ろを律儀についていこうとするアランの手には毛皮が持たされていた。

 フー爺の前には今にも降りかかってきそうなファンジオの拳骨。


「て、店主の暴力じゃぞ!?」


「ああ買ってくれてのはいいがそこまで下衆をされるといくらお客様でも営業妨害で中央管理局に引っ張っていくぜ、自称宮廷魔法士様?」


「お主信じておらんな! ワシが一声かければオートルは飛んでくるんじゃぞ! ワシはオートルの師匠だった男じゃぞ!」


 オートル――。それは王都のおける最高機関であるオートル魔法研究所の局長であり、実質的な王都の最高権力者の名だ。

 オートル魔法研究所の創始者にして、魔法学研究の先駆者。

 一代にして王都の経済を潤わせたという実力者の名前を引き合いに出したフー爺はとても誇らしげで、欺瞞に満ちているように感じられたファンジオだった。


「虎の威を借るキツネってのはまさにアンタを言うんだなぁ。そりゃ多少は魔法に詳しいようだから頼みたいことがあったんだが……他を当たろう。とりあえず一発殴らせろエロジジイ」


「のぉぉぉぉぉぉ!?」


 ファンジオの笑顔の拳骨と、本気でビビるフー爺。

 そんな中、ファンジオの鼻腔をくすぐったのは甘い香りだった。


「そこまでですお二方」


 突如として二人の間に割り込んできたのは、一人の女性だった。

 左右に尖った耳を保持しているその女性は、傍目から見てもとても美しいと言えるだろう。

 翡翠のように透き通ったロングストレートに端正で整った顔立ち。

 スラと伸びた備考に優し気ながらも冷徹さを兼ね備えている深紅の相貌。

 フー爺のような茶の薄汚いローブを羽織ってはいるものの、その下から見え隠れするのは小綺麗な、露出の多い青の民族服。真白い肌が特徴の、人間ではない種族だというのはローブの上からでも十分判断することが出来た。


「……エルフか」


 ポツリとそう呟いたファンジオの拳骨を優しく握るその女性は、「どうぞ、拳をお納めください」と答えた後にキッとフー爺を見据えた。


「フーロイド様。何度申し上げれば分かって頂けるのでしょうか」


「……の? え……えーっと……」


「外出する際には一言おっしゃってくださいと、どこに行くのか伝えてくださいと、何時までに帰って来ると、ナンパをするなと、人様に迷惑を掛けぬようにと、何度申し上げればよろしいのですか?」


「で、でも……ワシだって……」


「でもも何もありません。フーロイド様! あなたは子供ですか!? いい年した大人がそんなのでどうします! 私は恥ずかしいです!」


「……うぅ……す、すまぬ……」


 途端、シュンと縮こまった一人の老人は、まるで子供の用に女性の説教を喰らっていた。


「アラン、一緒に奥に行ってましょうねー」と不穏な空気を察したマインがアランと共に奥の部屋である寝室に向かう中で、ファンジオは「ふわぁ」と小さく欠伸をしていた。


「……その……ファンジオ……すまぬ……つい……調子に乗ってじゃのぉ」


 完全に意気消沈したフーロイドと呼ばれた老人はファンジオに謝罪の意を示すも、ファンジオの興味は既にそこにはなかった。


「すみませんでした。ファンジオ様。ウチのフーロイドが多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。お詫びとして、お店のものを全て此方で買い取らせては――」


「そ、そこまでしなくていいぜ……? それより……アンタ、何者だよ」


 ファンジオの興味は既に女性に移っていた。そんな中で再び息を吹き返したかのようにフーロイドは「ルクシアはワシの一番弟子じゃ」と応答した。


「初めまして、ファンジオ様。自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありません」


 そう律儀に謝罪を述べる女性は、顔を上げてすっと息を吸った。


わたくし、フーロイド様が一番弟子、ルクシア・ネインと申します。出自は西の果て、シチリア皇国。第二十三代ルクシアの名を襲名する権利を持つ者の一人にございます。現在は魔法修行のためこうしてフーロイド様の弟子という立場にあり、日々を鍛錬して過ごしております。どうぞ、お見知りおきを――」


 そう丁寧に自己紹介を終わらせた女性――ルクシアはぺこりと頭を下げる。

 お辞儀をした際にその膨らんだ双丘を覗き見るかのよなフーロイドの動きをいつものことだとでも言うように制止したルクシア。

 紅の双眸でキッと自身の師を戒めようとするその姿はまるで親と子のようだった。


「ったく……フー爺……アンタこの子の何歳年上なんだよ。年相応っつーもんがあるだろう」


 嘆息気味に呟いたファンジオに、フーロイドは「ちと違うのぉ」と売り物を吟味しつつ返答する。


「エルフは長寿の族として広く知られておろう。ワシはこの通り単なる一人間じゃからの。七十四の老骨じゃがルクシアは――」


「フーロイド様。首があらぬ方向に曲がっている状態を避けたいのであれば」


「……ピッチピチの美人じゃの」


 妙に冷や汗をかいているフーロイドに「っはは……」と苦笑いを浮かべるしかないファンジオだった。

 ルクシアの翡翠の髪が振り乱されて紅の双眸が再び師であるフーロイドに向く中、老人は「それではもう一つ、貰おうかの」と今度は骨で作られた装飾品を手に取るなかで、弟子であるルクシアと目線を合わせる。


「ま、これも言い値で買い取らせてもらおう。ファンジオよ」


 その言葉に、ファンジオの口角がにやりと吊り上がる。


「んじゃ……フー爺。いや、自称宮廷魔法士様……」


「な、何じゃ改まって……気味の悪い」


 ファンジオの言に、フーロイドの隣で待機するルクシアの眉がピクリと動いたのをファンジオは気付きはしなかった。


「魔法関連でアンタに依頼がある。受けてくれねぇか?」


 フーロイドは、真白い口髭に手を当てながら「ほう」と小さく唸ったのだった。


新キャラ

フー爺ことフーロイド

そしてエルフ族ルクシア・ネインです。

新キャラ増えていきますが、よろしくお願いします。

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