残りモノ同盟
アステラル街に急行するために走る二人。
シドとアランは、前方に立ち上る魔法の波動に驚きを禁じ得ずにいる。
「あー、アラン。何だ、勢いで出てきちまったがこれ、魔法使えねぇ俺に出る幕はあんのか? あの怪獣大合戦に……」
「残念ながら、魔法が使える俺でも分からないよ。ただ――」
アランは首を傾げながら呟く。
「あそこの空間は、もはや魔法力と魔法力が互いに刃のようになって斬りつけ合ってるような状態だ。魔法力が感知出来ないシドが迂闊に中に突っ込むと、無事では済まない可能性もあるね」
「……だろうなぁ。デカいハンデに変わりはねぇか。とはいえ、エイレンさんがあそこにいるとなれば、行くっきゃねぇしな」
二人の前方に広がる魔法のぶつかり合い。
エーテルの顕現させる海竜はいつもの何倍もの大きさで疑似空間ごと揺らしている。
それに対抗して、水流で受け流しつつ、こちらも水で具現化させた小型の水龍を数多操って海竜との死闘を繰り広げているようだった。
その様子は、シドの言うとおり怪獣大合戦だ。
海竜が魔法波動砲を打ち込むと、もう一方の小さな水龍達は軽やかに避ける――が、避けきれなかった数体が波動砲に巻き込まれた撃沈していく。
海龍の吐き出した水流を遡って、水龍達が一斉に身体に食らいつくと全身を捻って引き剥がすその姿に、アステラル街に向けて全力疾走を止めない二人は冷や汗を流すほか無かった。
そして二人の懸念はもう一つあった。
先ほどからラグを放ちながら、この王都レスティムを擬似的に作った空間に綻びが生じつつある。
「出来れば、ここがぶっ壊れる前に片つけねえとな」
シドが短くため息を吐くと同時に、二人はアステラル街に飛び込んだ。
アランが、以前エーテルと闘った跡が生々しく残る中で、シドはすぐさま眼を懲らす。
「え、エイレンさん!?」
アステラル街には、魔法力の渦巻く混沌とした空間が広がっていた。
海属性エーテル・ミハイルの極大の魔法力。
水属性の筆頭、ウィス・シルキーの極大の魔法力がぶつかり合う。
そのすぐ横で呆然としているエイレンに、アランはぞわりと背筋が凍るのを感じていた。
魔法使いは、強者と強者の魔法合戦に入り込むのは相当な負担が強いられる。
それは、魔法力同士がぶつかり合うことによって、魔法力の刃が鎌鼬のように生じるからだ。
当然、魔法感知能力の高い魔法使いならば当然避けるはずなのだが――。
「何してんだよ、あいつ……!」
エイレンのすぐ側に幾重もの刃が飛び交っているのにも関わらず、彼女はその場を動こうともしない。
シュッ。
エーテルとウィスの余波で魔法力の刃が、今にも降りかかりそうな中で動かないエイレン。
「お、おいアラン!?」
シドの静止も構わず、アランは右手に魔法力を込めてエイレンの元へと直行する。
「……あ、アラン君?」
上空に浮かばせた雷雲から魔法力を取り出し、迎撃する。
間一髪でエイレンに向かっていた不可視の刃は消えたものの、未だ手に残る魔法力の感覚に舌打ちをする他ない。
それでも、一切の危機を感じていなかったかのようなエイレン。
「なぁ、エイレン」
「ど、どうしたの? それより、あの二人が……」
「……いや、なんでもない」
心の動悸を無理矢理抑えたアランの元に、シドが走り寄る。
ケホ、と小さく咳をしたエイレンの手に、小さく血が滲んだ。
そしてそれは、かつてアランが見た光景とそっくりだったことを思い出していた。
その間にも、ウィスとエーテルの魔法闘争は激化の一途を辿っている。
「――ぐっ!?」
ウィスの、空間を揺らすほどの法撃と共にエーテルがアラン達の元に吹っ飛んでくる。
疑似空間にラグが発生し、今にも空間自体が破壊されそうな勢いだ。
ドォン!!と、アステラル街の一棟への衝撃を魔法で相殺しつつも苦い顔を浮かべるエーテルは、アラン達を眺めて不服そうに頬を膨らませた。
「エーテル。質問に答えてくれ」
「何? 今、取り込み中なんだけど」
アランは、ふと呟いた。
――魔法術師ウィス・シルキーが魔法力の人体実験に関与している可能性がある。
――魔法力の人体実験だぁ? 何ですその馬鹿げた話は。
――だから、史上初の多重属性魔法使用者なんてものが、出来上がってるんじゃないのか……?
