試験の行方
『――魔法術師イカルス・イヴァン 強制送還』
場内にアナウンスが響き渡る。
シドの剣先がイカルスの顔の前に向く。
「ちぇー、最後の最後、ちょっと発動が遅かったか……。まだ試作が足りないみたいだ」
苦笑いを浮かべながら、イカルスは頬をぽりぽりと搔いた。
シドとイカルスの間には、既に防御用の炎結界が張られていた。
さらに、魔法で象られた炎の剣がシドの腹に剣先を突き立てている。
魔法術師イカルス・イヴァンは負けていた訳ではない。
むしろ、自身が倒されそうになる寸前にも関わらず、冷静な判断で炎属性の防御結界と、攻撃の瞬間に隙を見せたシドに剣を具現化させてカウンターを決めている。
「ちっ……」
「相方の急な魔法発動にも関わらず、瞬時に態勢を立て直した判断能力、適応力。そして止めることなくぼくに向け続けた殺気。なるほど、魔法力がないなかで魔法特別進学科に在籍できる実力も伊達じゃないね」
その状況をようやく判断したシドが、悔し紛れに歯ぎしりをした。
アランの唐突な判断ではあるが、急速な下降気流に乗ってイカルスに一泡吹かせたつもりが、気付かないうちにカウンターを喰らっていたのだから、無理はない。
イカルスは、顕現させていた防御結界と剣を霧散させ、アランに目を向ける。
「シド君の身体を潰さないように、ギリギリコントロールさせたダウンバースト。あの巨大な雲から発せられる、まさに小規模な天変地異だね。規模さえも調節可能となると、いつかは国一つだって潰せちゃいそうな、恐ろしい力だ」
「小規模なコントロールは効きますけど、大規模なコントロールはまだ全然です」
ふと、ふらりと態勢を崩しながら倒れ込みかけるアランの肩を持ったシド。
「この通り、細かいコントロールの後を考えると、実戦仕様はまだまだです」
「いやはや、後ろに控えてる後輩は恐ろしいね。ぼくも、君たちに魔法術師の座を奪われないようにまだまだ勉強しなくてはならないみたいだ」
そう、イカルスが口にした瞬間だった。
「なぁ……あれ、なんだ」
シドがぽつり、呟くように空の向こうを指さした。
そこには、深蒼の巨大な水流の波がどこまでも、どこまでも高く立ち上っていた。
アランとイカルスは、その膨大すぎるとも言える魔法力の波動に思わず全身が総毛立つのを感じずにはいられなかった。
「アラン君、あれをどう見る」
「エーテルの大津波でしょう……けど、あそこまで鬼気迫った魔法力は、見たことがありません……」
「ん? どういうことだ?」
アランとイカルスの会話についていけていないのは、魔法適正のないシド。
アランやイカルスは、魔法の波を感じることが出来るが、『門』のないシドは魔法がなんたるものかはあまり理解できていない。シドは魔法発動ではなくその殺気や闘志で魔法能力者と対峙することが多い。
アランは、魔法力の渦が巻き起こっている場所――王都中央通りから反対側に位置するアステラル街付近を示す。
「普段、エーテルが使っている魔法力量を遥かに超えた魔法力が、あそこの一点に集中してる」
「そりゃ、試験だからじゃないのか? 試験は、全力出すもんだろう」
「それはそうなんだけど、あれは何というか、人を殺める勢いの狂気を孕んでるんだ……」
要領を得ないアランの説明に、シドは訝しげに首を傾げる。
「それに……ちょぉっと、これは穏やかじゃないね」
ピキピキと、空間が揺れる。
魔法具で作られた擬似的な空間がほのかに揺れ始めていた。
その時だった。
『イカルス! 聞こえるか、イカルス!』
アナウンスを超えて、イカルスの前に現れた光の球。
それは、通信系の魔法具でナジェンダの声だった。
『緊急事態だ。すぐに本部に戻ってきてくれ。そしてそこにいるのはアラン君とシド君だね。今すぐ自主送還するんだ』
宮廷魔術師にして、魔法特別進学科の担任であるナジェンダの焦りを含んだ声に、イカルスは言う。
「ナジェンダ先生? 一体何が起こってるんです。疑似空間の崩壊なんて、オートル学園設立以来なかったことですよ? この伝統ある試験を中止にでもしろと?」
怒気を含んだイカルスに、光の球から聞こえてくる疑似空間の向こう側――職員達のドタバタが激しくなる。
『あぁ、そうだ。この試験は恐らく中止になる。生徒の安全が最優先だ。エイレンさんにも、至急救助の者を向かわせる。そしてイカルス。淼㵘の魔法術師ウィス・シルキーが魔法力の人体実験に関与している可能性がある。まだ調査中ではあるが、な』
「魔法力の人体実験だぁ? 何ですその馬鹿げた話は」
『だから、史上初の多重属性魔法使用者なんてものが、出来上がってるんじゃないのか……?』
ナジェンダの一言に、まだ理解出来ていないイカルスとは対照的に、アランとシドは恐る恐る向き合った。
「あそこにいるのは、エイレンさんか……!!」
「待て、シド! 俺も行く!」
ふと、アランが目を離した隙にシドが巨大な水流の壁目がけて走り出す。
それを見たアランも、シドの後を追うように走って行く。
「……ちょ!? 二人とも、避難って言われて――」
イカルスの静止を振り切って、二人はアステラル街に向けて全力急行していた。




