6/29(WED) 殺し、恋焦がれる
最後の台詞はいつか夢の中で聞いた気がした。まだチビだったときに聞いた気がした。
“わたしは、”
「わたしは、」
姿などとうに変わったはずの小学生の頃の生山にかぶる。
あの時もそうだった。
切れたフィルムのコマが断片的に思い出せる。
生山はそれがさも当たり前のように振る舞い――、
「“泉を一人になんかさせないよ”」
――包丁を首筋に突き立てた。
――プシャァァァァァ
ホースから水が出てくるように裂かれた首筋からは血飛沫が噴き出す。
ゆっくりと力なく倒れる生山。
さっきまでの満面の笑みをなくし、本能的な痛酷な表情を浮かべている。何かを叫ぼうとしている口を一生 懸命に押さえ顔面で阿鼻叫喚を呈していた。口を押さえている指の隙間からは赤い液体がはみ出している 。生山が暴れる度に首に刺さった包丁がキシキシと揺れ、断面をほじくり、痛みを加速させている。あらゆる 苦痛を耐えきった後に、生山は糸が切れたかのように動かなくなった。生山の細く美しい首元からは嘘のよ うに醜い血肉がはみ出し、股の辺りの黄色い染みはだんだん血溜まりに浸食されてついには赤が場を支配 した。
視界は真っ赤になった。
戸惑いなんて湧いてこなかった。
喪失感。
自分の大部分を削り取られたかのような心的な痛み。
生山の死体を美しいと思った自分への嫌悪。
「これで、」
場に似合わない平坦な声が響く。
「これであなたたちは成仏した先で幸せになれる」
そういう問題じゃねえだろ。
そんな方法で幸せになれるはずがねえだろ。
そんな偽物のくそったれな幸せなんか手に入れてもどぶほどの価値もねえんだよ。
誰かが死んで成り立つ幸せなんてろくなもんじゃねえんだよ!!
「――どうして!こんなことを!」
「あなたのことが、好きだから」
それは俺の見た無表情玲の中で一番の笑顔だった。
自分の行動を誇っているようなおぞましい笑顔だった。
「あなたに幸せになってほしかったから。あなたのためにやった。あなただけのために……」
「もういい!!」
吐き気がしそうだった。
俺のために?俺のために生山に死ぬように言ったってのか?だったら生山は俺のために死んだのかよ!? 生山は俺のせいで死んだのかよ!?
「俺は!……ただ成仏するだけで良かったのに!それだけで幸せだって言うのに!」
「あなたは成仏できない」
玲が鋭い氷の刃のようにして告げる。
「あなたはあなたの父と同じ道を歩んでいる。愛する人たちに気持ちを伝えても成仏できなかったあなた の父親と。あなたたちの悔いは愛する人に気持ちを伝えることではない。愛する人と共に過ごすこと」
「一体……何を言って……?」
「成仏できなかったあなたの父親は私が鎌で存在自体を斬り殺した」
「――っ!?」
斬り……殺した……?
親父は成仏できなかった?俺もそうなのか?俺も成仏できなくて……。
「それを踏まえて、今度は対象を“向こう側”へ送ることが最適と判断し……」
「黙れっ!!」
そんなことは関係ない。
俺は生山が死ななければならないくらいなら成仏しないほうがましだった。
生山は俺の全てだったんだ。
生山が死んだらいけないんだ。
あり得ない。
そんなこと。
玲が良かれと思ってやった?
そんなこと知るか。
事実、生山は死んだ!俺のせいで!
憎悪。
悲哀。
憐憫。
怒り。
苦しみ。
快楽。
人間らしさ。
人間らしさ。人間らしさ。
人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。
人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ 。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らし さ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。人間らしさ。
苦しむくらいならこんなもの全ていらない!
感情なんて必要ない!
何もなくていい。
そう、何もかも。
冷めゆく心が俺を閉じていく。 知覚できるものがだんだん少なくなっていく。
氷点下の心が偽らない本心を紡ぎだす。
「なあ、玲」
もう、止められない。
「お前は所詮、人間じゃねえよ。化け物だ」
ああ、そうだ。
こいつは人間じゃない。
死神にもなれない。
中途半端な化け物だ。
死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。 死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ねばいいのに。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。 死ね。死ね。
「死ね……。……死ね…………、……死ね。…………死ね。」
呪縛を吐きながら心が沈んでいく。
あれ、なんだこれ。
身体が痛い。
とても疲れた。
疲れ?
あれ、俺疲れたんだっけ?
じゃあ眠らなきゃな。
眠る。
別に起きなくていいや。
ずっと眠っていたい。
そうだったな。忘れていた。
俺は面倒くさがりやだったんだ。
もうどうなったって、なんだっていい。