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異常気象

 少女が指さしている間にも、アランは魂の抜けたような表情になってコクリ、コクリと頷くだけだった。

 初対面の人間に威圧されたと感じていることに加え、大勢の前で堂々と自分の名前を宣言できたことに対して心の底から感心してさえいた。


「ぼ、ぼく……アラン・ノエル。よろしく……おねがいします」


 そんな様子を見ていたエーテルは、まるで下々の民を見据えるかのようにアランを一瞥した。

 小さな人差し指を天に翳して、「あそこにいくの」と呟いた少女、エーテル。


「わたし、いまからあのそらのとおいむこうに、みずをあげにいくの」


「おみず……?」


「そう、みず。むこうでは、あめがふらないらしいの。だからわたしがたすけにいってあげるの」


 エーテルの指さした方向は遥か西の空だった。

 だが、アランは「あれ?」と怪訝な様子を現した。


「あっちなら……もうすぐ、あめ……ふるよ?」


 アランのその一言に「ふ、ふらないからいくのー!」と張り合うようにエーテルは顔を赤くする。

 あまりの剣幕にぺこりと頭を下げるアラン。


「まほうりょく……もしかして、わたしより……?」


 自己紹介を終えて、アランが頭を上げると何故かエーテルは不服そうな表情でアランのことを一瞥していた。

 そんな二人の背後からは「え、エーテル様! こんなところにいらしてたのですか!」と声を上げて近寄って来る黒服の男二人。


「げっ! みつかった!」


 毒を吐くようにその二人を見たエーテルは「またあおう! アラン・ノエル!」とアランに手を振った後にアランから距離を取っていった。


「も、もう探したんですよ!? 出立まで残り一刻もないのですから……。出来ればじっとしておいてくださいませんか……?」


「だっておもしろいひとがいたんだもん」


「お父上がお聞きになられたらなんというか……。エーテル様はこの国の未来を背負われる方――」


「いっぱいきいた。みみがいたい。あーあーあー」


「エーテル様ぁ!?」


 そんな一人娘の癇癪に振り回される男二人の周りでは先ほどよりも多くの人間が、その一人の少女に釘付けになっているようだった。


「……エーテル・ミハイル……」


 アランは、脳裏によぎった少女の言葉をもう一度頭に浮かべている。


「あれがエーテル様……?」「『神の子』……可愛いわぁ」「今から出立ってことは、誰かがエーテル様を雇ったってことか?」「さぁ。巫女の更なる上を行く存在だ。その初出立だ。結果を残してくださるのだろう」


 そんな会話が中央管理局の広大なロビーで話し合われている中で「アラン!」と、小さくベンチに座っていたアランを見つけ出して声をかけたマインが駆け寄って来る。


「あの子、知り合い?」


「んーん、いまあったこ」


「そう……『神の子』……ね」


 自身の息子が『悪魔の子』として忌み嫌われている傍ら、王都に来てからのエーテル・ミハイルという、アランとほぼ変わらない年で『神の子』と呼ばれている事実。

 その心のうちのもどかしさをマインは感じつつも、気丈に「行きましょう。受付はすんだもの」とアランの手を握った。


「どーしたの? ママ」


 そんな息子の問いの意味が分からずに頭の上に疑問詞を作るマイン。アランを握っていない方の手には、ファンジオに渡すものとして、借家の借用書が握られていた。

 これで一家の柱であるファンジオがここに調印することにより、一週間の借用権を得ることになる。


「ママ……こわいかおしてる?」


「――っ!」


 マインは、何か言葉を発そうとしていた。

 だが、不安そうな息子を元気づけてやれるような言葉を出すことは今のマインにはできない。

 その代わりにマインはアランの手を優しくぎゅっと握ってやった。

 それに呼応するかのようにアランも「ぐにぃ」と温かく小さな手で握りを強めていく。


「『悪魔の子』と『神の子』……ね」


 マインは、先ほどアランとエーテルが話しているのを少しだけ見ていた。

 そんな折の周りの反応も感じ取れていると、薄々ながらエーテルと言う少女には普通の人にはない、特殊な能力があり。人から崇められているという事実だけは拾い上げることが出来た。

