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覚醒

 王都へと向かう一本道を駆けていくのは二つの物体。

 馬を軽快に走らせているのはファンジオ一家。

 土魔法で精製した二頭の馬に交互に鞭を打ちながら走行させるファンジオの後ろに設置されたキャビンは至って静かだった。

 母親の上で、すやすやと小さな寝息を立てている黒髪、黒瞳を持つアラン・ノエル。

 その頭を聖母の如く優しく撫でてやっているのは母親であるマイン・ノエル。

 そして一家の大黒柱たるファンジオ・ノエルを筆頭にした一家は馬の足を早めつつあった。

 王都までの道のりはおおよそ一日半がかかる。

 コシャ村への強行突破からは早半日が過ぎ、馬も疲れが見え始めている――いや、ボロが出始めていると言った方が適切だった。


 土魔法で精製された馬には「生命」はない。だが、走行中に巻き上がる土埃や石などを体に食い込ませると運動器官に支障を来してしまう。


「ギギ……ギ……」


 その証拠に、馬が前肢と後肢を上手く組み合わせて走る際には石と石の擦れ合う音が聞こえてくるようになっていた。

 おまけに、耳の部分まで細かな石が少しずつ堆積していっているせいで、ファンジオの精製した土がどんどん欠落していっている。


「……まぁ、強行突破させたもんだし、こんなもんだろう」


 コシャ村からの全力疾走はいつも馬のボロを出すのを早めてしまっている。それまでなら馬の精製は一回でよかったものの二回、精製しなくてはならなくなっているのも一種の弊害には変わりなかった。


 ポツリ……。


 それに加えて、この曇天。いつ雨が降るかどうかはアランの予報通りだったものの次第に雨が強まりだしてくる。


「アランの予報、外れてんなぁ……」


 右手を天に翳して雨足を見てみるも、ポツリ、ポツリと手に落ちてくるその感覚は紛れもなく雨のものだった。

 アランが天候を予想し始めたのは一年半前。

 その頃は、一日、二日先のものだけだったものが今では一週間先の予報までを可能にしている。

 ファンジオやマインも、一度どうやって天気を予報しているのかと聞いてみたものの、空気が教えてくれる、としかアランは答えなかった――否、答えられなかったらしい。

 要は今までのアランの天気予報は論理的に導かれたものではなく、紛れもない直感に近いものだ。


「その直感に助けられたことは何度かあったがな……」


 基本的に、狩人にとって「天候」とは最大の天敵であるともいえる。

 通常の狩人でも、天気を予報することなど不可能に近い。

 せいぜい雲の動きと空気の湿り具合で、数時間後の天気を理解することが限度ではある。

 そんな狩人にとって、「天候」を決定づけるのは絶対的な神であるとの一般認識がある以上アランが異端視されるのも仕方ないことをファンジオは少なからず理解している。


「マイン。今日はここらで泊まらせてくれ」


 ふと、馬を止めて鞭をそばに置いた。

 後ろを振り向くとマインは「雨だものね」と一定の理解を示してくれていた。


「ああ。あそこに巨木がある。今夜は野宿をさせてもらう。お前たちには悪いがな……」


「じゃあ、私は松明と虫除けの用意をしておくわ。また着いたら教えてね」


「助かる」


 まさに阿吽の呼吸と言った具合に、ファンジオがことを言いだす前に理解してくれるマインに感謝の念を置きつ、ファンジオは目の前に聳え立つ巨木の前に馬車を停止させに行く。

