出会いと始まり
今まで広がっていた草原一色の景色とは打って変わり、一家の眼前に広がっていたのは都会ならではの喧騒だった。
立ち並ぶ商店、家々。中央に高く聳え立つ王都の象徴でもあるオートル魔法科学研究所。
この国の発展を陰から支え、そしてこの国の発展と共にある巨大な中央研究施設の一つだ。
「アラン、起きて。着いたわよ」
優しく、膝の上で再び寝息を立てていた息子を揺すって起こすマイン。
馬の前方では街に入る際、魔法を解除して意図的に馬車を崩壊させたファンジオが額に付いた土を払いのけた。
「……ついたの?」
「ええ、着いたわ。アラン、初めてでしょう? 王都」
「……うん」
若干寝ぼけているアランの眼をこすってやるマインは、先んじて馬車から姿を現した。
「マイン、アラン。準備出来たか? とりあえず、荷物おろしてくれ……って、もうマインやってくれてるのか」
「もちろん。ファンジオの足を引っ張りたくないもの」
そう、「えへん」と謙虚に胸を張るマイン。彼女の背には比較的大きなリュックが背負われていた。
「アラン、ここからは人が多いから手を繋いでね。逸れちゃったら会えなくなるから」
そう告げたマイン。
白髪を振り乱しつつマインは悠々と道を歩く。
王都中央に向けて歩みを始めるファンジオの後を二人はついていく。
「ひとがいっぱいだねー」
「コシャの村が大体百人だから……おおよそ千倍。十万人がここにはいるの」
「……じゅうまんにん?」
「コシャ村が千個あるのよ」
「せんこ!?」
あまりの数字に驚きを隠せないアラン。何か、呟くように「エイレンちゃんがせんにんいるのかな……」と道行く人々を眺め見るアランの姿にマインはくすりと笑みを浮かべていた。
「おー、田舎上がりかそこの兄ちゃん! いい奥さんと子供じゃねえか!」
と、王都の大通りを進んでいく一家を呼び止めたのは、通りの端の店に立つ一人の大男。
――また古臭い商売文句だな。
そう嘆息気味にふと振り向いたファンジオの先では、一つのドライフルーツを持った男がいた。
額には黒と白を基調とした鉢巻。そして筋肉で六つに割れた筋肉に茶褐色の肌。
「久しぶりだなぁファンジオ。今日は家族連れかい?」
「ド……ドローレン!? な、何でこんなところにいるんだよ! おま……この時期は漁獲期じゃなかったのか?」
「事情が変わっちまってなぁ。ウチの村でも最近はめっきり魚も獲れなくなってな。あまりに生活が振るわねーからって俺が代表して出稼ぎに来たってことだ」
ファンジオにドローレンと、そう呼ばれた男は商品の魚を小さな袋に詰めてファンジオに手渡した。
「オラ、家族で食いな。すぐ食えるように刺身にしてんだ……変な下処理はいらねぇよ」
「い、いやいや……悪いぜそんなことされても……」
そんなファンジオの謙遜に、ドローレンは諦めたかのような、達観したかのような表情を浮かべた。
「俺、ちょうど村に帰るつもりだったんだ……。売れ行きも良くねぇし、今回の目的は既に達せられたからな」
そんな様子にファンジオは「どういうことだ?」と怪訝そうにドローレンに詰め寄った。
「俺たちにとって、必要不可欠である天の恵みが一切なくなってなぁ。おかげで魚が港に寄り付かねえ。商売あがったりってわけさ」
「雨……か。そればかりは人の手にはどうしようもならねぇな……」
「だから、村に希望を持たせるために――高額はたいて数人規模の王都管轄の巫女を雇ったんだ。天候予測最後の砦をな。だが、そいつでもどうすることも出来なかった。巫女の予言によるとここ数週間は、希望は絶たれたらしいからな」
ドローレンの言葉に食い入るように聞いていたファンジオ。
傍で見守っていたマインが、すかさず声をかける。
「……ファンジオ。私たち、先に管理局に行ってようかしら?」
「……悪いな。そうしてくれ。俺もすぐに行く」
ファンジオはそう短く答えた後に「アラン、行くわよー」とマインは、ドローレンから受け取った魚をアランに手渡した。
「ふぉー……」
アランは生で見る初めての魚に興味津々だったようだ。
ファンジオはドローレンと何か言葉を交わし合う中でマイン、アラン。そしてファンジオ、ドローレンとの別行動となっていた。
マインはアランの手を引いて、王都中央に高く聳え立つ塔に足を踏み入れた。
