エルフ族の装束姿
「ファルマ・グレイス王からの勅命……。なぜフーロイド先生がそれを? イカルスやウィスからの経由なのか、それとも――」
ナジェンダはあからさまに不機嫌そうな表情だった。
バツの悪そうに、アランとエーテルの間に割って入るフーロイドは老いて細くなった目つきをさらに細めて言う。
「奴等は何も関与しとらんよ。全てワシが独断で動いておる」
「国のトップと、たかだか一介の宮廷魔術師の間に何らかの関係があると?」
「ま、そういうことじゃな」
「教育機関と行政機関の癒着ですか。世も末ですね、この国も」
「もともと列強他国と戦える力などないこの国を立て直した者に依存するのも仕方なかろうて。奴がおらねば、我が国とてオルドランペル国のような末路を辿っていたことに変わりはない」
オルドランペル国は、シド・マニウスの故郷だ。
今世紀に起きた100年に1度の巨大天災によって国力は大いに下がり、列強他国に侵略されて亡国した。
その際にはシドの一族であるグレン族もほとんど壊滅したというのは、シド本人からアランも話し聞いている。
フーロイドは白髭に手をやりながら、言葉を選び出すようにして後ろに控えるルクシアを一瞥した。
「我等を狙う輩も少なくない。ここで国力を落とせば滅亡はアルカディア王国が先か、内部崩壊しかかっておるシチリア皇国が先か。次期ルクシア襲名戦を間近に控える今、お上の方にもそれぞれお考えがあるようじゃからな。ワシはそれを伝えに来たまで」
「今年度の特進科にもルクシア・シンという襲名戦候補者がおりました。あなたの後ろにいるルクシア・ネイン助教もその例には漏れないようですが。アルカディア王国も、公式にルクシア襲名戦への――ひいては、シチリア皇国の後継者争いに首を突っ込むと、上はそういうことを考えているのですか?」
「まだルクシア襲名戦の代理者や立候補者も含め、完全な参戦表明は出ておらん。世界を巻き込む国同士の食い合いを前に、むざむざ自国の国力を減らすようなことをせんでもいいというだけの話じゃ」
頭の遙か上を飛び交う情報の渦に、アランもエーテルもお互い首を傾げるばかりだった。
そんな二人を慮るフーロイドが、「ま、何はともあれ」と手をパンと叩いた。
「今年の模擬戦争試験の勝者はアラン、エーテル。お主等二人じゃぞ」
――そう、突拍子もないことを言い始めた。
アランもエーテルも、お互いが目を丸くして驚きの声を上げる。
「は!? ……って、えぇ!?」
「ふ、二人って、そんなことあり得るの!?」
「無論。事実、投入された二人の魔法術師のうちイカルス・イヴァンはアランとシド・マニウスが連携して打ち倒し、ウィス・シルキーはエーテルが抑えて自主帰還させておる。勲章を貰うには充分の戦績じゃて」
ふと、フーロイドの言葉に「あっ!」と口を押さえたのはエーテルだった。
「シ、シドはどうなったの!? あいつ確か私と一緒に……!」
「シド・マニウスは途中棄権じゃ。剣も折れて戦えないことを判断したらしい。今は保健室におるとか」
頭を傾げるのはアランだ。
「保健室……? あいつ、そんな激しい怪我してたか?」
「バカね。あいつがわざわざ保健室行く理由なんてエイレンにしかないじゃない」
エーテルはジト目でアランを一瞥した。
「あー。なんとなく、想像がついてきたよ」
シドのエイレンに対する恋慕の感情は、最近になって並々ならぬとようやく気づき始めたなかで、果たしてエイレンの今の惨状を目にしたシドがどういう行動を起こしてしまうかが少し気がかりではあったものの――。
「ま、何にせよお主等は晴れて魔法術師に大きく近付いた人材となったということ。これまで以上に怪しい輩も取り憑いてくるじゃろう。精々励むことじゃな。ワシは戦後処理が残っておるのでもう行くとするぞ」
そういってフーロイドはさっさと踵を返して部屋を後にする。
ナジェンダは小さく溜息をつきつつも、流石に王からの勅命にはどうしようもないのか「行って良し」と二人に合図を送っていた。
●●●
「ね、アラン。あなたこれからどうするの?」
ふと、保健室に向かう傍らでエーテルは呟いた。
「……さぁ」
「さぁ……って。一応、模擬戦争試験の勝利者は今後2年間のオートル学園在籍を得なくても将来的によっぽどの地位がつくことは確定してるわ。別に学園に収まる必要もないってわけ。それは知ってるでしょう?」
「……そうだなぁ」
妙に間延びしたアランの回答に煮え切らないのはエーテルの方だった。
「私は……ここで勝ったら一気に中央の宮殿に仕えて宮廷魔術師になろうと思っていたの。この国の未来を背負う者として、魔法術師になることが私の夢の近道なのは誰もが知っていることなんだから」
本来ならば、宮仕えの門番からスタートして、認められれば王朝直轄の魔法大学へと入学、その中で更に優秀な者が宮廷魔術師見習いへ、何年かの修行を経て選ばれた魔法センスの所有者が宮廷魔術師になるという過程を経る。
だが、アラン達のようにオートル学園模擬戦争試験に勝利すると、学園在籍のままにアルカディア王国グレイス王朝に仕え、宮廷魔術師の資格を得ることが出来る。
いわば、この戦争試験の勝利者は勝ち組の切符であることと同義なのだ。
「アランは、どうするの? ここでその道を選ばなかったら、多分――」
もちろん、その道を選ばないという選択肢もある。
だがそうした場合、次期魔法術師争いからは大きく後退してしまうこともある。
これまでも、そしてこれからも。魔法術師候補はアランやエーテルだけではないのだから。
「……俺も、魔法術師になりたい。そのために田舎から王都に出てきたし、この不思議な能力を解き明かせるようになるには魔法術師になるのが一番の近道だって言うのは、分かってるんだけどな」
アランの瞳に迷いはなかった。
そんなアランの見据える先には一人の女性がいた。
「……魔法術師になることより大切なことが、俺にはあるんだ」
――そこには、申し訳なさそうな今までの姉弟子ではなく。
あちらもまた、決意を固めたのであろう。
エルフ族特有の緑と白の装束を身に纏う、ルクシア・ネインの姿があった。
次回更新は3/29です。
面白い、続きも頑張れと思って下さったら、★評価や感想などモチベーションアップするので是非宜しくお願いします。




