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しにがみのエレジー ――Ghost and Death and Love to Death――  作者: 常闇末
しにがみのエレジー――幽霊と死神と死神の恋――
3/18

6/26(SUN) 天のお迎え、天然モノ

自らのフラグ建設回収能力に圧倒されながら、俺は鏡花を放して、風情も何も知らぬ声の主に目を向ける。


「あら、死んでいるわね。御愁傷様」


それを本人に向かって言うか。 そんなツッコミは置いておいて、彼女の様子を伺う。


平坦な口調で女言葉。声のキャラとしては申し分ないほどだが、あえてそこに目をひかれるわけではなかっ た。


「なあ、それ」


女の肩に担がれているそれを指差す。


「なんかのキャラ付けか?死んでるこっちからするとものごっつう不快なんだが」


デスサイズ、俗に死神の鎌と呼ばれるそれが彼女の肩に担がれていた。俺の記憶上でそんなものを担ぐの は……まあ、余程の変人であることは疑いようもない。


「……確かにきゃら付けだわ。あまり使わないもの」


使わねぇのかよ。


「ああ、でも。持ち運べるのよ、これ。刃も折り畳めるし、持ち手の長さも自由自在なの」


女が間接部分を指差して解説する。


そんな解説、誰も望んでいないのだが。どうしてこうも聞かれていないことをぺちゃくちゃ喋るのかね。そん な聞き上手に見えます?見えるんだったら目を取り替えてもらえ。


「おい、女。そんなことよりこれはどういうことだ。俺の存在感が激薄だぞ」


女が嬉々として奇々怪々な説明をしているのをそんなこと、の一言で置換してやって遠くへ放り投げてやる。


「…………そんなことより、」


お返しとばかりにこっちの話題も放り投げやがった。これが会話のドッジボールというやつか。


「私のこと、覚えてないの?そのない脳で速やかに思いだして」


誰がない脳だ。


そう思ったが、実際に頭はスケスケだったんだな。


おい、まじで俺の脳ないじゃねえかよ。


「さて、思いだした?」

「テンポはええよ」


一旦、真剣に思いだしてみる。


まじまじと見る彼女の姿はそれなりに魅力的であった。 しかし、雰囲気暗いな。


神の羽衣と例えてやってもいいくらいの髪の毛は適当と言わんばかりに、下に伸びっぱなしだ。そして、真っ 黒。


整った顔立ちの主だった描写も入れておくと、瞼にだけ重力が過剰に働いているかのように、目は軽く閉じ てあり、いまにもすやすやと寝息を立てそうだ。 見ている俺すらもな。


そして絵の具を白以外の全てを混ぜたような濁った目をしている。そして真っ黒。


トレンドか何かは知らんが服も真っ黒。靴も真っ黒。デスサイズでさえ柄は真っ黒だ。


さて、こいつは誰だ?


真っ黒しかヒントが出ていないようなものだが、不思議なもので脳はいつの間に形骸化していたのやら、俺 の思考は普段よりも速い処理能力を発揮し、安易に結論にたどり着くことができた。


「……確か同じクラスのやつだったよな。仁尸神(にしがみ)、なんとかだろ」

「真剣に思いだしなさい」


再検討を命じられた。


だいたいお前とはあまり喋らなかった気がするんだが。


「私は学校であなたと一番多く喋ったわ。むしろあなた以外の名前を覚えてない」


そりゃ大層愛されてるもんだな、俺。


さて、彼女の名字を覚えていたのは単に珍しい名字だからである。 俺は二日に一回は話すような人物しか名前を覚えないという脳の容量を無駄にしない生き方をしている。 仁尸神(にしがみ)だって漢字が西上であれば好奇心から調べようとも思わなかっただろう。 だから覚えているわけもなく――、


「あ、」


記憶の残糸が見つかったわけではない。むしろ視界におけるものだ。 見つけたのだ。手がかりというか、答えを。


仁尸神(にしがみ)(れい)


鎌の柄に彫ってある文字を慎重に一字一字読み上げる。


「正解」


賞金も賞品も賞賛もない単調な声。けど、仁尸神(にしがみ)の口の端が少し浮いた気がする。割りと可愛いな。


「ところで、」


微細ながらも表情はあるようだ。笑みと捉えられた現象はほんの一瞬だった。


「あなたは目が良いのね。読むとは思っていなかった」

「悪かったな。生憎、記憶力より視力に自信があるもんでな」


やはり看過されていたようだ。 特に悪びれもせずに平坦な声に答える。


小学生の時の視力検査もそうだった。当時、誰もが暗記して脚光を浴びようとしていた視力2.5の欄に書か れていた不完全な円。それを自力で答えられたのは俺一人であったことは数少ない自慢の一つである。ま あ、暗記して答えたやつも結構いたんだがな。


「ところで、仁尸神(にしがみ)よ」

(れい)


俺のことを霊と読んでいるのかと思ったが、その可能性を削除する。すぐに彼女が自らを指差していたから だ。


……呼べってことか?