 だからこそ、仕方がないことでもあった。

 彼女の心の奥深くに淀んでいた感情が少しだけ膨れ上がっていた。


○○○


「『海属性』……ねぇ。そんなもの、書物だけの眉唾物だとは思っていたんだが……」


 すでに店を畳む準備を始めていたドローレンの様子を眺め見ながら、ファンジオは小さく呟いた。

 彼だって、この世には四属性の他にその上位互換とも呼べる二つの属性、『海』と『地』属性があることは十分承知している。

 だが、それはあくまで文献内でのことだ。


「だが、事実……エーテル様は『海属性』を持っている。水属性はそこにある水分要素を駆使して水を発生させる。だが、エーテル様は全くの無から有を生み出すことが出来るんだ。その持ち前の強力な魔法力だけを駆使して、だ」


 ドローレンは店前に展示していた食品を荷台の上に乗せながら、店の奥の台所から二つの林檎を取り出した。

 台所の新鮮な水で丁寧に洗ったそれを、一つは自分でかじりつき、もう一つはファンジオに投げかける。


「……で、あの大量の金貨はどうしたんだよ」


 ファンジオの指さす方向には金貨が二百枚。家一つ購入することが出来るほどの大金を目にしたファンジオはそれを見て、「あれを全部エーテルって子に渡すのか?」と嘆息気味に問うた。


「村中の金だ。商売云々よりもこちとら最近異常気象しかこないもんでね」


「異常気象……?」


「どこかの国は洪水だ、それ雨季だと……普段ならばあり得はしない恩恵にありがたがってるらしいぜ。おかげで俺たちはひーこら言ってるけどな」



 ドローレンの表情から笑みが消え去った。


「何があったか知らねぇが……。年間降雨量の少ない隣国でそんなに雨が降られるとこっちがたまったもんじゃねぇ。まるで天候そのもの(・・・・・・)が入れ替わっちまったみてぇだ。神様も酷なことしてくれる」


「ってことは、港近くの年間雨量が全部ほかの場所に移ったってのか?」


「ウチの族長曰く、そんな可能性はなきにしもあらず、らしいぜ。おかげで今まで取れてたはずの魚までいなくなっちまった。これを早く解明しないことには俺たちの未来そのものが消え去ってしまう」


 「よし――」と。全ての店前の展示品を荷台に詰め終わったところに現れたのは――。


「あ、パパだー」


 マインに手を引かれるアラン。


「あ、あれ……お前ら……?」


「管理局の方に言われたのよ。今日、ここの店に空きが出るからって」


 そう言った途端に、マインは「プッ」と思わず吹き出していた。

 それに呼応するかのようにファンジオが、そしてドローレンが野太い笑い声を発する。

 王都の大きな街並みの中の小さな一借家で大きな三つの笑い声が木霊した。


「何だ、ファンジオ。俺の店の後釜はお前たちなのか……っはっはっはっは! そりゃ何とも奇遇なことだ」


「ドローレンが構えた店の後となれば、悪い気はしねぇな」


 そんなドローレンの前に現れた複数人の団体に、筋骨隆々とした男は小さくお辞儀をした。


「……行くのか?」


 ファンジオの問いに、ドローレンは短く「おうよ」と応答した。

 ドローレンは作ってきた荷台を押した。


「今から『神の子』とやらの能力を使いに港に帰るのさ。ちっと高いが、転移魔法とやらはおまけつきらしい」


「……随分と気前がいいじゃないか」


「どうも、王国側もまだ実験段階らしいからなぁ。これで村が救えると思えば、安いもんだ」


 ドローレンは荷台を押して複数人の団体の輪の中心に入り、金貨の入った袋を手渡した。


「じゃあな。ファンジオ。今度はウチの名産品、ふるまってやるぜ」


 そう言い残してファンジオの出稼ぎ仲間であるドローレンはグーの拳を作った。


「おう。元気でやれよ」


 二人は笑顔で拳を交し合った。

 そんな中で商品を次々と陳列させていくマイン。

 アランもマインを手伝おうと小さな上背で骨董品や狩りの収穫である毛皮などを陳列し、手伝いをする。

 友人との別れを済ませたファンジオが「よしっ! 俺たちもやるぜ!」と、そう声をかけた――その時だった。


「今から店開きかの? ファンジオよ。何ならその店の客一号は、ワシでよろしいかな?」


 そこに現れたのは、いかにもみすぼらしいローブを纏った一人の老人だった。


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