エピローグ:シチリア皇国②
「どうかお二人の力を貸して下さい。私はどうしても真の『ルクシア』を襲名しなくてはならないのです」
丁寧な所作で頭を垂れるルクシアに対して、アランはとても軽かった。
「フー爺にずっと言われてたんだ」
「……フーロイド様に?」
「ルクシアさんはいつも優しすぎるって。ルクシアさんが自身の覚悟をしっかり決めるまで何も動くなってね。ようやく何のことか分かった気がするよ」
ルクシア襲名戦に参加して、支持した候補者が敗北すれば支持者もろとも巨大樹の養分になる。
すなわちそれは、生きてアルカディア王国に戻ってこられなくなるということだ。
誰も知る者がいない異国の地でひっそりと生を終える。
そんな人の人生までもを大きく左右する国事に自分たちを巻き込んでいいものかどうか、ルクシアはずっとずっと考えてきていたのだろう。
「比べることさえおこがましいけど。少なくともルクシア・シンなんかよりは俺たちの知っているルクシアさんの方が優しいし、ルクシアさんが頼ってきてくれたからには、全力でそれに応えたい。元より俺は全面的にルクシアさんに協力するつもりだ。なんたって、同じ師の元で長年修行してきた姉弟子でもあるんだからさ」
「アラン君……本当ですか……っ!」
「それはそれとして――願いの譲渡の方はもらいますけど」
そう言って、アランはエーテルと顔を見合わせた。
エーテルは「はぁ」と小さくため息をついて口を開く。
「声を掛けてくるタイミングが妙にぴったり過ぎて利用されている感はあるし、私としては誰がルクシアになろうが関係ないけど、『理の埒外の願い』があるなら協力は惜しまないわ、ねぇアラン」
「あぁ。それさえあれば……エイレンの魔法門を何とかしてもらうことも出来るはずだ。俺は間違いなくその願いを取りに行こうと思う。エーテルはそれでいいのか?」
「当然でしょ。元より私のパパの不祥事に巻き込まれたのよ。それにエイレンは私の親友だし、まだちゃんとした決着もつけてないし……」
もごもごと言葉を濁すエーテルは、「とにかくっ!」と少しだけ頬を紅潮させてから宣言する。
「私が味方に付いたからにはルクシア先生が落選することなんて有り得ないわ。大船に乗った気持ちでドーンと行けば良いのよ!、ね、アラン!」
「あ、あぁ……そうだな」
むしろアランよりも乗り気と言うような雰囲気で高らかに宣言するエーテルと、その乗り気度合いに少々の疑問を覚えるアランだったが、二人の決意はこれでがっちりと固まったようだった。
「ありがとう――ありがとうございます! よろしくお願いします……っ!」
ルクシアの深々としたお辞儀を持って、アラン・エーテル両名のルクシア襲名戦への参加が取り決められたのだった――。
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「ていうかシド、お前ここ数日どこ行ってたんだ? 学校にも全然顔出さなかったし、模擬戦の表彰式にも出てこなかったじゃないか。一応三位だったんだぞ、お前」
「ほぅほぅ、流石同率一位様は言うことが違うじゃぁねぇか。喧嘩なら買うぜ、アラン。何せまだ俺たちの決着はついていないんだからなぁ、あぁ?」
「ちょっと辞めなさいよ二人とも、みっともないわね。周りからじろじろ見られてるじゃないの」
『それは学長室ぶっ壊したエーテルに向けてだろう!?』
模擬戦争試験も終わり、学園には再び日常が訪れていた。
「あいつ、学長室ぶっ壊したんだってさ……やべぇ……」
「学長室にあった研究機材、半壊したんだってよ」
「ウィス・シルキー魔法術師もそれに巻き込まれて、そんな危ないことさせた責任トラされて今大変らしい……」
「あいつ、魔法術師にでもなるつもりか――?」
時折、エーテルをちらちらと奇異の目で見てくる学生もいるものの、今さらそれに動じるエーテルではない。
未だオートル機関のオートル魔法科学研究所の特殊治療室から出ることが出来ないエイレンを除いたアラン、エーテル、シドの久しぶりの昼食タイム。
ここ数日で姿を眩ましていたシドであったが、ひょっこり今朝には学園に姿を現していた。
シドはオールバックにした紅髪をいつものように掻き上げながら、「俺宛の依頼ってとこだな」と涼しげに答える。
続けざまに「お前等こそ」と言うシドは、二人の方を見て口を開く。
「二人して学園に長期の短期留学届け出したって聞いたぜ。シチリア皇国にでも行くのか」
シドの言葉に目を丸くしたのはアランとエーテル。
二人の反応を見て、シドはさらに豪快に笑う。
「カッカッカ。お前等までシチリア皇国のいざこざに首を突っ込むとはな。支持者はもちろん、ルクシア・ネイン助教か」
「そうだな。俺は姉弟子ってのもあるし……昔から恩がある。それに、エイレンを救う手立てがあるかもしれないって聞いたからな」
アランの方をちらりと見るエーテル。
ユグドラシルの巨大樹のことももちろん、軽々しく人に言っていいものではないことはよくよく理解していた。
煮え切らない二人の態度にも、シドはまるで安心したかのように笑って「そっか。ッカッカッカ。頑張れ」とまるで他人事のように呟いた。
「んじゃ、俺ぁもう行くぜ。依頼相手との打ち合わせもあるからな」
すっと立ったシドの手に持たれていたのは、学園に提出する用の短期留学届だった。
「あぁ、シド。お前もどっか行くのか」
アランの言葉に、シドは「そうだな」と紙をひらひらアランに見せつけるように振った。
そこに書かれていた国の名前を見て、アランとエーテルはシドを二度見した。
『シチリア皇国』の名が、そこには記載されている。
背中に背負った『剣鬼』の剣に手をかけ、シドはにやりと笑みを浮かべる。
「わりぃな。今日から俺の主はルクシア・シンだ。俺はアレを王にする依頼を受けたんだ。お互い頑張ろーぜ」
「……なんでよりによって、ルクシア・シン側に」
訝しむアランに、シドはポリポリと頬を搔いて呟いた。
「――俺ぁ死んでも守りたいもんがあるんだよ。忠告しておくぞ、二人とも」
そう言うシドの瞳は、殺気に満ち満ちているように感じられた。
「ルクシア・シンはバケモノだ。気をつけろ」
ここに、仲の良かった一つのグループは決別の道を行くことになったのだった。
次回、シド視点で第三章は幕を下ろします。
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