意地と意地のぶつかり合い
今日の午前0時に間違った文章を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。
「エーテルと言い、シドと言い、君たちの考えてることはよく似てるよ」
「どーいう意味だ?」
「敵になるかもしれない人間に、躊躇無く協力を申し込めるところとか、ね」
アランは、かつての入学試験でエーテルと背中合わせで闘ったことを思い出していた。
あの頃は、有象無象の受験者群だった。今は状況が大きく異なっている。
アルカディア王国が誇る最高戦力。その一角を相手取るのは、以前のように簡単にはいかないだろう。
シドは「チャキ」と腰に帯びた直剣の柄から刀身を覗かせた。
「もちろん、その後はお前であろうが遠慮無く叩き切らせてもらうがな。覚悟しとけよ」
「……こっちの台詞だよ」
互いに殺気を迸らせながら、共同戦線を成立させた二人。再び王都中央通りをじっと見つめる。
歩みを進める度に、鼻唄交じりに炎の鳥からの炎球噴出で、次々と生徒達を屠っていくイカルス。
アランやシドの後ろには、王都レスティムの内と外を分ける巨大な外壁がある。
そこが、この王都疑似空間における範囲限界である。その後ろにはもう道はない。
徐々にイカルスとの距離をつめられるなかで、シドは飄々とした様子で呟く。
「さーて、こっからどうすっかなぁ」
白々しいとも言えるその呟きに、アランは肘でシドを小突きながら覚悟を決める。
「そっちが俺を引き込んでる時点で方法は一つしかないだろうに……」
「……っはは。バレてたか。まぁ、そういうことなんでな。精々踊ってくれや。トドメはきっちり刺しといてやるからよ」
「大口叩くんだから絶対に失敗しないでよ!?」
徐々に胃の腑の臓が痛むのを感じた、アランだった。
○○○
イカルス・イヴァンは王都中央通りを懐かしむような目で歩いていた。
いくら疑似空間とは言え、王都に戻ってくること自体がおおよそ二年ぶりだったのだから無理はないだろう。
アルカディア王国国王からの密命を受けてからの二年、各地を奔走して、今や王国全土に広がりつつある小さな反乱の灯火を摘んでいく地道な作業。
オートル・ミハイルという一人の天才が王都レスティムを作り上げ、国の王都を遷都させるまでに至った。
かつての王都は北方の地方都市で「ガアラ」と呼ばれる場所だった。
そこに住んでいた貴族衆としては、突如成り上がったオートルという一般人に擦り寄った国王が許せなかっただろうし、国中で最も安全とされていたガアラは国王を失った瞬間に北方の滅んだ亡国の末裔『名も無き民』達に付け狙われるという始末。
果ては地方都市ガアラの中小貴族のなかに、『名も無き民』達を買収して王都レスティムを壊滅させて王都を再びガアラに取り戻そうと画策する者もいたり、それらを出し抜いて我こそはとガアラを飛び出して王都レスティムへの定住権を求めるものもいたりと、アルカディア王国は揺れに揺れている最中でもある。
更に、西の隣国ではシチリア皇国の王位継承問題が話題を増している。
来年に行われるその継承戦に参加する3人の内の2人が既にアルカディア王国内部のオートル学園に関係しているという異常な状態が続いていた。
そんな緊迫した状態が続くアルカディア王国で、国王に従事する最高戦力である魔法術師は各地を転々としていなければならない。
4人の魔法術師の内の3人は実にオートル学園の出身者でもあることから、オートル学園にかかる次代育成への期待は日に日に大きくなっている。
「おっと、かくれんぼは終わりかい?」
イカルスが物思いに耽りながら残りわずかな道のりを歩いていると、目の前には一人の少年が現れた。
その少年の頭上には、どこまでも高く続く真白い雲の姿があった。
だが、雲底はドス黒く変色しており、所々に黄金色の光の粒子が見えていた。
「胸を借りて、全力で行かせてもらいます」
少年――アラン・ノエルの周囲からは三つの魔法の波動を感じられた。
一つに、アランの上空に浮かぶ巨大な積乱雲。あの雲の中は恐ろしいほどに濃密な魔法力が集約し、具現化したものだ。常人の2、3倍はあろうあの雲の中では魔法力の渦がうごめいている。
そしてもう二つに、アラン自身の両手に込められた魔法力。
魔法力自体が自我を持って、増殖しているかのような感覚だ。
イカルスが使役する炎の鳥や、エーテルの使役する海竜に限りなく近いが、それとは大きく異なっている。
地属性魔法使いは、地脈を司り、大地の力を借りて魔法を使役する。
海属性魔法使いは、海の生体エネルギーを司り、海の力を借りて魔法を使役する。
そして天属性魔法使いは、その地よりも、海よりも遥か広大なエネルギーを持つ大空の力を借りる。
そしてそれを使いこなすには、その本人が大空のエネルギーを受け止めることの出来るほどの器がないと成立しない。
常人よりも、二種の特異な魔法である地属性、海属性よりも遥かに大きな器を持たないと自我を保てなくなるほどのエネルギーがアラン・ノエルで受け止めているのだ。
イカルスは、アランがまだ幼く、未熟であるにも関わらずに器の役割を果たそうとしていることに心底打ち震えていた。
「まったく、後ろには手強い後輩がぴったりとついてきてるね」
イカルスは苦笑いを浮かべながらポケットの中に手を突っ込んだ。
学園から割り当てられた任務は、何も受験生を全て退場送りにすることではない。
魔法術師の観点から見て、将来有望そうな人材を現場で発掘することが最大の任務だ。
とはいえ、大本命も大体は決まっているのだが。
イカルスは笑いながら、アランに向かって魔法力を込めた左腕を出した。
「じゃあ、こっちから行こうか」
すぅっと息を吸って、頭の中に魔法力の具現化イメージを浮かび上がらせる。
「炎属性魔法――炎下三連槍」
イカルスの手から放たれたのは炎で象られた三本の槍。
互いが互いに密接に繋ぎ合わされたそれを投擲するように、イカルスはアランに向けて魔法力を放つ――が。
「雷神の落雷!」
豪速で放たれたそれだったが、アランが叫ぶと同時に上空の巨大な雲が呼応するかのように雄叫びを上げる。
「っと不味いねこれはッ!」
枝分かれした雷が投擲した槍をいとも容易く屠り、先ほどまでイカルスのいた場所に黄金の一撃が落ちてくる。
「……こりゃ持久戦も、覚悟しないとね!」
突如として幕を上げた大本命の一角と魔法術師の魔法の打ち合い。
不適に笑いながら次の魔法力を込めるイカルスを横目に、アランは額から小さな脂汗を流していた――。
活動報告にて「異世界の気象予報士」の書影(表紙)を公開しております。
TEDDY先生の素晴らしいイラストが見られます。是非ご覧下さい。
次回は来週月曜日投稿です。




