エピローグ:戦力差①
肩まで伸びた艶やかな黒髪。
きめ細やかな白い肌とすらっとした背筋。
白いワンピースと麦わら帽子が似合う、いつも明るく笑顔を絶やさない女の子――それが、エイレン・ニーナという人物だった。
――ねーね、シド君。アラン君、これ似合うかな?
――アラン君が使えそうな魔法具はどれだろう? うーん……。この魔法具剣とかは使いやすいのかな。
シド自身のことなど、端から目に入ってはいない。
アプローチを掛けてみれば掛けてみるほど、彼女の瞳にはアラン・ノエルしか映っていないことを痛感させられてしまう。
お世辞にも彼女は魔法が特段上手いというわけではなかった。
神に愛された天属性の魔法の持ち主と、海に愛された海属性の魔法の持ち主を近く友人としていれば、その思いはなおさらだっただろう。
皆が見ていないところで地道に魔法力のコントロールをずっと練習していたことをシドは知っている。
親友たちより魔法が使えない分、誰よりも影で練習する。
出力で叶わないならば、限界までコントロールを。
技で勝てないならば、立ち回りと組み合わせの知力で。
事実、エイレンは入学してからの学業成績は常に総合でトップを収め続けている。
定期試験では、少々要領の悪いエーテルの家庭教師をしていたほどだ。
集中治療室の奥では、ピンク色の治癒結晶に囲まれたエイレンがいた。
シドには感知することは出来ないが、彼女を治療した医者によれば魔法力の出力を担う体内器官である『魔法門』がズタズタに引き裂かれてしまっている状態だという。
誰のものか分からない魔法力も素通りし、自分の中の魔法力も留めることすら出来ない。
エイレンは、もはや魔法士生命を絶たれたといっても過言ではない状況だ。
「俺は、勝手にエイレンさんに近いものを感じてたんだ」
窓の外から自戒を込めるように呟いた。
シド自身も、生まれた時から一切魔法が使えない。
お互いにないものがあるからこそ、別の部分でそれを埋め合わせてきた。
「……多重属性魔法使用者か。俺も提案されたら断る自信はなかったかもしれんな」
魔法の強さがそのまま個人の強さともなりやすいこの世界ではシドも、そしてアランたちの隣に立ち続けたいと願っていたエイレンも生きにくい。
「でも、こんな終わりじゃ誰も納得しねぇじゃねぇか……」
怒りが込み上がってくる。
どうせ自分はもう死んだ身だ。
オルドランペル国という故郷はなくなり、グレン族という家族も全滅した。
随分と強がってみせてきたものの、ただオートル学園に流れ着いたというだけで生ける屍であることに変わりはない。
剣鬼と称されたものの、ただただムカつく相手に思いの限りに剣だけ振るい続けていただけに過ぎない。
「エイレンさんは、俺なんかよりずっとすげぇんだから……こんな所で終わって欲しくねぇんだ」
自分でも女々しいと分かっている。
分かっていても、何とかしてエイレンを助けたいと。
そう願わずにはいられなかった。
そんな時だ。
「では、エイレン・ニーナを助ける方法がある。そんな選択肢があるとすれば――あなたは修羅の道へと進むことができますか?」
声の方向を向いたシドは、少し赤くなった目を押さえつけて半笑いで呟いた。
「……んだよ、嫌なところ見られたなぁ。模擬戦争試験もブッチして何してやがったんだ。なぁ、狂犬ユーリさんよ」
シドの言葉に静かな笑みを浮かべた燕尾服の少女――ユーリ・ユージュは短く、「主の命は絶対ですので」と飄々とした様子で答えた。
ユーリ・ユージュ。
第二十三代ルクシア襲名権を持つルクシア・シンの第一配下であり、主の命とあらば人殺しさえ躊躇わずに行うことで知られる。主には忠犬、そして主以外には文字通り狂犬というエルフ元来の穏やかな性格とはかけ離れた危険人物だ。
ユーリは白髪をふわりと風に揺らしながらシドに問うた。
「これは我が主、ルクシア・シン殿下からのお言葉です」
そう言って続けた言葉。
「第二十三代ルクシア襲名戦にて貴殿が協力を惜しまず我らが陣営が勝利を収めた暁には、全智たる『輪廻の巨大樹』の恩恵を譲渡致す……とのことです」
「……なんだ、それ」
思わず素っ頓狂な返しをするシドに対し、ユーリは手を広げて言う。
「要するに、我らに協力していただければ、この世の埒外にある願いでも、何でも一つ叶えられる。その願いをあなたの好きなように使っても良いと、ルクシア殿下はおっしゃっているのです」
藁にもすがりたい思いでいたシドが、ユーリの言葉に耳を傾けるのにそう時間はかからなかった――。
すみませんちょっと伸びました。
次回第三章完結です。
よろしくお願いします。