 数分もかからぬうちに辺りは大雨に包まれ始めた。


 巨木の下は絶好の雨宿り場所だった。

 葉っぱを伝って水滴が落ちてくることを覗いては、激しい雨を全て受けてくれていた。

 そんな中でファンジオは荷台から縄を取り出して巨木の端にひっかける。と同時に今まで形を保っていた馬は湿気に宛てられてボロボロと崩れていく。


「ったく、土魔法は湿気に弱いったらありゃしねぇ」


 自重を支えきれなくなった土の馬が崩壊。それを見ていたマインは白い髪を後ろで束ねて「アランの天気予報も万能じゃないの」と釘を刺した。

 マインは木の棒に自身の火属性魔法を添付した。小さいながらも正確な魔法コントロールに、ファンジオは心底感嘆していた。


 それと同時に空ではゴロゴロと雷の音が発生していた。

 それを聞いたマインは、松明の火を点けながら「あの日を思い出すわね……」と小さく呟く。


「確か、四年前もこんな天気だったな」


 四年前――それは、アラン誕生の時だった。

 あの日も辺りは雨に包まれていた。激しい雷雨の日に、アランはこの世に生を受けたのだった。

 

 雨は次第に強くなっていく。

 それこそ、まるであの日(・・・)の再来かのような激しい雨だ。

 巨木の下で雨を防いでいるファンジオとマインは長く広く続く草原に目をやった。

 草がまるで生きているかのようにうねりを増している。

 そんな中で聞こえる雷の音。


「私……アランを産んだこと、後悔したことないの」


「……どうした、いきなり」


「私はね、ファンジオ。あなたと、アランと。三人でずっと暮らしていければ満足なの」


「俺もだ。お前とアランがいてこその今の人生だ。それ以外はつまらなさ過ぎてやっていく気もないさ」


「奇遇ね。私もよ」


 瞬間、空が激しい光に包まれた。けたたましい轟音が瞬時に鳴り響く中で「やっぱり今日を選んだのは間違いだったか……?」と呟いたのはファンジオだった。

 その時――。


「……よばれてる」


 キャビンの中から出てきたのは、アランだった。

 風で吹きあがる黒髪と、こちらを朧に見つめるアランの姿に、マインはピクリと眉を浮かせていた。


「い、いかなきゃ! よばれてるもん!」


「――アラン!?」


 それはあまりに唐突な出来事だった。

 マインとファンジオが制止する前に、アランは勝手にキャビンから飛び降りて雨の下を駆けていく。


「あ、アラン! 戻ってきなさい! 雷が落ちて来たら大変だろう!」


 ファンジオは、マインから受け取った火のついた松明を放り捨てて我が子の元へと駆け寄っていく。

 だが――。


「ダメ! パパ!」


 息子の、これまでにない大きな声にファンジオの足がピクリと止まった。


「……あ、アラン……?」


 マインすらも、作業を手放して巨木の影から姿を現している。

 アランはじっと、天空を見つめていた。


「……くる」


 冷たい声だった。だがしかし、それは無防備なものでも、自暴自棄なものでもないものは明白だった。


 その瞬間だった――。


 一閃。


 アランの直上から一直線に落ちてきたのは、一筋の光だった。


「アラ――!?」


 目の前の出来事に信じられないといった風に、ファンジオとマインは光に目を閉じていた。


「……ぼくはだいじょうぶだよ」


 誰と会話をしているのか、アランは小さな体で一筋の落雷を受けていた。

 マインとファンジオが目を開けた時には、息子に全ての光が集約しているのを感じている。


「い、いったい……どういうことだ?」


「あ、アラン!」


 ファンジオが愕然としている間にも、マインは急いでアランに駆け寄った。

 アランは身に宿していた黄色い光を徐々に手先から分散させていっていると、ファンジオの眼前で両手に集まった光が天に帰っていく。

 それはさながら、落雷を制御し、逆流させたかのような現象だった。


「アラン!」


「いってててててててて」


 アランは困ったように笑顔を浮かべる。

 マインの手に降りかかる多少の静電気をものともせずにマインは「けがは!? けがはないの!?」とアランの身体を舐めまわすように確認した。


「ごめんね、ママ……。でも、ぼく……よばれてたんだ! ほんとうだよ……」


 アランがそう短く言葉を発した後。

 まるでアランの意思に答えるかのように天の雲は二分され、降りしきる雨がやんでいった――。


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