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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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母の影

「はぁ……ケホッ……」


 大質量の火属性魔法を放ったエイレンは、ぐらりと視界が揺らぐのを感じていた。

 エーテルは海属性の魔法で防御障壁を築こうとしていたが、一足遅く、エイレンの火属性の魔法を諸に喰らっていた。

 ぷすぷすと黒焦げた服の匂いが鼻腔を突く。

 エーテルの手に辛うじて集約していた魔法力が、霧散していく。

 疑似空間で出来たアステラル街の中心で、エーテル・ミハイルは力なく倒れ込んでいた。

 エイレンがふと脱力して膝から崩れ落ちる瞬間、彼女は何物かに自分の身体が支えられるのを感じていた。


「う、ウィス……先生?」


 エイレンの前に現れたのは魔法術師ウィス・シルキー。

 イカルス・イヴァンが王都中央通りに向かうのと反対側を狙ってきた彼女は、エイレンとエーテルの戦いの様子を影から見守っていたのだった。


「先ほどの戦い、見させてもらいましたよ。なかなかの戦い振りでしたが……やはり、負担は大きそうですね?」


「はい……。正直、身体の中で魔法力が上手く動かないような、そんな感覚です。今はそんなに魔法力を使うことが出来ませんが、しばらくしたらまた持ち直すと……ケホッ……」


 咳き込む度に、掌に少量の血が混じる。

 だが、それは入学試験の時ほどではない。

 苦しくはあるが、かつてアランに助けられた時ほどの重症度ではない。


「徐々にこれから症状も軽くなるでしょう。エイレンさんの中にある『門』に、新たにもう一つ『門』が加わる前段階なのだと思いますよ」


「……そう、ですか……」


 そう言って、エイレンは自身の胸に手をかざす。

 胸の奥の微かなざわつきに、違和感を覚えながら。

 

「良いでしょう、今は自主送還エズリールして学長の元に戻って下さい。エイレンさんの体調はまだ芳しくありませんからね」


「あ、あの、まだ試験は終わっていないんですけど……。アラン君や、シド君は今どうしていますか?」


「二人でしたら、王都中央通りに大きな暗い雲の下あたりにいるでしょう。あの雲は恐らく、アラン君の魔法が作り出したものでしょうからね。これはイカルスが劣勢のようです」


 エイレンは、辺りをきょろきょろと見回す。

 その様子にウィスが不思議に思っていると、ふと、エイレンは平坦な表情で呟いたのだった。

 

「雲……? どこにある(・・・・・)んですか(・・・・)、それ?」


 エイレンの言葉に、ウィスは思わず息を詰まらせる――と同時に。

 側で、静かに立ち上がった一人の気配があった。


○○○


 身体の中が焼け付くように熱かった。

 少女――エーテル・ミハイルは火属性魔法の直撃を受けて倒れ伏していた。

 直前に海属性魔法の防御障壁を張ろうとしたが、間に合わないままに霧散。

 身体中の魔法力が一気に枯渇し、意識を保つのでさえ精一杯だ。


 幸いにも、アナウンスから「強制送還リズリール」の声は聞こえていない。

 一度、負けはした。だからこそ、これ以上は負けたくない。

 エイレンはウィスと接触して、何かを話していた。

 遠くの方で感じる膨大量の魔法力は、アランのものだとすぐに分かった。

 アランも、全力で闘っている。

 自分は何も出来なかった――いや、しなかった。

 それが一番悔しかった。

 エイレンの覚悟に応えなければならない。

 ズルくても、構わない。

 非難されようとも、構わない。

 だからこそ、彼女の想いにもう一度、立ち向かわなければと決心した、そんな矢先だった。


「雲……? どこにある(・・・・・)んですか(・・・・)、それ?」


 ぞわり、と。

 悪寒が身を包んだ。


 ――エーテルの魔法、もう一回だけ、感じてみたかったな。


 脳裏に、幼い頃の記憶が過ぎった。

 今は亡き母の顔だ。

 エーテルは、4歳の折に母を亡くしている。

 父親の研究に昔から付き合っていた母親は、謎の病死を遂げた。

 晩年は、エーテルの魔法力を感じられなかったことはよく覚えている。

 魔法を発動しても、どの程度の濃密なのか、規模なのかが分からない。

 目に見える視覚的な現象だけが分かる状態だったが、それは魔法使いとしては死を意味する。

 そしてエーテルの母は、魔法使いとしてではなく人としても死を迎えることとなった。


 母親に誉めて貰いたくて、一生懸命魔法を練習した。たくさんの力で、たくさんの魔法が使えるようになったかと思ったら、母親は既に魔法を感知する能力がなくなっていたのだ。


 魔法力の『門』が上手く開け閉めが出来なくなったために魔法力が暴発し、身体の中心から魔法を司る機関に支障を来して、他の内臓にまでその影響が伝播したことによる『魔力喰らい』と呼ばれる病に伏して、死んでいった。

 その原因は、医者も匙を投げるくらいに分からなかった。

 母は、何か知っていそうだったがそれを最期までエーテルには教えられていなかった。


 だが、ピースは徐々にはまっていく。


「ねぇ、嘘でしょ……? そういうことだったの、パパ……」


 直接的な『魔力喰らい』の原因は不明だと言われていた。何故、突然『門』が異常を来すのかは分からなかった。

 エーテルの記憶では、かねてより母親は体調が芳しくなかった。エーテルの前で魔法を使うこともなかった。

 少し使おうとすると、咳き込んでいるエイレンの姿と、母の影が重なっていた。


「……エイレン。よく聞きなさい」


 エーテルはふと立ち上がった。


「エーテルさん。あなたは試験に脱落したんです。強制送還リズリールされてしかるべきで――」


「まだアナウンスはされていません。エイレン、いい? あなたの病状は軽くなっていったりなんてしていない。むしろ、より重体化してるだけ。欺されないで」


「え、エーテルちゃん……?」


「私、もう何を信じて良いか分からない。だから、ごめんね……エイレン」


 己の身体の中にある全ての魔法力を具現化させる。

 先ほどよりも遥かに膨大質量の海属性魔法がこの疑似空間に顕現されつつあった。


「……っ! エーテルさん、落ち着いて下さい。今ここでそんな許容以上の魔法力を使えば、疑似空間は破壊され、自我は――」


海竜(レヴィ)!!! 私の魔法力、全部持ってきなさい!」


「――ンヴァァァァァァッッ!!!!!」


 自分の魔法力を、全て海竜レヴィに注ぎ込む。

 全ての力を受け止めた海竜レヴィは、掛かっていた火の拘束具を容易く引きちぎって、疑似空間の空高くまで舞い上がる。


「ウィス先生。パパの元に私を連れて行って下さい」


 海竜レヴィの中に取り込まれながら、エーテルは呟いた。

 ウィスは苦し紛れに歯ぎしりを浮かべながら言う。


「それは……出来ない相談ですね。今の貴女は、何をしでかすか分からない」


「そう……まぁ、間違ってはいないですけど――」


 ふと、エーテルは、ウィスが見上げるほどの体長となった海竜レヴィと心と体を結合させる。

 半透明な質量を持った海竜レヴィの胸の内で、エーテルは自分の手足を動かすかのように、海竜の腕をウィスに向かって叩き付ける。


「それなら、自力で、行かせてもらいます!!!」


 そう叫ぶその声は、怒りに満ちていたのだった。

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