6/26(SUN) 定められた命、ある一つの結末
無限の苦しみが有限の私を襲う。心は容易く磨耗していった。
いつ終わるのだろう。
何度も死の苦痛を味わおうとも私の精神はなかなか死んでくれない。 もしかしてこの世界では何も終わらないのかもしれない。
ならこれ以上なく滑稽な話だ。
結局、私は泉に“さよなら”さえできなかったということだから。
俺はこれ以上なく幸せだった。
何かをやり直すことができる。 これほどの幸運を受けた者を俺は未だに見たことはなかった。
例えば残機無限のプレイヤーがクリアできないゲームなんてあるだろうか。
それと同じだ。答えはあるわけがないのだ。
アクションならステージを覚え、RPGならステータスをカンストさせる。STGなら単に腕を上げ、恋愛シュミレ ーションゲームなら選択肢を総当たりする。
それほどの余裕が俺には与えられているのだ。
この思考はある意味俺たちの行動原理となっている。 謂わば俺たちは最初から勝ちの決まっているゲームをやっているのだ。
トライ&エラー。トライ&エラー。その繰り返しの先には必ず目指した光景がある。 そう信じてきた。
ああ。そんなことを言っている間にまた失敗してしまった。
でもいい。
それは俺が単に歯車だっただけの話で、いつか仕掛けを発動させる歯車にたどり着くまで犠牲の連鎖は 止まらない。
だからこの戦いはもう既に勝ちが決まっているのだ。
もう既に俺は我慢というものがはち切れそうになっていた。
それは一つの恨みという形をとっている。さっきまではなかったのに一瞬で沸き上がってきた理にかなって いる理不尽な恨みだ。
例えば幽霊なんかは殺されて、犯人への恨みを糧に現界する、という話をよく聞く。そんなことがあり得る なら俺はとっくに生き霊になっていることだろう。
255回。
それが俺が通り魔に殺された回数だ。
それほどの回数、俺は腹を裂かれ、血を啜られ、臓物をぶちまけさせられ、その度に恨みを持ったとしても 十分自然なことだ。
どっちにしろいつかはやるだろう手段だった。
通り魔の殺害。
それをするのがたまたま俺だっただけの話だ。
もはやある程度のことは知るべくして知っていた。
幽霊アパートには人が住んでいないこと。 幽霊アパートの部屋には全て鍵が掛かっていないこと。 その一室にはバタフライナイフのような形をした木工用ナイフがあること。
そして一定の場所で一定の方向を向いている時、通り魔は必ず決まった時間、速度、手段、動きで襲ってく ることを。
これらは通り魔という障害を排除することを決断するには十分すぎる要素だった。
そう。俺がやらなくたって誰かがやった。だから躊躇いなんていらない。
俺はまさにその時を待っていた。いつも殺される路地に立って。 そこのコンクリートからは瞼に焼き付いた血みどろの光景が見えた。
すべからく予定通りだった。
近づいてきた通り魔を軽くひねりねじ伏せてやってその声を上げる前に手を口で抑え、その感触からは悪 意の欠片もない可愛げのある顔立ちが伺えた。
どう見たってそいつは中学生くらいの女だった。
関係なかった。
ナイフを持っていた。 明確な殺意があった。
右手に持ったナイフを腹に突き刺す。
喘ぐ。泣く。関係ない。
ナイフを容易く抜く。 初めて返り血というものを浴びた。
そのナイフをもう一度腹の傷に沿わせるようにしてさしこむ。
それに合わせてビクンと波打つ体が俺の恨みを満足感に変えた。 不思議と集約された255人分の恨みは一人分の死で決着がついた。
その死体を見てまるでうさを吐き出すようにして笑う。
「あははははははははははははははははははは」
狂った笑いだった。 誰にだってわかった。 しかし、同時にこれも俺だった。
そして“俺”は警官に見つかり森の中のアパートにて威嚇射撃の暴発により射殺された。
“俺”は最後まで謎めいた鎌を放さなかった。
そいつは今も俺の中で生きている。
死の原因は通り魔だけではないという貴重な情報とともに半狂乱のバグを持ち込んで。
こうやって俺は繰り返す世界で何かを失って何かを得てきた。
海外へ逃亡した俺もいた。飛行機が墜落して死んだ。
警官にバレないように通り魔を殺した俺もいた。別の警官に見つかった。
今度はそいつも殺した。パトカー三台に追いかけ回された。
1000回目、2000回目と数はだんだん増えていく。残る選択肢はだんだん減っていく。
そして5684回目の俺がこう結論を出した。
俺の死の運命は変えられない、と。
記憶の共有なんて迷惑な代物だ、と5854回目の俺は思う。
最近になって俺が新たな情報を仕入れたことはほとんどなかった。新たな発見というのは全て過去の俺 が奪ってしまった。それは堆積していった記憶の奥底に埋もれてしまい掘り出すのに一苦労だ。
逆に新しい記憶に関してはほとんどが泣き言だった。
ちょっと前のことらしい。 無理だ、と結論を出した俺がいたのは。
だったら無理なんじゃねーのか、と俺は愚直にも思ってしまった。
達成するならばもっと上手い手を考えなければいけないのだ。 その努力を最近の俺たちは怠っていたように思える。
そうだな。今回の俺は考える俺だ。死ぬその時まで考えることをずっとやめない。引き立て役に徹しよう。
5855回目
一回前の“俺”はとんでもない爆弾を作ってくれた。
彼は思考の末に完璧な方法に行き当たった。行き当たってしまった。
けど、この方法は――――
6152回目
この方法はとても自分本位で、たくさんの俺を巻き込み――――
6563回目
シンプルで必ず失敗しない。
7458回目
やるかどうかの決断は――――、
8000回目の俺まで結局、持ち越された。
決してキリがいいからなんて関係はなかったが、ついに俺は今回でやることを失ってしまった。
いや、やることが一つしかなくなったのだ。だからこれをやることにした。
実際、面倒になってしまったからかもしれない。
この際限なく無限に続く連鎖で良い結果にならないと知りながらダラダラと長引かせるのが億劫になった からかもしれない。
ただ一つ言えるのは、これがベストエンドなのだ。
いくら繰り返そうが、この結果だけは変わらない。
Restart。その終わり、EndingにReの二文字がつくことはない。
終わればそこが終着点。
それが世の理だ。
彼女たちのしていた死ぬほどの恋を俺は侮辱する。奇しくも彼女たちの愛情表現に似た形で、俺はその恋をなかったことにする。
いつか、俺はこう思っていた。
――――自分が死んだっていい。
――誰かが俺の無味な一生を楽しませてくれないかな。
だからだろうか。この現状にたどり着いたのはそれ故の必然なのだろうか。
自らに刃を向けて自刃しなければならないのは。
一体どこから間違えたのだろうか。 もっと前からタイムリープができていれば違う終わりがあったのだろうか。
いつから?物語はどこで破綻した?それとも始まった時からこの終わりが最善の選択だったのかもしれな い。もしそうであれば、俺はとても嬉しい。
繰り返すために何度もやってきた行為を、今度は別の意味を込めて、行う。
最後に、聞きたいんだ。
俺の人生は少しでも有意義なものになったんだろうか。
End