引っ切り無しにその高い建造物に入っていく人々の波に押しつぶされないようにとぐっと力を握りしめたマイン。
マインとて、王都に来るのは実に一年ぶりだ。普段人の波を経験しないマインにとってもこの人込みは少々来るものがある。
「……ママ?」
「大丈夫よ、アラン。行きましょう」
マインがここにやってきた目的はただ一つ。
王都中枢は商売に関する規定があるからだ。
王都には日々、地方から出稼ぎに来る者が多数いる。実際、ファンジオ達も店を構えてそこで物品を売るわけだが、適当に屋台を構えるよりは空き家を数日間予約し、そこで営みを行うというのが一般的な手法だ。
先ほど家族が会った大男、ドローレンも出稼ぎ組の一人だった。
その総管轄を行っているのが王都中央管理局。
高く聳えるオートる魔法研究所に隣接する国家機関である。
「ママ、商売店の借用受付を済ませてくるわね。アラン、ここでじっとしていられる?」
「うん……すぐにかえってくる?」
「もちろんよ。まあ……すぐそこだし、何か異変があればすぐに駆け付けるもの。ちょっとの間だけここで待っててね」
「わ、わかった」
アランにとって、建造物の中に入った途端の喧騒は初めての経験だった。
ガヤガヤと賑わう人波。そして多くの家族連れ。見るもの全てがアランにとっては新鮮だった。
そんな中で――。
「あれぇ? おんなじようなにおいがするよ」
ふと、アランの後ろで呟いた人物がいた。
ピクリと肩を震わせたアランはゆっくりと首を後ろに向ける。するとそこに立っていたのは一人の少女だった。
少女はアランをまじまじと見つめた後に、幼い表情で「にし~」と笑みを投げかけた。
「もしかしてあなたも……とくいしゃ?」
その少女の瞳は透き通るような翡翠だった。
まるで深海とでもいえる程度に藍がかったその髪の毛を綺麗に束ねている。
ポニーテールのようなその髪型をした少女は、アランの周りをぐるぐると周りつつ、束ねられた一房を振り子のように揺らせる。
「……とくいしゃ?」
アランは、少女の言っていることの意味が全く分からずに反芻をすることしかできずにいた。
「パパが言ってたの。わたし、『えらばれたひと』なんだって!」
「……?」
「でも、おなじひとっぽいから……! わたし、えらいからじこしょうかいできるもん!」
自信ありげに少女はアランの前に仁王立ちをした。
自信満々のその瞳からは、これまで生きてきたわずかな期間だけでも相当な自信を植え付けられた証拠であろうことは容易に想像できる。
少女は、息をすうっと吸い上げた。
○○○
「……んで、それがどうしてここを去るなんてことになるんだよ。お前、ここに来て何日経った?」
「まだ四日だ。だが今回の目的は売り捌き切ることじゃねぇからな」
「どういうことだ?」
ドローレンの発した言葉に、ファンジオは怪訝な表情を示した。
そんなファンジオの後ろの通行人を危惧してか、ドローレンはファンジオに肩を回して「まあこっちに来いよ」と店の中にファンジオを連れ込む。
「お前、聞いたことあるか?」
そのドローレンの言葉にファンジオは「……もったいぶらずに言えよ……」とため息をついた。
「恵みの水を生み出す『海属性』の使い手の話だよ。王都じゃかなり有名なんだぜ? だから、その『海属性』の使い手の力を利用して、ウチの港を助けてもらおうってわけさ」
そう言ってドローレンは机の上に置いてあった大きな袋を指さした。
「あそこには村中の依頼金が入ってんだ。全額はたいて、たかだか四歳の女の子に縋るってのは情けねえ話でもあるが……」
「四歳の女の子?」
「ああ、知らねえか? わずか四歳、そしてオートル魔法研究所局長の一人娘にして『海属性』の魔法適性を持つ、『神の子』とも呼ばれるその少女――」
○○○
「いい? これからよくきくなまえになるの。おぼえておくといいわ!」
快活な少女は、アランにピッと指を立てた。
「わたしのなまえはエーテル・ミハイル! このくにのみらいをせおうもののなまえよ!」
少女――エーテル・ミハイルの自信に満ちた声が中央管理局に響き渡ったのだった。
新キャラエーテル・ミハイル。
この作品のメインヒロインの登場です。
よろしくお願いします。




