体力勝負
最前線で活躍する魔法術師の技を、直に感じる滅多にないチャンスだ。
アランは培ってきた魔法力を惜しみなく注ぎ込むために、上空に発現した巨大な積乱雲に半分近い魔法力を入れた。
積乱雲と、そして両手に分散させた魔法力には、イカルスも少々警戒している様子が窺えた。
三点に魔法力を分散させつつ、かつそれらを上手く操り切るには相当な技術が必要だ。
少し前までは天属性魔法の使用による副作用に苦しまされていたが、思考がどんどん明瞭になっていく上で魔法力も前より遥かに使いやすくなっている。
日頃からのフーロイドとの修行と、先の王都に襲来した龍頭の二つに、アランは心の中で感謝する。
「持久戦も覚悟しないとね……! さぁ、打ち合おうか、アラン・ノエル君ッ!」
イカルスは、先ほど放出した三本の炎の槍を打ち砕かれて魔法力の充填もままならないはずなのに、にやりと笑みを浮かべた。
両のポケットに手を入れて、その中から何枚かの紙切れが空を舞う。
「じゃぁこれはどう受け止めてくれるだろう?」
まるで、試しているかのようにイカルスが言うと同時に、宙を舞った数枚の紙切れが一斉に紅の光を帯びる。
紙一枚一枚には、無数の円と文様の描かれた魔方陣。その円からめらめらと炎が立ち上がり、形態を変化させていく。
「携帯型火属性魔法、炎天下多連槍」
幾重にも輝きを放つその紙切れから、先ほどとは比べものにならないほどに濃密度の炎槍が射出される。
空気が一瞬にしてチリチリと焦げ付くような音を発し、イカルスの周りは無数の炎に包まれる。
「携帯型魔法具の一種でね。フーロイド先生が考案した『紙媒体への魔法力付与』からぼくなりに改良を加えて、ぼくでしか発動しない魔方陣を作り上げてみたんだ。この紙に魔法力の大部分を循環させておいて、エンドポイントとしてぼくが残り必要な分量の魔法力を注ぐ。それがキーとなって魔法が発動するんだ。どうだい? よく出来ているだろう」
にやり、笑みを浮かべると共にアランに襲いかかってくる無数の槍。
「……迎え撃ちますっ! 集中豪雨!」
アランが上空の雲に魔法力を送ると同時に、雲の中では魔法力が渦を巻いた。
その渦はぽつり、アランの真下に水滴を落とすと同時に激しさを増していく。
暴風と共に、細かな無数の槍のような雨がイカルスと無数の炎槍に、容赦なく降り注ぐ。
一方的な突風に激しく降り注ぐ雨が、無数の炎槍にぶつかり、消火していく。
層の厚い滝雨に炎槍がぶつかれば、アランの元に届くまでにそれは鎮火し、地面には魔方陣の残骸である紙切れが黒ずんで落ちていく。
「す、涼しい顔してなかなかえげつないことするね君……」
イカルスの苦笑いは、アランの元には届いていなかった。
――俺がイカルスさんの背後を討つ。
シドは、チャキと腰に帯びた直剣を見て呟いた。
アランが、イカルス相手に直接出向いて魔法合戦を繰り広げる数分前、シドは見据える。
『魔法を使えるとなると、ある程度魔法の波動を感じることが出来るんだろう?』
『あぁ。それでも、漠然とくらいしか分からないけどね』
そんなアランに、シドは苦笑いのような、困った笑みを浮かべる。
『だったら、魔法が全く使えない俺が行くのが一番だろ。必ず仕留めてくる。その間の時間稼ぎは――』
――任せたぜ。
そのシドの言葉を信じて、アランはすっと息を吸った。
アランとイカルスの前で激しく打ち合われる魔法。
イカルスは空に浮いた魔方陣に次々と触れて、陣は紅光を帯びてアランに向けて飛翔する。
アランはすかさず雲に魔法力を載せて、落雷と、暴風と、豪雨で打ち消しにかかる。
イカルスの魔法力と、アランの魔法力のどちらが量が多いかの消耗戦だ。
だが、アランはイカルスを倒しても次の戦いに備えた魔法力もとておかなければならない。
ちらりと、建物と建物の間を飛び交いながら進むシドの姿が空に見える。
イカルスは気付いているのかいないのか、飄々と魔法を打ち続けているだけだ。
その時だった。
「言っておくけど、魔法術師の勘は舐めないで欲しいね!」
イカルスは、長い紅髪を靡かせて上を向いた。
そこには、剣を真っ直ぐにイカルスに向けたシドの姿がある。
とある民家の一軒家から、飛び込みをかけて空中を舞ったシドを見たイカルス。
対アラン用とは別に隠し持っていたであろう魔方陣が、背中に貼り付けられていた。
「……マジかっ!?」
「だろうなぁって薄々感じてたよ! シド、耐えろ!」
イカルスの携帯型魔法具による炎槍が発現した
「……!?」
辺りを覆い尽くすほどの巨大な雲から、地面に向けて垂直的な暴風が叩き付けられる。
イカルスが射出した炎槍は、その垂直的な暴風に抗えないままに姿を消す。
地面に叩き付けられる暴風の直後、イカルスの前にはシドの姿があった。
オールバックの紅髪が暴風に煽られて形を崩す。
「……し、死ぬかと思ったぞ、アラン……」
冷や汗を流しながら、シドはイカルスに剣先を突きつけていたのだった。




