エイレンの涙
「なんだか、外が騒がしいね」
エイレンを背に担いで医務室に駆け込んだアランは、部屋の外の巨大な音に耳を傾けていた。
白いベッドに横たわるエイレンは、悔しそうに顔を歪ませていた。
「また、負けちゃった。今度こそ、勝ちたかったのになぁ。どうして、いつも大事なところで負けちゃうんだろうな……」
エイレンは、多重属性使用の薬を含んでも暴走しないようにいつも魔法力のコントロールを心がけていた。
自分の持ち味は魔法力のコントロールだからこそ、多重属性を使用したときにおかしな暴走と副作用がないように調節してきたつもりだった。
入学式でのアランとの勝負でも、先ほどのエーテルでの勝負でも、副作用の方が先にやって来た。
気持ちを込めすぎていたのか、運が悪かったのかは定かではない。
確実なのは、負けたという事実のみだ。
遠くを見つめるようにして呟くエイレンの目には、もはや魔法の動きは写っていない。
エーテルとシドの大暴走によって対応を追われているオートル学園名うての宮廷魔術師や、ウィスの巨大な水属性魔法が辺り一帯にぶちまけられているにも関わらず、だ。
魔法を使う者にとって、魔法が感知出来ないということは致命的なことだ。
落ち着いて、自分に魔法感知の能力が失われてしまったことを知ったエイレンは、医務室の天井を見て小さくため息をついた。
「アラン君に、少しでも追いつきたかった」
エイレンは呟く。
「コシャ村にいた時から、いつもアラン君を目標にしてたの。突然いなくなって、ずっと悲しかったけど去年にもう一度会うことが出来て、もう一度友達になることが出来て、本当に嬉しかったんだよ」
「エイレンは、コシャ村にいた頃から魔法のコントロールは抜群だったもんな。力の俺と、技のエイレンと……みたいなフー爺の評価、覚えてるか?」
「……うん」
「結局、一回も技の方では勝てなかったのは、凄く悔しかったし、あの後もコントロールはそんなに上手くはならなかったよ」
「アラン君は、大振りな技が好きなんだもんね」
「ドカンと一発ぶちかますのが、俺の性にもあってたからね」
アランは、ベッドに横たわるエイレンの手を握り続けていた。
「ちょっと、疲れちゃった。魔法力使い切っちゃったからかなぁ」
「魔法力切れは、体力が軒並み奪われるからな。ゆっくり休んでおくといいよ」
校舎の外では、医務室にいるアランでさえも感じるピリつくような魔法力が飛び交っていた。
そんなこともつゆ知らず、エイレンはその瞳から涙を流して唇を強く噛んだ。
アランは、医務室の扉を閉めて自らの両頬をバチンと叩いた。
「――どこへ行くつもりですか、アラン君」
と、アランの前に現れたのはルクシアだった。
複雑そうな表情を浮かべて、アランの行く手を阻むかのように立ち尽くしている。
「模擬戦争試験の進行から、先ほど離脱したエイレンさんとアラン君の行方を監視せよ、とのお達しを受けましてね」
自嘲気味に呟くルクシアは、俯いていた。
「エイレンさんの状況は、どうたったんですか?」
「目に見えない魔法を感知出来ない……ルクシアさんが手に集約させている魔法力を、感じることが出来ない状況ですよ」
「多重属性魔法使用者の副作用ですね。自らの魔法力の出所である《扉》に、無理矢理他者の魔法力をねじ込めば、壊されてしまうのも無理はありません」
「知ってたんですか?」
「……だからこそ、フーロイド様はオートル学園への復職を決意されたのです」
ルクシアは続ける。
かつて師に、口止めされていたことだったのだが、もう彼女すらも我慢の限界を迎えていた。
「フーロイド様は復職してから1年間、自らの命を削る勢いで多重属性魔法使用者の副作用軽減に尽力されてきました。エイレンさんの負担を少しでも軽く、一度産んでしまった悪魔の研究を自らの手で収束させるために。ですが、このような事態になってしまっています。ですから――アラン君、お願いします」
ルクシアは、頭を下げる。
「学長室への鍵です」
鍵を差し出してきた姉弟子に、アランは「いいんですか?」と確かめるように問う。
「このままでは、フーロイド様は本気で死ぬまであの悪魔の研究を続けてしまいます。それくらいなら、アラン君の、エーテルさんの手で、全て壊してしまってくれた方が……!」
「大丈夫ですよ、元からそのつもりですから」
ルクシアは、道を空けた。
学長室へと行けば、多重属性使用者の研究の全容が解明出来るという。
アランの両手は、怒りの魔法力に満ちていた。
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タイトル
不死の軍勢を率いるぼっち死霊術師、冒険者に転職してSSSランク認定される。
あらすじ
死霊や死者を操る「死霊術」を極めた死霊術師、ローグ・クセル。
お伽噺に出てくるような伝説の古龍を手懐け、かつて世界を恐怖に陥れた魔王を従え、千を超える不死の軍勢を率いることが出来ても、彼には友達と呼べる存在がいなかった。
禁忌職の一つである死霊術師という嫌われやすい職業の為だと悟ったローグは、職業を隠して一冒険者として出直して、友達を作ることを決意する。
だが、自ら蘇生させた軍と共に生きて、様々なことを教えられ、修羅場をくぐったローグの使う魔法や術は、常人の能力を遥かに超越していた。
気付くとローグは全ての能力項目でSSSを観測する超オールラウンダーの冒険者となってしまっていた。
そんなローグは、冒険者界隈でたちまち噂になっていきーーー!?