「うん」

「断る」

「なぜ」

「面倒」

「そう」

「……」

「……」

「……にしが……」

(れい)


……どうやら強制らしい。なんど拒否してもこの単調な会話が繰り返されるだけだろう。 見えてないとはいえ、鏡花が現在、超悲劇的なのだ。いつまでもこんなボケボケな会話を繰り広げているわ けにはいかない。


「……(れい)

「なに」


即、返事をしてきた。 さっきからそうしろよ。仁尸神(にしがみ)もお前の名字だろ。


「あー、ちょっと場所を変えないか。なんというか、物凄く場違いだ」


さっきから鏡花が慟哭しながら俺の名前を呼んでいる。 居心地の悪さを通り越して拷問のレベルだ、これは。


「じゃあ、どこに行くの?」

「そーだな……。俺の部屋でどうだ?」

「……ふたりっきり?」

「他に誰かいると思うのか?」


確かにそこに犯人でもいれば俺にとっては驚きの展開だが、万に一つそんなことはないだろう。 断言できる要素がない?そんなこと気にしてたらキリがない。 量子力学的に言えばお前がこの瞬間に透過することもあり得るらしいぞ。実際俺はスケッスケになったから な。


「んじゃ、そこでいいか?」

「もちろん」

「お前、変に食い気味な」


まったくどこに興味を引かれるのか検討がつかん。


それにしても、自分が幽霊とかどうでもよくなってきたな。こいつと話していると。


こいつの存在を基本的にどう呼ぶのか、検討がつかないわけはない。しかし、それにしても変なやつだ。


そういう肩書き、役職、ぬきでかなり変なやつだ。


本当に変なやつだ。


ぶっちぎりに変なやつだ。


変人オブザイヤーだ。


むしろ変人オブマイライフだ。


「なにか言った?」

「お前が大したやつだ、ってな」

「そう」


自分から掘り下げてきたのに、特にノーコメント。まさに会話のドッジボールだ。 ありがとう、とか嬉しい、とか言えないものだろうか。もちろん垣間見せた可愛い笑顔とセットで、だ。きっと 俺は早々に成仏できることだろう。 決めた。(れい)の可愛い笑顔がセットのもの全てをハッピーセットと命名しよう。


だが、そんな中でも一つ確かに分かったことがある。


会話のドッジボールってのも、案外悪くないかもしれない。





俺の部屋は二階にある。


大多数の家庭でもそうなのであろうが、パーソナルスペースというのは大抵、来客の目につくような場 所にはないのだ。 だとしてもそれでは自分が迫害されているように感じてしまい、腑に落ちない。


しかし、それはこの場合、幸いだったのかもしれない。どうにか鉛の空気から逃げ出すことができるの だから。


一階の惨状を背に、足早に二階の俺の部屋へと向かう。(れい)はどうやら階段に鎌が引っ掛かるから、と 言って折り畳んだようだ。それとなく背中にかけてあった。本当になぜ持ってきたのだろう。


ドアを開ける必要もなく、文字通りすんなりと部屋の中へ入れた。 (れい)の方も扉をすり抜ける程度はできるようで、さっそく俺の中の常識が崩れさったのは言うまでもない。


「あ、」


一つ思いだしたことがある。


ゲームをつけっぱなしにしていた。


もちろん、それが既に消えているはずもなく、プログラミングされた画面を表示し続けている。


その画面がよりによって“You Are Dead”だ。勘弁してほしいね。


というか、(れい)。お前は何をしている。


「物色中」


ベッドの下に顔を突っ込んだまま、悪びれもせずに言いやがった。 やめる気配はこれっぽっちもなく、スカートで覆われた臀部を恥じらいもなく左右に揺れ動かしている。


「あなたくらいの男子ならEroBookの一つや二つや千冊は持っているはずよ」


お前は何を欲しているんだ。


実のところ、ないわけでもない。


だが、そんなところにあるはずがない。千冊はないが、その全てはHDDの中に……。


ちょっと待て。HDDと言ったな、俺よ。それだ。死んだらその中身はどうなる。


……………………。


「…………ない。…………あなたこそ何をしているの?」

「生き恥の処理だ!」


デスクの上に置いてある記憶媒体に鉄拳制裁を加える。 しかし、何度やったって拳はそれをすり抜ける。


「……憐れ」


うるさい。男子には譲れないプライドがあって、それは死んでも守るのが義務なんだ。


そうは言ってもHDDには気持ちが届かない。別れの挨拶といわんばかりに俺は親の仇を見るような目 でHDDを睨み付けた。覚えてろよ。 後はせめて中身を見られないことを願うのみ。


