3話
バルブロは順序よく行こう、と考えた。
というのも、虐殺館について何も知らないで行くというのは少々無鉄砲過ぎると考えたからだ。何事も計画的に進める事は賢明だ。相手の事を多少なりとも知っておくことに越したことはない。
資料倉庫にあるあの住所の資料を机に広げた。
バルブロはズラトゥシェに指示する。
『この中からあの館に関する資料を集めるんだ』
ズラトゥシェも無言で頷き、百以上はあるような資料を漁った。
どうでもいいような情報ばかりが、いや、調べた人間にとっては価値あるものだったのだろうが、今は利用価値がないような情報ばかりが多くある。住所……そんなものは知っている。強さ………もうとっくに有名すぎるほど有名だ。
名字………そんなもの知らないわけ………ある。
名字だ。今の今まで何故知らなかったのか。
……マルテンシュタイン。
如何にも悪党らしいような…いや、探索者に同じ名前が居たらこれは失礼極まりないな。
冗談は抜きにしても、マルテンシュタイン家…バルブロは聞いたことがあった。マルテンシュタイン…マルテンシュタイン…バルブロは頭で復唱した。
そうだ、ドイツのヒルデスハイム郊外で嘗て繁栄した銘家じゃないか。確か…黒魔術だか何だかでどうのこうので……流石に曖昧過ぎる。どうのこうのでほいほい、では調査にならない。
『マルテンシュタイン家について徹底的に洗え、ズラトゥシェ。必要なら地下牢の元マフィア共から聞いてもいい、或いは遊郭の世話役の婆さんからでもいいぞ』
バルブロが言うとズラトゥシェは
『調べるのはいいけど、流石に遊郭の婆さんは私嫌いかな…』
と苦笑い。バルブロはまあいい、行け、と言った。
バルブロ自身は資料倉庫からマルテンシュタイン家についての書物を引っ張れるだけ引っ張ることにした。
調べていくと、三つの気になる所に行き着いた。
『マルテンシュタイン三大虐殺事件』
『五大発狂当主』
『黒猫館について』
何か、バルブロにはこの三つが大いに引っかかった。
そして、マルテンシュタイン三大虐殺事件から調べていくことにした。
────1348年。欧州でペストが大発生した頃。
当時当主(23代)ニコラウス・マルテンシュタインが何百人もの人を殺したという。その死体に特徴があったという。“緑の死体”だったという。悍ましい風景に人々はニコラウスを畏れた。そして、ニコラウスを私刑にしようと何十人とマルテンシュタイン家に押し寄せたらしいが、既にニコラウスは自殺していたらしい。
これが三大虐殺事件の一つ、『グリーン事件』である。
────1945年。第二次大戦、終戦後の話。
当時当主(49代)グスタフ・マルテンシュタインが42人の米兵をゼリー状の死体にして、基地に送る、という事件(ピンクゼリー事件)が起こる。しかし、送り先の住所が全くわからず、捜査はおよそ5年で頓挫してじった。
────1976年。エボラ出血熱発生時。
当時当主(現当主と思われる52代)ジギスムント・マルテンシュタインがニコラウスのやったように人々を緑に、そして、更に液状にしたという。そして数々の小さな村を滅ぼしたというが、本人は“そこに出向いていない”という事実があり、捜査はわずか二ヶ月で頓挫した(『ワンモアグリーン事件』)。
バルブロは読んでいて吐気がした。まさか一部のものに実物の写真が付いてるなど思わなかったからだ。
気分が悪くなりながらも『五大発狂当主』を調べた。
そこには衝撃の事実があった。
────五大発狂当主に関する資料
目次
初代当主:ギュンター・マルテンシュタイン
12代当主:イェレミアス・マルテンシュタイン
23代当主:ニコラウス・マルテンシュタイン
49代当主:グスタフ・マルテンシュタイン
52代当主(現当主):ジギスムント・マルテンシュタイン
そして、読んでいくと、概要は次のようなものであった。
初代は黒魔術に長けており、また、ガタンドの民からも信頼されたために神話編纂一族になったそうだが、ガタンドの民からの信頼を得るために敵対国を単騎で滅亡させたとか。
その他の当主も恐ろしい面々ではあったが、ジギスムント。
ジギスムントは別格だった。
《眷属との直接永劫契約》
詰まるところが、契約の際、関係者に一定期間…数百年の不老不死を確実にする、という事と、“高等神話生物以上の魔力”を提供する、という事である。
しかし、《契約》だ。ちゃんとした《対価》は払わなければいけなかったのだ。それを恐れて当主達はしなかったのだ。
案の定、ジギスムントの代の関係者は対価を払ったのだ。
ただ、強大な力を手に入れたのだ。
そして、最後の《黒猫館について》
黒猫館────有名な黒魔術的で、また世界的なマフィアだ。
マルテンシュタイン家との癒着は前々から噂されてきてはいた。
まさか、本当のことだとは誰も思わなかったが、資料は語っている。
ジギスムントの代の関係者によって《占拠》された、と。
リクハルド・マルテンシュタイン。
ジギスムントの実弟にして、黒猫館三代目首領。
そう、黒猫館を襲撃したのだ。
この襲撃の一部始終を資料は更に語る。
────《黒猫館襲撃事件》
リクハルド・マルテンシュタインおよび、その部下、西兆安らにより、犯罪組織『黒猫館』が襲撃。契約後と思われるために、相当な力を以て襲撃したらしい。襲撃の際に、47名が死亡、198名が重軽傷を負った。また、12名の幹部が行方不明だという。
その後、リクハルドらが全世界10箇所の黒猫館を占拠。
つまり。つまりだ。マルテンシュタイン家の現在は、神話社会だけでなく、闇社会においても顔を利かせているのだ。
そうするとだ。慎重な行動が必要なのだ。
慎重な行動なしには本当に首が飛ぶ。
バルブロは流石に震え上がった。
そうすると、それをズラトゥシェも知ったのだろうか。
『いけないものを知ってしまった』という顔で戻ってきた。
『さあ、果たしてどうするよ』
バルブロは頭を抱えた。最大の難題が口を開けて二人を待っていた。