口端に血を滲ませたエイレンは、恥ずかしそうにそれを拭き取った。立ち上がる力も無いようで、ふらりと倒れかけたその様子を見て、シドは甲斐甲斐しく肩を貸していた。
宮廷魔術師ナジェンダと、イカルスの会話をここに来るまで何度も反芻させていた。
エイレンの多重属性魔法使用は、アランもそう何度も見たことはない。
オートル学園での入学式、そして今と。
明らかに顔色も悪い。それに、先ほどのウィスとエーテルの魔法力を感知出来ない……魔法力が視えていない。
それが、多重属性魔法使用の副作用だとするならば――。
そう考えるだけで、虫唾が走る思いだった。
「エイレンを――俺の大切な幼馴染みを、苦しませる奴はどこのどいつだ」
バチバチと、アランの手の中に魔法力が籠もる。
それを見たエーテルは、「うん、私のパパと、ウィス・シルキーよ」と即答する。
そんな二人の短い言葉の交わし合いに異を唱えたのは、エイレンだった。
「アラン君、違うよ? 違うんだよ……。これは、私が望んだことなの。強くなりたくて、入学試験の時だって、アラン君にもう一度会おうって……それに、一緒に入学したからこそ、強くなって、その――」
顔を真っ赤にしながら呟くエイレンを真横に見ながら、シドはオールバックにした紅髪をくしゃくしゃ搔いて、彼女の言葉を遮るかのように言う。
「アラン、ここは俺とエーテルが引き受ける。お前はさっさとエイレンさん連れて自主送還しろ。医務室の場所はお前が一番よく知ってるだろ」
「……え、し、シド君!?」
「そうね。エーテルはあなたに任せるわ、アラン。それにしてもシドは魔法が使えないのに魔法術師と太刀打ち出来るの?」
「馬鹿言え。魔法なんて使わなくても剣一本で切り抜けてるから、剣鬼なんて物騒な二つ名がつけられてんだろーが」
「それもそうね」
「ってな訳だ、アラン。エイレンさんを頼んだ」
ふと、エイレンを支えるアラン。
「エイレン、自主送還は大丈夫か?」
「う、うん、だ、大丈夫……。自主送還」
しゅんっと、エイレンの宣言と共に光の粒子に包まれてその場から姿が消えていくアランは、横目でシドとエーテルの姿をちらりと一瞥した。
「ありがとう、恩に着るよ。自主送還」
すぐにアランも自主送還を唱えて、身体が光の粒子に包まれていく。
二人が消えていくのを確認したシドは、苦々しく顔を歪めた。
「あぁぁぁ、クソ。ちくしょう。腹が立って仕方ねぇ。エイレンさんをあんなにした奴も、アランも、まとめてぶった切ってやりたいところだ」
自嘲気味な笑みに、エーテルもため息を付く。
「奇遇ね、私も、アランと一緒に自主送還してったエイレンと、私のパパに凄く悔しいし、苛立ってる。これじゃまるで、残りモノ同盟ね」
「っははは、いい響きじゃねぇか。ンじゃ残りモノ同士、エイレンさんを苦しめる奴をぶっ飛ばすとしようぜ」
海属性魔法のエーテル・ミハイル。そして魔法適正のない剣鬼が、残りモノ同盟として、臨戦態勢に入っていった。