「やめるの?」


ああ。こんなことに時間をかけていられるか。


「そう……。なら、本題に入りましょう」


本題と言うと言うまでもなくこの状況だろう。あとこいつの存在。 もっともそれは大方の見当はついているのだが。


「なあ、(れい)。ところでお前、」


笑いともなんともいえない表情で指摘してやる。


仁尸神(にしがみ)、ってもうちょいひねった名字はなかったのか」


ほんとなんだよ、仁尸神(にしがみ)って。どう考えても、


死神だろ。


「わかりやすい?」

「ああ。最初二文字を並び替えるだけで死神だろ」


小学生でも解けるぞ、こんなアナグラム。


「……バレないと思っていた」

「お前ってかなり天然だな」


なんなら俺が天然記念物に指定してやってもいいぞ。


「遠慮する。表立った行動は厳罰を受ける」


そういうところが天然だ、つってんだよ。


「?私は自然由来の生物ではない」


天然、ここに極まれりだな。


閑話休題。


「んで、お前は何をしにきたんだ?俺をぷかぷか浮かぶニュートンも白目の存在にしたのはお前なのか ?」


“逝けずの魂”のこと?と(れい)は前置くと、それに言葉を続けた。


「私ではない」


じゃあ、誰がやったんだよ。


ヒュ、と(れい)が指を差す。


俺の後ろに誰かいるのか?


「違う。あなた」


は?誰だよ。何が、


「あなたがその存在になったのはあなた自身が原因」


…………お前も冗談を言うんだな。


「冗談じゃない」


プチッと自分の中の何かが切れたような音がした。


「冗談じゃない!?それはこっちのセリフだ!冗談じゃねえ!誰が好き好んでこんな身体に……」


なるものか、と続けても良かったが、やけに(れい)が小さくなっていたのでやめた。


こいつに当たってどうする。一旦落ち着こう。


「……悪いな。ちと気が動転した」

「別に、構わない」


構うだろ。そんな悲しそうな、気のする顔をしていれば。無表情キャラなら徹頭徹尾無表情しろよ。


「わたし、かなしそうな顔。してた?」


そりゃもう。悲哀に満ちた顔だったぞ。天気に例えるならどしゃ降りだ。


「そう」


またいつもの無表情。 この面よりは悲しそうな面の方がましと思えるのはなぜかね。嗜虐趣味はなかったと思うんだが。


気をとりなおす。


「で、お前は何しにきた。まさか、クラスメイトの家にただ遊びにきたわけではないだろ?」


コクリ、と(れい)がうなずく。


「あなたに質問をしにきた」


質問?魂狩りとかじゃなくてか?


「返答による」


それは怖い。


「では、聞く」


どんとこい。


「あなたは成仏を望む?」


拍子抜け、と言うほどではないが、正直想像の範疇だった。


そのテーマについてはもう腐るほど考えたよ。


さて、ここで俺からも問題だ。 俺がこの状況を維持したいと思っているか?


答えは否だ。


この状況を続けたところで何になる。ろくに死ねずに他人の不幸を見送るだけ。それだけの存在に存 在意義などないことは火を見るよりも明らかだ。 なら、


「成仏したいに決まっている」


これが俺の答えだ。


なんら迷うことなどない。生前から決まっているね。


「そう。なら手伝うわ」


は?手伝う?何を?


「あなたが“逝けずの魂”としてここにいるということはあなたはまだこの世に悔いがあるの」


悔い?そんなものに心当たりはないんだが。交番にでも届け出れば見つかるか?


「自分で見つけなさい。それと同時に自分でしか見つけられないということを自覚しなさい」


ふむ。哲学だな。


「簡単よ。あなたがやり残したことをやる。私はそれを手伝う」


なら、お前とはパートナーのようなものか。


(れい)はコクリ、と二回うなずいた。それはそれは力強い首肯で。


「それが死神の仕事」


そりゃ大層愉快な仕事だな。俺も将来、そんな仕事につきたかったさ。


やり残したこと。ありすぎて頭がパンクしそうだ。 そのほとんどが先程のHDDを破壊するとかのどうでもいいことだが。


「とりあえず、その間は私の家に泊まるといい。自分の家だとあなたも居心地が悪そうだし」


案じてくれるのはとても嬉しいが霊とはいえ、男だ。ほんとにいいのか?


「ウェルカム」


表情筋をピクリとも動かさずにそのノリの言葉を言う、という高度な技で迎えられた。


こうしてろくでもない幽霊の成仏のための初手が打たれたのだった。

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