諸刃の剣
地中から隆起して、ドーム状に囲おうと大地が変形していく。
エーテルを覆い隠しにくるそれを避けようとするが、寸分違わず繰り出されるエイレンの炎魔法がそれを邪魔する。
人ひとり覆う程度の土のかまくらに、少しばかりの隙間が出来る。
砂埃に目をやられたエーテルが、視界をやられているのに対処しようとすると同時に、肌がヒリつくような物理的な熱さに本能が警鐘を鳴らすのを感じていた。
「大津波!」
土のかまくらの中で海属性魔法を使用することは苦渋の選択でもあった。
属性魔法の威力を少しでも間違えば、土のかまくらの中に水流を発生させて溺れる可能性もあるのだから。
だが、躊躇はしなかった。
全力、全開の力で背後の空間から膨大な量の海水を放出する。
魔法力の後押しによって、小規模な災害と化したそれは、エーテルの身体を覆っていた土のかまくらにあったわずかな綻びから外に射出される。
「……っ!」
大波に乗って土かまくらの外に飛び出たエーテルは、すぐさま両手に新しい魔法力を込めた。
「海竜槍!」
アステラル街の中央で、罠に掛かって動きを完全に沈黙させてしまった海竜は抵抗をやめて火で出来た拘束具の中で大人しく主を待つ。
イカルスの炎の鳥や、エーテルの海竜は個人で発現させることができる遠隔型且つ生体型の魔法具でもあると言える。
海竜が余計な力を使えば、近くで闘うエーテルの魔法力を少なからず奪ってしまう。
自我をも持つ海竜は、この戦闘の全てを主に委ねた形だ。
エイレンはエーテルの攻撃にすぐさま対応し、土に手を当てて巨大な土壁を生成する。 襲いかかる海流をせき止め、いなすと同時に役割を終えた土壁は儚く固まりで大地に戻っていく。
「やるわね、エイレン……って!? ちょっと、大丈――!?」
「……まだ、終わってないよっ!」
エーテルの心配も束の間、再び隆起しだした土かまくらを避けて、エーテルは海流に乗って宙を舞った。
だが、先ほどのように土かまくらがエーテルを覆うことはなく、形成の半分もいかないくらいで瓦解していく。
「はぁっ、はぁ……っ」
エーテルから見ても、エイレンのコンディションは万全ではない。
それどころか、先ほどと比べても明らかに魔法力のコントロールにブレがあるのが分かる。
「多重属性魔法使用者って聞いた時は心底驚いたけれど、そんな生やさしい代物じゃなかったってことね……」
「ヶホ」と小さく咳を出すエイレンの手には、紅が混じっていた。
口端についたそれをエイレンは、何でも無い、とでも言うように静かに拭う。
多重属性魔法使用は、歴史上でもまだ観測されたことのない偉業のそれだ。
人類には、太古より一人一つ、神からの祝福によって属性が与えられている。
稀にエーテルやシド、アランのような特異的な属性魔法使用者、または無属性使用者の話は見聞きするものの、それこそ二つの属性を同時に操った者がいる記録はなかった。
例え同じ属性魔法でも、それは使用者によって独特の個性がある。一つの個性のある所に別の個性が宛がわれればもちろん、個性同士が反発し合い、相殺し、魔法力放出の『門』が壊れるか、最悪の場合死に直結する。
二重属性魔法使用は長年の課題でもあり、永久的に解決できるモノではないとされてきた――が。
それは、フーロイド・ミハイルによる「魔法具理論」により覆されつつある。
魔法具の産みの親とも呼ばれるフーロイドは、属性魔法を引き出さずに使用する魔法具を開発した。
市販されている魔法具剣や、アランの持つリストバンドもそれに含まれる。
つまり、理論的に多重属性魔法は体現しつつあったのは知っていたが。
「エイレン、あなたパパに……学長に何を言われたの?」
「なんのこと?」
俯き気味に応えるエイレン。
エーテルは知っている。この違和感を。多重属性魔法に関する被検体打診は、エーテルの方にも来ていたのだから。
無論、断りはした。その時に、多重属性魔法使用のエイレンのことが頭を過ぎったのは言うまでも無い。
「今の学長は危険よ。ウィス先生と何を考えているのかは分からないけど……現に、エイレン、副作用だって出てるじゃない」
「そう……かもね」
要領を得ないエイレンの言葉に、少し苛立ちを隠せない。
攻撃を掛けるのを考え倦ねていたエーテルに、エイレンは「でも」と小さく呟いた。
「アラン君に近付くためには、隣を歩くには、これしかないんだよ」
瞬間、エイレンの右手に魔法力が集約する。
生来エイレンが持つ類い希なる魔法コントロール能力そのままに繰り出される魔法。
「土と火か分からないのが、厄介ったらありゃしないわねッ! 海属性魔法――」
同じようにエーテルも反撃を狙うのだが。
エイレンの口端に流血を見た途端に、攻撃を渋ってしまう。
「~~ッ!!」
言いようのない感情が込み上げる。
これは試験だ。甘さなど一切捨てなければならないのは、分かっている。
それでも――。
「エイレン、自主送還して。今のあなたとは闘いたくないわ」
「どうして?」
「どうしてって……。そんな状態の友達と、闘えるわけないじゃない! 多重属性魔法の使用なんて、やっぱり無茶だったのよ……! このままじゃ、『門』だって閉じちゃうかもしれないのよ!? これから先、魔法自体使えなくなっちゃうかもしれないし!」
「うん、知ってるよ。だから、それまでは彼の隣にいたいんだ」
エイレンの肩までかかる茶の髪がふわりと揺れた。
額には汗が滲んでいる。呼吸も荒い。それでも、眼光だけはギラギラと輝いていた。
「出来ることなら、全力のエーテルちゃんに勝ちたかったな」
エイレンの言葉が終わると同時に、エーテルは縛られるような感覚に陥っていた。
足下を見ると、先ほどまで隆起していた土の一部が脚に絡まっている。
「う、動けな――!?」
エイレンの左手には、先ほどからずっと溜めていた火属性魔法の魔方陣が握られていた。 エーテルが海属性魔法による防御壁を使おうと魔法の発動に入る頃には、彼女の目の前は視界を覆い尽くさんばかりの炎に包まれていた――。
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