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しにがみのエレジー ――Ghost and Death and Love to Death――  作者: 常闇末
Re:しにがみのエレジー ――幽霊と死神と死ぬほどの恋――
13/18

6/26(SUN) 彼女が望んだ、彼女のいない日常

最初から一人だった。


私以外、誰もいない。何もない。私だけに用意された隔離空間。存在を弾かれたものがたどり着く存在を溶 かす世界。


私は謂わば世界の胃袋にいた。


じりじりとした本能的な熱さが私を溶かしていることを主張する。けどいつ終わるかはわからない。最早、時間という概念があるのかすら、わからない。


何もかもがあやふやなのだ。この世界では。


全ては常に溶かされていて、そこに常識的な法則などありはせず、ただ概念が気まぐれな振る舞いを見せる。

例えば、私は今浮きながら落ちているのだ。


きっと私はこの世界で苦痛に苛まれ続け、全存在が溶けてもなお言い知れぬ激情が私を放さないのだろう 。 それに存在の有無は関係ない。時はあやふやなのだから順序というものは意味を成さない。 過去に起こったことは未来に起き、未来に起こることは過去に起きる――――


この世界にいる限り私は壊され続けるだろう。


楽という字のつく感情など概念的に忘れてしまうだろう。


けど、構わない。


いつか私が何のためにこうなったのか分からなくなってしまったとしても私は彼だけは忘れない。 数億年たっても忘れなかった彼だけは私の中から消させやしない。そう。


私が彼に二度と会えないとしても。







六月二十六日。


それは俺にとって、特に何の思い入れもない日だ。


何が起こったわけでもない。 誰かが生まれたり死んだりしていてもそれらは俺に無関係に違いない。


強いて言えばその日は暑かった。


夏の日差しが閑散とした我が家の中で暴れまわり、うだるような暑さ、というやつを実現している。若干の季節はずれを感じていた。


家の中には俺が一人。その他の家族は全員、何かしらの事情で出掛けていた。


俺はというとやることもなく、ただ自室でゲームをしていた。


集中力を守るために音はミュート。一昔前のゲームコントローラーを握りしめ、額に汗を滲ませている(どういうわけか我が家にはエアコンがない)。

それは暑いからでもあり、ゲームの局面がラスボスであることにも起因する。


「…………」


無言でプレイする。 自然と瞬きの回数は少なくなっていった。


ゲームの画面にはデスサイズを振りかぶった、俗に言う死神という存在が悪事の限りを尽くした、という設定から次々と勇者に攻撃されている。 もちろんそれは設定であって、実際、死神はそうプログラミングされただけの存在に過ぎない。勇者に倒されるだけの。


果たして彼女は悪なのか。


そんなことすら考えるのが億劫で、俺は全ての気を集中させて死神の値化された命を削る。


決着はあっさりとついた。


包丁を模した勇者の武器が死神の腹を貫いた途端、死神はデータの海へと四散していった。


エンディングが流れる。


それに合わせて音楽が家に響いた。


ふとおかしいな、と思う。 ミュートにした設定は弾みにとけてしまったのだろうか。


否。そうではなかった。


音楽はテレビから流れているものではなかった。


下の階だ。


具体的に言うとそれは固定電話の着信音に類似していた。


出なければな、と思う。 暑さで生まれた気だるさをため息で一蹴する。


「……はいはい。今、出ますよ……」


一人言を呟きながらも小走りで廊下、階段、と移動する。廊下はただでさえ暑い俺の部屋よりさらに暑さが増していた。


「ぅおわっ、と」


途中、転びそうになる。階段で、だ。 原因は自分の汗で滑るというおまぬけなものだった。転ぶ直前で態勢を立て直したが、少し危なかったかもしれない。 かいた汗も倍増……は言い過ぎでも一.五倍増くらいはした。


「ふー。死ぬところだった」


死ぬわけないだろ、と冷静な自分が告げる。 しかし、もっと冷静になればどこかの世界で死んだ俺がいるかもしれない、とも思えた。


哲学ダナー。


そんな思考に至った俺の頭を冷めた目で見て――視認することはできないが――馬鹿にするように思う。


どこの世界で俺が死んでいても俺には関係のないことだ。


ようやく音の根元までたどり着き、白い子機を定位置から取り上げる。 こいつは楽だよな。動かなくたって電気という飯が食えるんだぜ。俺も電話の子機のような生活をしたいものだ。


そして、押してくれと言わんばかりに光って自己主張しているボタンを押す。


「はい。なんでしょーか」

「あ、泉?私、私」

「金、そんなに持ってないです。それでは」


ガチャ


…………。


ジャジャジャジャーン。ジャジャジャジャーン。


子機のボタンを再度押す。


「なんですか。詐欺なら他あたってください」

「詐欺じゃないってば!私!生山唯!」


近くに住んでいる幼なじみだ。はっきり言って第一声で分かったのだが。


「で、何の用だ。生山」

「用がなきゃ電話しちゃ、ダメ?」

「ダメだ。じゃあな」


子機の切ボタンに指を伸ばす。


「待った待った!用、あるよ!至急!至急!応答求ム!」


電話がギャーギャーうるさいのでスピーカーフォンにして机の上に置く。


「ただいま、電話に出る気が起きません。ピーという発信音が鳴るまでに電話を切らないとあなたは呪われます。ピー」


「呪われた!?」


忠告してやったのに全然電話を切らない生山。まあそれなりに用はあるらしい。仕方ないので応答してやる 。


「用件は?電話代がかさむので早く言ってください」

「長引かせたの泉だよね?電話代払うの家だよね?」

「そう言っている間にも電話代が……」


はあ、と生山が艶やかな吐息を漏らす。諦めの証拠だ。


「……今日の夜、肝試しに誘われたの。でね、異性の友達を誘ってこいって。その人とペアなんだって」


なんだ。そんなことか。


「で、また怖くて漏らすかもしれないからそのことを知っているやつを連れてくしかない、と」

「も、漏らすって……!そんなの中一の頃の話じゃん!」

「言っておくが中一でお漏らしは重症だからな」


俺はお化け屋敷程度で漏らすお前の方がある意味怖い。


「じゃあ、それは治ったのか?」

「そ、それは……。分からないからあんたを誘ってるんじゃん!」


分からないのか……。 JKになってまでのお漏らしなんてもう何かのプレイだからな……。 そんなことになったら…………おもしろいな。


「よし。いいだろう。ついていってやろう。オムツ忘れるなよ!」

「うるさい!ぜっっっったいに漏らさないからね!」


プープープー


乱暴に電話が切られる。 俺は机の上に置いてあったそれをもとのスタンドへ戻す。


ったく。生山も断ればいいのにな。


昔からあいつはそうだった。 毎度関係の崩壊を恐れて場の空気を読んだ発言をするのだ。 周りが赤を白と言えば生山も白といい、 周りが肝試しに行こう、と言えば生山は苦手にも関わらずいいね、と言うのだ。 俺にはどう思われてもいいのか、同調などせず、むしろ反論が多いんだけどな。


暮れゆく夕暮れを眺めながら、今夜の肝試しに思いを馳せる。


遅ればせながらも携帯に今夜の日程を記したメールが届いた。


持ち物欄にオムツは書いていないようだ。

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