6/26(SUN) 夜の闇、いつかの幸せ
夜は九時に出発した。 ついたのは九時十五分頃だ。 もともと集合時間が九時三十分なのだからまだ誰も来ていないのではと思いきや、なんとメンバーの半分 は揃っていた。
場所は近くの森だった。
森の中にはどうやら幽霊アパートと呼ばれる場所があり、中に入るわけにはいかないからそこの写真を撮 って、戻ってきて終わりらしい。割と現実的なプランだ。
実に簡単なことに思える。
だいたい幽霊やお化けなど信じていない俺にはただの夜の散歩に過ぎない。まあ、俺はもともと付き添い なのだが。
九時二十五分くらいに全員が集まった。 さっ、と見る限りメンバーは全員同級生のようでなかなか新鮮味に欠けた。 見知らぬ人がいるよりはましだが。
さて、出発だ。となって全員が順番決めのクジを引く。 どうやらこれは男の仕事らしい。主催者らしき女子がクジを持って、そこに数人の男子が並んでいた。 俺はその一番後ろに並ぶ。
この場所じゃどうやらクジを引く必要はなさそうだ。残り物がそのまま俺の引くクジとなるのだからな。
さて、ここから動くか、並び続けるか。と迷っているといきなり前に並んでいた男子(あまり話したことない) が俺に囁いてきた。イケメン(いけすかないメンズの略)だな。
「やっぱり、生山さんはお前狙いか。可愛いから狙ってたのにな。羨ましいぜ」
そこに覚えたのは自慢気などではなく純然たる不快感だ。 なんだろうな。独占欲とかそういうのじゃなくて単にそのチャラチャラした態度にモヤッときたのかもしれない。
「そんなんじゃねえよ。ただ単に気楽だからじゃねえの?」
空気を読む必要がなくてな、と心の中で呟いておく。 そいつはこれだから鈍感は、というふうに方をすくめた。
おい、誰かこいつにぶつける鈍器持ってないか?そこはかとなくムカつくんだが。
「顔色を伺わなくていい相手ってのはな、自分の裸を見せてもいい相手ってことなんだよ。二つの意味でな 」
うるせえ。下ネタか?下ネタだろ。これだからチャラ男は。
実際にこう言ってやった。あしらうような感じで。
けど案外こいつは聰いやつかもしれない。彼の態度や受け答えからはチャラ男を演じている、というように 見受けられた。
どうでもいいことだが。
さて、その彼がクジを引く。 四番だ。四組しかいないから最後となる。つまりは一番余裕がない番だ。ざまあみろ。
心の中でほくそ笑んでいると、クジを持っている女子が俺のところまでくる。
「ほら、佐々木くんも引きなよ。引いたら一番の人から出発ね」
一応、形式的なものでもやるらしい。並んでおいて正解だったな。
クジの中に手を突っ込む。 もちろん手に伝わる感触は一つ。それをしっかりと掴み、なんでもなさそうに手を引き抜く。
なぜか鶴の形に織ってあった。 なんだこの無駄な創意工夫。
その紙を片手だけで広げると――、いや、さすがに無理だ。両手で開こう。
なんとか一枚の紙のレベルまで戻して中身をみる。 さて、何番――
「い、一番だね」
――生山が俺が結果を知る前にひきつった顔でそう告げてきた。
「言っておくが俺のせいではないからな。強いて言うならお前の日々の行いだ」
「い、いやだなぁ。知ってるよぉ……」
本当にわかってんのか? 顔に分かりたくありません、て書いてあるんだが。 こめかみがピクピク動いているんだが。 その理不尽な握りこぶしは何ですか。
……まあ、とりあえず……。
「……行こうか」
「……そうだね」
ぐだぐだしていても仕方がない。二人の姿が森へと消えていく。
深く、なにもかもを飲み込みそうな森の闇はどこか美しかった。
なんだろうな、俺は。 闇の方が落ち着くよ。
肝試し、と言っても別に酒を大量に飲んで肝臓の強いかいかんを試そうなんて企画じゃない。 私たち未成年です。
肝試しの肝というのは肝っ玉、つまり精神力を表すものであって肝試しに行ったから肝臓の調子が悪いと かはまずあり得ないと言えるだろう。
しかしここに例外があった。
「きゃああああああああああ」
ボゴッ
「ごふぇ……っ!」
驚いたやつに肝臓を殴られでもしたら、本当の意味で肝試し。 なんつってね。
「きゃああああああああああ」
「がふっ!?」
腎臓。
「きゃああああああああああ」
「げふっ!」
脾臓。
「きゃああああああああああ」
「おちつ……ぼふっ!?」
肺臓。
「きゃああああああああああ」
「もう無理……ひでぶっ!?」
心臓。
五臓六腑の内の五臓をすべて殴られた。狙っているんじゃないのか?
「きゃああああああああああ」
「落ち着け!もう俺がもたない!」
彼女の拳を押さえ込んで九死に一生を得る。
いつもこうだ。
こいつとお化け屋敷やら肝試しやらに行くと俺にとって一番怖いのはこの女だ。俺はサンドバッグじゃねえ んだぞ。
「もうやだ……!帰りたいよぉ!」
奇遇だな。俺もだ。
だがそんな受け答えをしていても帰れないのは事実。早く目的地につかないと俺の方が死んで幽霊になっ ちまう。
「なあ、生山」
「な、なに……?」
ここは気楽なジョークの一つでも飛ばして怖い雰囲気を紛らわしてあげるのが一番だろう。
「オムツ、履いてきたか?」
「履いてきてるわけないでしょ!?」
「じゃあパンツ履いてきたのか?」
「あったりまえでしょ!」
「ちなみに柄は?」
「それはいち……、って何言わせんのよ!」
ガッ!
「はぐぅ……っ!」
殴られた。君のストレートは世界を狙えるよ。
「なに!?私を辱しめてそんなに楽しい!?」
「そうか。イチゴか」
「イチジクかもしれないでしょ!イチゴなんかじゃないからね!」
語るに落ちるとはまさにこのことだ。
むすっ、として不機嫌さを表に出す生山。 しかし、分かってくれ。これは全てお前のためなんだ。お前の緊張感がなくなってくれればって……。
「泉、さいってい!」
…………最低?
……いや、それでもいいはずだ。俺は影の立役者。俺が汚名をかぶることで生山が助かったのなら俺は本望 で……。
「だいっきらい!」
…………大嫌い、だと……!? だ、誰のために……!
「誰のためにやってると思ってるんだ!こっちはお前のためを思って……!」
「私のためを思って私にセクハラしたの!?言ってることがわけわかんないんだけど!?頭、大丈夫!?」
心配されてしまった。 そんなにおかしかっただろうか、俺。 案外いつも通りだと……。
「……いや、元からか」
余計なお世話だ。
俺もそう思ったが、お前に言われてこれ以上不名誉な言葉は滅多にないぞ。
……けど、さっきに比べればなかなか怖い雰囲気は取り払われただろう。 肝試しから怖い雰囲気を取り払ったら本末転倒だと思うが。