プライド
焱燚の魔法術師、イカルス・イヴァン。
淼㵘の魔法術師ウィス・シルキーとほとんど同時期にアルカディア王国に任命された逸材だ。
深紅の相貌と、透き通るほどの薄紅のロングストレート。
そのもの静かな表情とは裏腹に、感情の起伏を前面に出しながら学園の衛兵に詰め寄っていた様子を見ているアランにとって、取っつきやすい魔法術師の存在は少し意外だった。
ウィスは臨時講師としてオートル学園に来ているが、そこにいるだけで凄みが醸し出されるような人物だった。
常に周りの警戒を怠らず、凜としてそこにいることに魔法術師たる所以を感じていたからだ。
だが、眼前のイカルスは違う。
おちゃらけた態度に、口に加えた露店のリンゴ。
まるで学園内の生徒をそのまま大人にしたかのような親しみやすさだった。
そんなイカルスは、本気で焦っているようで身体中のポケットを探って招待状を何とか見つけようとする。
「……全くお主は相変わらずじゃの。何しとるんじゃ」
アランが呼び寄せたのはフーロイドだ。
模擬戦争試験前でゴタゴタしている最中だったフーロイドは、残りの業務をルクシアに任せて駆けつけた次第だ。
「ふ、フーロイドせんせぇぇ! お久しぶりです! お久しぶりです!」
「ひっつくな気色の悪い男じゃな!?」
衛兵とアランの前というものを全く考えずに老人に抱きつき縋り付く長髪男性――という謎の光景を見せられていることに疑問を抱きつつあったアラン。
フーロイドは衛兵に言う。
「こ、此奴は間違いなく焱燚じゃよ。ワシが保証しよう……」
「――はっ! 承知しました!」
「あんがとフーロイド先生ぇぇぇ! 招待状どっか落としてからほんっと焦ってたんだよ!」
「……あぁ何でもええから離れろ暑苦しいの」
改まったイカルスは、フーロイドとアランを一瞥した。
「――で、この少年が例のフーロイド先生の弟子っていうアラン君ですか」
「……どうも」
アランは訝しげに小さく頷いた。
イカルスはからかうようににやにやと笑いながら言った。
「いやー、あのフーロイド先生が弟子を取ったって聞いたときは耳を疑いましたよ。ルクシアさん以外、頑として取らずに……しかもウィスの弟子入り願いも断ったともあろうお方がねぇ。丸くなったのか、それとも――」
ちらりとアランを一瞥して、イカルスは真面目な表情を作った。
「ふん、お主でも自分の地位を案じることもあるんじゃの」
「当然さ。魔法術師の地位を失ったら、俺はただの多少魔法に詳しい阿呆に成り下がっちまうからね」
「よく分かっとるじゃないか」
「いいかい、アラン君」
そう言ってアランの耳に近寄ったイカルス。
「魔法術師は、アルカディア王国の最高名誉職だ。女がたくさん寄ってくる。食いたい放題だ。あぁ、老若男女やりたい放題だからね。彼女らはぼくらの子を望むんだ。強い子孫を残したいっていう本能に従ってね」
「――っ!?」
「ちなみにぼくには妻が4人いる。どれもこれも絶世の美女だ。魔法術師になればそれも夢じゃないぞ、アラン君。だからそんな地位を脅かしに来る君たちの世代が死ぬほど怖いよ……!」
「何を真剣な顔で話してるかと思えば……。主の女趣味に口出しする気は無いが、弟子にまで吹き込むのはやめてほしいもんじゃの」
アランが放心でぽかんと口を開けている間に、イカルスは学園を見渡した。
「死ぬほど怖いですよ。魔法術師になる。そのためにここまで必死に頑張ってきた。そしてようやくの思いで国に任命された……けれども、今度はそこから落ちないように下からのプレッシャーと常に闘わなくてはならない。当たり前のことですが、やっぱり怖いんです」
イカルスは笑う。
「一度魔法術師になった者は生涯魔法術師を貫けるわけもない。適任がいたら、その座を譲らなくてはならない。そうなれば、ぼくはぼく自身の力が弱まったことを自覚せざるを得ません。迫り来る後輩の勢いを退けなくなったと自覚しなければならないんですからね」
それは、アランが聞いた魔法術師としての弱音だった。
普段から凜として、絶対的な存在としてあらねばならない魔法術師。
ウィスはそれを忠実に守っていると言えよう。
だが、表情豊かな彼だからこそ発せたその言葉にアランも自分の行く末を改めて考えさせられていた。
「出来れば、若い芽は摘んでおきたいもんですけどねね。ほら、アラン・ノエルにエーテル・ミハイルにエイレン・ニーナ、しかも魔法を使えないシド・マニウス。そして他国からレイカとルクシア・シンにユーリ・ユージュ……。正直、誰が魔法術師になれるかだけではなくてどれだけ魔法術師になるか、ですよねぇ。あー嫌な世代だぜちくしょう!」
そう言いながらも、その表情は明るい。
「……登って見せますよ」
アランは短く呟いた。
そのアランの挑発に、イカルスは殺気を飛ばした。
「待ってるよ、後輩クン」
学園の衛兵に「んじゃ、入るね~」と手を振って学園内に足を踏み入れていくイカルスのその姿を、アランはしっかりと目に焼き付けていた。
――と。
「……あ」
フーロイドが何かを思い出したかのように小さく呟く。
「そういえば、ルクシア・シンとレイカが模擬戦争試験の受験を拒否したこと言うてなかったの」
「……へ?」
その、フーロイドの突然の発言にアランは素っ頓狂な声を上げてしまったのだった。
気象予報士も今回の更新で第100話を迎えました。
ここまで応援して下さった皆さん、本当にありがとうございます。
100話という節目に一つご報告をさせていただくことがあります。
「異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~」の書籍化が決定しました。
発売日、イラストレーター、レーベル等はまた公開可能になり次第活動報告などに記載させていただきます。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。




