"このくにのみらいをせおうもの"
魔法力で作られているはずの海水は、容赦なく半壊した教授室に満ちていった。
天井が半壊し、一室だけが水没したその異常な状況にその場にいる全員が固まっている。
海属性魔法使い、エーテル・ミハイルの瞳は自らの父親だけを見つめていた。
「ねぇ、アラン。ちょっとパパと話がしたいの。いいかしら」
「俺の幼馴染みを泣かせた奴だぞ」
「私の親友を泣かせた外道よ」
実父を前に、何のためらいもなく「外道」と言い放ったエーテルを見て、アランは小さく溜息をついた。
「……お好きにどうぞ」
はらわたが煮えくりかえるような想いはあったが、様々な思いが交錯した挙げ句アランは魔法力を練ることを放棄した。アランの行き場のない魔法力が宙に霧散していく。
「……っ!」
そんなわずかな隙を見計らったウィスが即座に魔法力を練った。
「動かないで!」
――が、エーテルはもっと早かった。
ウィスが魔法を練り終わり具現化しようとしたその時には、既に彼女の顔の前には具現化させた海竜の姿があったのだ。
「ンーヴァッ♪」
海竜の質量も先ほどとは比べものにならないほど大きいものだった。
「エーテルさん、あなたもしかして本能限界を……!」
ウィスの動きを一瞬で封じ込めたエーテルは、自らの父の元へ、一歩一歩踏み出した。
「エイレンは私の友達よ」
オートルは動じる様子もなく淡々と呟いた。
「実の父に向かって外道などと言うものではないよ、エーテル。それに彼女もこの件に関しては織り込み済みだ。彼女はそうまでしてでも力を欲していただけのことだ」
「それでもママのような死に方をして良い理由にはならないわ」
ピクリと、オートルの眉が動いた。
「……ママは――アイシャは昔から身体が弱かったんだ。アイシャは魔法使いとしても優秀だった。でも、身体の方が耐えられなかった。魔法の出力を担う『門』に彼女の持つ優秀すぎる魔法力が収まりきらなくなって、ある日を境に突然暴発。そして急死――いわゆる『魔力喰らい』で亡くなったんだ」
冷えた目線でエーテルは呟く。
「そっか。やっぱりパパは知らないんだ」
「……?」
「ママは、ずっと一人で苦しんでたんだよ。それでも、国のために一生懸命頑張るパパの邪魔をしたくなくてずっと我慢してたのを、私はちゃんと知ってるよ」
「そんなバカなことがあるものか。アイシャはいつも笑顔だった。ぼくが帰ってくる頃は、いつも、いつも――……」
言いながら、オートルは脳裏からその記憶を必死に探ろうとした。
「分からないよね。だって、パパは年に数回くらいしか家に帰ってこなかったもの。ママの死の間際だって、パパはずっとずっと国のことしか考えてなかったじゃない」
エーテルはぐっと拳を握りしめていた。
「……それは、そうだ。だけど、ぼくがいなければこの王国もここまで発展してはいなかった。魔法力も人材も乏しかったこの国を列強諸国に立ち向かえる国に育て行くことは急務だった。魔法を使って国に仕えていたいたぼくが魔法を使えないようになってしまったんだ。これまで以上に研究分野で頑張るほかに道はなかったんだ……」
「私もママも知ってたよ。魔法士として第一線で戦っていたパパが魔法を使えなくなって。それでも国の役に立つためにって。頑張って、頑張って魔法研究をがむしゃらに続けてたパパのことをママはずっと応援してたよ」
エーテルの脳裏には、いつでも母の笑顔があった。
なかなか家に帰ってこない父親のことを訪ねれば、母は決まって困ったように笑いながらもドンと胸を張って見せていた。
――ねーね、ママ。
――なぁに? エーテル。
――パパ、きょうもかえってこないの?
――パパは、お国のためにたくさんがんばってるの。
――むぅ。
――今は寂しいかもしれないけれど、いつかきっと分かる日が来るわ。
母はいつでもにっこりと笑って、父のことを自慢げに言っていた。
――だってあなたの父親。オートル・ミハイルは、この国の未来を背負う者なんだから。
「この国の未来を、背負う者……」
まるで何度も確かめるかのように、オートルはその言葉を何度も何度も呟いた。
その言葉は、アランもよく聞き覚えのあるものだった。
――いい? これからよくきくなまえになるの。おぼえておくといいわ!
――わたしのなまえはエーテル・ミハイル! このくにのみらいをせおうもののなまえよ!
「私はパパが魔法を使った所は見たことなかった。だけど全てが分かった今なら分かる」
「……何が分かると言うんだ。お前が生まれてからぼくは一度たりとも魔法を使えたことなどないんだぞ」
額に冷や汗をかきつつエーテルを見据えるオートルに対して彼女は凜として告げる。
「パパのかつての属性は『風』。そして得意だった魔法はヒーリング特化の中でも特に『女神の息吹』。あの優しくて、ほんわかする緑色の光はすごく優しかった。すごく、温かかった」
エーテルの告白には、オートルも驚きを隠せない。
「なんで、お前がそれを……」
「だって、ママが私に使ってくれたんだもの」
「アイシャの魔法は火。火属性だったはずだ。いくら彼女が優秀だったからとて別属性の魔法など使えるわけが……わけが……?」
オートルの中でも全てが繋がりだした。
自らの消えた魔法の門と、母がエーテルに使ったというかつての自分の得意魔法。
オートルの中で解が出ようとした頃に、エーテルははっきりと告げたのだった。
「ママは、多重属性魔法使用者だったんだよ」
次回の更新は3/8になります。
ストックを作ったのでひとまず12回ほどは毎週更新していきます。




